69
3兄妹と、手玉に取られてるおじさんの話。
69.
大地人の食べ物屋は軒並み〈クレセントバーガー〉の波に押されていた。
客がほとんどいない食堂にテンプル3兄弟は、1人の男と対峙して座る。
「えっと・・・。そんなに警戒心丸出しの顔されてもなぁ・・・」
パルは困ったように、無精ひげの生えた顎をさする。
主に今の言葉は、タカムに向けられていたらしい。
「そうだよ、タカム。いくらパルさんでも、それは失礼だ」
「いや、君も今さらりと失礼なこと言ったよね?」
「ギルマス~。相変わらずだね~」
セルクルがにこにこ笑っている隣で、タカムは明らかにパルに警戒心を向けていた。
どうやら彼は、AGEとの関係は良好なようだが、タカムとはまだなようだった。
そのAGEからも、年上の威厳を感じられない扱いを受けている。
「で、念話でできないような、込み入った話ってなんなん?」
「あ、いきなり本題なんですね」
意外と、すんなりと話しが進むことに、AGEは少し驚く。
どうせ、セルクルの近況等の、セルクル話を挟むことになると予想していたのが、その振りすらなかった。
「いや、だってタカムくん怖いし、早く終わらせたいもん。最近の若者はキレやすいから・・・」
「日頃の行いが悪いからだよ!」
「ひーん。すいません。で、本当になんなの?」
AGEは努めて、真面目な表情を作りなおす。
どうしても、パルの前ではふざけてもいいという風潮が抜けなかった。
そのため、意識していないと常に軽い会話になってしまいそうだ。
話の内容や手筈を知っている、タカムやセルクルもAGEに習い、彼が言葉を発するのを待っている。
「実はですね、この度、俺たちで大きなことを起こそうと思ってるんです」
「ほう、どんな?」
「中国サーバーから避難してきたプレイヤーの、保護活動です。
きっと、これからそういう保護が必要な人が、増えてくるのではないかと考えています」
「・・・また、ずいぶんと大きなことを」
「そうですね」
AGEの言葉に、パルは水を口へと運ぶのを止め、その手を顎に当てて無精ひげを撫で始めた。
実はこの人物、こんな扱いを受けてはいるが、元の世界で規模は小さいが会社の創設社長だったのだ。
ビジネスになること、また大きな人数が動くことに興味が湧かないわけがない。
「俺たちの友人が、ヨコハマの街で偶然中国サーバーの〈冒険者〉に会ったんです。
彼らは、中国サーバーの惨状に耐え兼ね、そこから避難してきたそうです。
しかし、彼らの〈大神殿〉の情報は、最後に立ち寄った中国の街のまま。
いつ元の中国サーバーに死に戻されるかと、恐れてらっしゃいます」
AGEは淡々と、事実をできる限り簡素に伝える。
コンコンの名前や、ミナミから来る途中だったことは、あえて伏せることにした。
変な勘繰りを入れられたら面倒くさいのだ。
パル自身も手練れの〈召喚術師〉で、コンコンとは何度か冒険をともにしている。
その破天荒さを知っている相手に、わざわざそれを知らせてやる必要はない。
「それで?僕に頼みたいことって?」
「パルさんには、ギルドホールを開放してほしいんです」
「・・・はぁ?」
怪訝そうな顔をしたパルに、考える暇を与えないよう、AGEはすぐに続きの説明を始める。
この話はスピードが重要だった。
「ヨコハマに身を寄せている中国人プレイヤーたちは、約70名です。
彼らは今後もヨコハマに滞在することを望んでいます。
彼らに必要なのは〈大神殿〉の情報を書き換えることだけです」
「なら、なんで俺のギルドホールが必要やねん?」
腑に落ちないパルに、AGEはまくしたてる。
元の世界で、営業職の先輩に叩き込まれた交渉のノウハウを思い出す。
相手に考える時間を与えずに、結論を急かす。姑息な手ではあるが、効果的だ。
「彼らのレベルはマチマチです。空を飛ぶ術を持っている人のほうが少ないでしょう。
また彼らには、ある計画にも協力を要請しています。
そのためには、アキバに留まる期間はかなり長いものになる。
そこで、彼らを収容でいる場所が必要なんですよ」
パルは口を開かずに、うーんと唸っていた。
彼が協力するかどうかで、迷っているのは明らかだ。
(もうひと押し・・・)
AGEはにっこり笑って、セルクルに合図をする。
セルクルは、小さく頷いて目の前のお茶をすする。
「はあ・・・。これもただの水か・・・。そういえば、ギルマスは、〈クレセントバーガー〉食べた?」
「ん?ああ。味がある食べ物だろ?食べたぞ!すごくうまk・・・」
「中国サーバーから来てた、子供たちにも食べさせてあげたいなー。
みんな美味しいご飯食べたいだろうなー」
「・・・子供たち?」
(((かかった!)))
「うん。友達の話だとねヨコハマには、私と同い年とかもっと小さい子もいるんだって。
まだあの湿ったお煎餅みたいなご飯食べてるらしいの・・・」
「そ、そうか・・・」
「それで、ギルドホールの件なんですけど、ほとんど使っていないのに維持費ばかりがかさみません?」
3兄弟はパルが子供の関わる話には、めっぽう弱いことを知っていた。
そのため汚い手ではあるが、中国サーバーの〈冒険者〉のなかに子供が含まれていることを匂わせたのだった。
そして、今後のビジネスへの可能性も、同時に意識させる。
我ながらよくできた計画だと、明らかに表情が変わったパルを見て、AGEは心の中で自画自賛するのだった。
「そういうことなら、もっと早くに言ってくれたら・・・。仕方ない。うちのギルドホールを彼らに開放しよう」
「やったー!ギルマス、ありがとう!」
「ありがとうございます。パルさん。では、すみませんがこれで」
AGEの一声で、3人が席を立ち始める。
「え?あ、え?帰っちゃうの?」
「いろいろ準備があるから。じゃぁね、ギルマス!ご馳走さま!」
「は、はぁ・・・」
テーブルに伝票と共に残されたパルは、茫然とするしかなかった。




