64
64.
「すまん!・・・あんなことになってるとは、俺も知らなんかったんや・・・」
丹波は、厳しい形相でにらみつける赤司を拝み倒していた。
対峙する赤司は、その表情を緩めることもなく、ただ黙りこくっている。
〈暗殺者〉が〈神祇官〉に、ここまで威圧されるのは珍しい画だろう。
それでも、丹波は「すまんー!」と手を合わせているのだった。
「ほんまに・・・、聞いてへんで・・・」
ようやく赤司の口をついて出た最初の言葉は、あきれ交じりだった。
コンコンの滅茶苦茶な計画は、多くの人間に困惑と疑惑の世界に巻き込んだ。
赤司の予想では、ヨコハマにいる、中国サーバーのプレイヤーたちも混乱していることだろう。
しかし今、彼が一番、腹を立てていることは、このとんでもない状況の尻拭いを任されていることである。
というか、十分な情報を与えられぬまま巻き込まれ、その上、尻拭い役が最初から決まっていたことも不機嫌の原因の一つだった。
「いや、ほんまにすまん!でも、俺も聞いてない!・・・あれは、俺も予想外やったけん!」
丹波は、多少の理不尽さを感じながらも、自分もなんとか冷静になろうとしていた。
彼は、コンコンと赤司の間をうまく取り持てなかったことに、後悔をしていた。
今までだったら、今回のようなことは起こらなかっただろう。
明らかに、事前のコミュニケーション不足が招いた惨事だった。
「悪かったち、言いよろう?ていうか、俺も巻き込まれた側やけんね・・・」
「ほんま、同情するわ」
巻き込まれた者同士、変な同族意識というか、同情し合う気持ちが生まれた。
だが、やはり、赤司は不安でいっぱいになる。
「でも・・・、ほんまにこれからどうするねん・・・?」
赤司の口から、こんな言葉が漏れるのは、珍しいことだ。
それを聞いている丹波も、どうしたらいいかなんて全く見当がつかないでいた。
「どうするかやな、一から計画を立て直してもええけど、人手不足なんは変わりない。
AGEんとこの3人が、人数にカウントできへんとなると、ヨコハマの奴らに頼らん限り厳しいわなぁ」
ミナミにハーフレイドを送るという、コンコンの計画を実行するには、現状では人数的に無理がある。
それに加えて、戦闘担当のハーフレイドを補助するメンバーも必要となると、決して少なくない人数だ。
〈大災害〉以降の状況下で、それだけの「頼れる〈冒険者〉」が集まるかは分からない。
「まぁ、みんなで伝手を当たりまくるしかないなぁ・・・。いっそ、クエストでも出してみるのも手やな」
丹波がそう提案してみるものの、赤司はそのアイディアに、大きくうなづくことができなかった。
「いや、どうやろうな。
確かに〈クレセントバーガー〉の出現で、戦闘に出る奴は増えたで?
けれども、それはあくまでも対モンスターの戦いや。対人戦となると、躊躇するんが普通やろうな」
ミナミから漏れ聞く情報によると、ミナミ周辺には、手練れのパーティーがいくつも巡回を行っているらしい。
それらの包囲網を破り、アニアとその半身を援護しつつ、アキバまで逃げ切る。
決して容易ではない旅な上に、同じ〈冒険者〉への攻撃も含むとなると、志願するのは関わり合いたくない奴らばかりだろう。
「そんなんに飛びついてくる奴は、信用ならん。寝首を掻かれたら、たまったもんやない」
「でも、あの中国人らも、そんな信用ならんのちゃうんか?」
丹波は、ヨコハマで出会った5人の顔を思い出す。
彼らの人相が悪いとかいうわけではないが、だからと言って簡単に信用できない。
「まぁなぁ・・・。でも、手っ取り早い人員補充には、ぴったりな存在やねんな・・・」
「確かに、あの5人は、なかなか頼もしい感じがあったわ」
「まぁ、そこに関しては、コンコンの見る目は間違ってなかったかもしらんな」
結局、ヨコハマにの中華サーバーのプレイヤーに頼るのが、割と正しい判断だったことは分かる。
だが、これではまた最初の問題に逆戻りしてしまう。
「でも、もしそうやったら、どうしたらいいか、やんな・・・」
今度は、丹波がそう呟いた。
「もう、いっそのこと、コンコンの〈傾城傾国の九尾〉でも使うしかないんちゃうか?」
赤司が、投げやりな感じで発した〈傾城傾国の九尾〉とは、〈狐尾族〉の特性である。
魔性的な魅力で、交渉事を自分に有利に進めることができる。
「・・・それって、〈冒険者〉にも効果あるんやろうか?」
丹波は、胡散臭いといわんばかりの表情を浮かべる。
「もしそうなら、赤司はコンコンの計画、そのまま賛成してたんちゃうん?」
「まぁ、それも試してみんと分からんな・・・」
〈エルダー・テイル〉の種族には、さまざまな特性がある。
例えば、赤司のように〈エルフ〉であるなら、〈フォレストダンサー〉という反応速度を向上させる特徴がが備わっている。
〈大災害〉後の現状でも、それが有効なのかは不明だが、最終手段として考えておくのもありだろう。
「できたら使いたくない手段やけどねぁ・・・。
あーあぁ。なんや、数字でははかり知らん状況になっとるなぁ。俺の専門外やで・・・」
そう嘆く赤司は、心のどこかで少し安心していることに気付く。
苦笑いをしながら言葉を付け足した。
「まぁ、俺もワーカーホリックなんかもな。なんかしてへんと、落ち着かんみたいやしなぁ」
「赤司は、かなりの重症そうやな。相手がコンコンやし」
「お前に言われたないわ!」
赤司が吠える声が、宿の廊下に響くも、他の部屋から苦情が来ることがない。
それをいいことに、丹波はもう少しの間、赤司に罵声を浴びせられることになるのだった。




