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70.
「今アキバは、一時的かもしらんが、安定を取り戻しとる」
赤司の報告に、中国サーバーの5人は驚きを隠せないでいる。
あの日から1か月程、中国の惨状を経験してきた彼らには、とても信じられなかった。
(俺らにはいくつものカードがあるんや、それをうまく使ったら大丈夫や)
赤司は自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
彼はたった今1枚目のカードをきったところだった。
「いうても、少数の〈冒険者〉が行動を起こしてからまだそんなに時間が経ってへん。
正直、この状況がいつまで続くかは不明や」
「それなら、今は動くべきではないのでは?」
タオローは動揺を隠せないでいるが、比較的冷静に質問をしてくる。
しかし、それも赤司には想定内の質問だった。
「まぁ、そうとも考えられる。でも、今後こんな安定した時期が来るかわからんのや。
そうなったら、あんたらは〈大神殿〉の情報を書き直す機会を永遠に失うんちゃうか?」
「そ、そうだが・・・」
「その、一部の〈冒険者〉が起こしている行動とは、どのようなものなのでしょう?」
ダーシーの質問にも。赤司は答えを用意していた。
「詳しくはよう分からん。けどな、今アキバの〈冒険者〉たちはあるものに夢中や」
「あるもの・・・?そんなことより、あのミナミへの遠征の件は、どういうことだったの?
急にあんな条件を付けられて、困ったわ!」
赤司が濁した言葉を気にしつつも、メイズは噛みつかんばかりに言葉をかえす。
その表情に、赤司自身も同意しそうになってしまうのを、何とか押しとどめた。
(いや、その条件押し付けられて困っとるんは、俺も同じやねんけどな・・・)
胸の中で呟きながら、赤司は苦笑するのだった。
「それに関してやけど、確かにあんたらに手伝ってもらえたらええな、とは思っとる。
けどそれを、交換条件として提示したつもりはない。
ただ、あんたらをその戦力として、頼りにしたいのは本心や」
少し苦しい言い逃れに、コンコンは嫌な汗が出てくる。
それでも、それを打ち消せるだけのカードがあると、赤司は言っていた。
それを信じて、今は聞くことしか彼女にはできなかった。
「それは、本当でしょうか?それを我々に信じろと?」
「そうや、だかろこうして俺らが出向いて、説明に来とる」
「・・・それが、我々に利益をもたらしますか?」
ダーシーは厳しい言葉を打ち返してきた。
赤司はそれを、うまく受け止めて相手の取りやすいように、打ち返さなくてはいけない。
「さっき言うとったあるものやけどな、アキバは今味のある食事に沸いとる」
赤司の口から突然でてきた内容に、明らかに中国人プレイヤーたちが騒めく。
そこで、丹波が〈ダザネックの魔法鞄〉から、小さな包みを取り出した。
中には〈クレセントバーガー〉が5つ入っていた。
「日本のものだけん、口に合うかわからんが」
「これは・・・!」
「すごい!本当だ!味がする!」
「美味しい!・・・美味しすぎる!」
ダーシーを初めとした全員が、バーガーを夢中で食していた。
その表情は、驚きと嬉しさが半分半分といったようなところだろう。
〈大災害〉以来、実に1か月以上あのふやけた段ボールを食べていたのだ、仕方あるまい。
これで赤司は、2枚目のカードをきったことになる。
5人が〈クレセントバーガー〉を粗方食べ終わったころに、赤司は再び口を開く。
「それとや、ついさっき念話があったんやけどな。
自分らがアキバにいる間の滞在先が、こっちで準備できたんや」
「・・・、私たちは70人以上いるのよ?それが全員はいれるの?」
頬張った〈クレセントバーガー〉を飲み込み、ティエンシャンが怪訝そうに呟く。
そう、70人もの人間が住める場所を確保するのは、それほどに難しいことだあった。
しかし、赤司はその不敵な表情を崩さない。
「ああ。とあるギルドの、ギルドホールを借りれることになったんや。
今は人数が少なすぎて、使うてないから好きにしてもらってええ」
「それは・・・それはすごい・・・」
3枚目のカードの威力はなかなかあったようだった。
それもそのはずだ、死ねないということは戦闘に行けないということ。
つまり、全く稼ぎがないなかでも、衣食住には金がかかる。
「〈大神殿〉の情報が変わったら、狩りにも出れるやろ?
んで、財政厳しくてもなんとか立て直せるんちゃうか?
それまでは、そこのギルドホールにおればええわ。あとは、自分らの好きにし」
そう言って、赤司は手をひらひらを振る。
コンコンは不安が隠せなかった。
(これでは、アニアとの約束が果たせないやないの・・・)
ダーシーたちは小声で何かを相談し始めた。
それを機に、コンコンが赤司に詰め寄る。
「ほんまにこれで、アニアとの約束果たせるん?」
「それは相手しだいやな。最悪別プランを考えるしかない」
「そんな・・・」
「でもや、こいつらとの関係は壊れへん。そこが重要なんちゃうか?」
コンコンの苦言を、赤司は合理的な理由をつけて鎮める。
情や気持ちが勝手しまいがちな、コンコンの考えだけではそこまで行き着けないのだった。
悔しいが、コンコンはグッと言葉を飲み込むしかなかった。
「この度は、たくさんの心遣いに感謝します。
どうか我々がアキバに行くことを、サポートしてほしい」
「交渉成立やな」
コンコンは何かを言いたげだったが、ダーシーの言葉がそれを遮る。
それに赤司も頭を下げて、返す。
その状況に、コンコは何もすることができなかった。
中華サーバーのプレイヤーとの交渉も、なんとか落ち着きそうでございます。
これから少しの間は、彼らのアキバへの大移動が、お話しの中心になってまいります。
ダーシーたちの冒険にも、お付き合いくださいませ。




