60
60.
その日、クロノは何気なく宿の食堂で、ぼんやりと考え事をしていた。
アキバに到着してから1週間近くが経つが、この世界でも、引きこもり体質の彼は、昼頃まで布団の中にいた。
〈エルダー・テイル〉の中に、自分が存在している。
そのこと自体には、大きな興奮や興味を抱いたが、正直、やることが無さすぎるのである。
コンコンの誘いに乗って、アキバまでのエキサイティングな冒険をしてきた。
だが、着いてみれば、その後はなんとも静かなものとなってしまっている。
それ故、元来の引きこもり癖が、顔を出してしまっていた。
「うーん。こんな予定じゃなかったんだけどな・・・」
果たしてあの時、コンコンの誘いに乗って良かったものかと、悩んでいた。
ミナミの様子を聞けば、何やら大きな動きがあるらしく、知り合いは皆忙しそうにしている。
誰もかれもが口を揃えて言うことは、『あんたがいたら、良かったんに・・・』だった。
「でもなぁ、やってる事が、やってる事だからなぁ・・・」
何かしらのために行動を起こしている彼らを、羨ましく思いながら、欠伸をかみ殺す。
ただその行動には、クロノは賛同しかねるところが多い。
『ただ単に、他のプレイヤータウンに移動しようとする〈冒険者〉を狩る、それだけやよ・・・』
念話の向こうから聞こえたその声は、発している言葉ほど納得している様子はなかった。
どこか気分が悪いような、胸糞悪さを胸に秘めている。
『・・・正直、やっとることに納得はしてへんけどさ、うちのギルマスがあの女にぞっこんやからねー。
もう、仕方ないんよ・・・。うちらが付いとかんと、何しだすか分かんらんやろ?』
口惜しそうな声で、彼女は苦笑いを交えてそう言っていた。
クロノの脳裏には、ミナミで最後にあった彼女の顔が浮かび上がる。
彼がミナミを発つと伝えた時、悲しそうにエルフの美しい顔を歪めていた。
(全く、あいつは本当に何をやってるんだか・・・。古いメンバーを苦しめて・・・)
女性に弱い、けど戦闘では頼りがいのある、勇ましい〈武士〉のことを思い、クロノはため息をつく。
彼は〈Plant Hwyaden〉のギルマス、濡羽にメロメロらしい。
今では、濡羽の忠実な駒の1つになり、賛同しないギルメンを追い出すにまで至っている。
『うちも、クロノたちとアキバに行ったほうが良かったんかな・・・?』
そんな弱音を吐いた彼女にかける言葉もなく、クロノは念話を切ったのが昨日。
ただ、彼のいるアキバも、独裁者こそいないが、全てが平安無事というわけではなかった。
数日前、変な〈冒険者〉に声をかけられた。明らかに言っていることが、腐っていた。
「〈EXPポット〉欲しくないですか?」
初心者プレイヤーに配布される初心者救済アイテムで、戦闘での経験値の獲得を補助してくれる。
しかしアイテムが配布されるのは、レベル30までの〈冒険者〉のみ、声をかけてきた〈冒険者〉は、明らかにそれ以上。
つまり、受け取るべき初心者から同意の上、または無理やり手に入れているのだろう。
誘いを断ったものの、クロノには釈然としないものが残った。
考え事に夢中だったクロノは、ふと自分の両脇に、小柄な〈冒険者〉が座っていることに気が付く。
彼らは渋い顔をした、クロノを覗き込んでいた。
「・・・声かけてくれてもいいんだよ?」
クロノがそう言うと、右手に座っていた雷牙が悪戯っぽく笑う。
「へへへ。クロノさん、難しい顔してるから、どうしたんか思っててん。
まぁ、おれらも今はいろいろ考えなあかんくて、難しい顔よくしとるけど・・・」
「うちら、これからどうしようしたらいいか、全然分からへんもんね・・・」
雷牙と胡桃は、彼らなりに心配しているらしい。そして、同時に不安にも思っているのだろう。
アキバに到着して以降、今後の行くべき方向が分からないままだった。
「お金も、今はコンコンさんらに援助してもらっとるからいいけど、残りの金額は多くないやん。
でも、街の外はPKがいっぱいで出れへんから、おれらは金貨を稼ぎにも行けへん・・・」
「うちら、アキバに知り合いなんておらんし、コンコンさんは他のことで大変そうやし・・・」
クロノのように、ある程度貯蓄がある高レベルの〈冒険者〉と違い、初心者の2人には少しの金額でも大きな負担になる。
そして何よりも、クロノは見知らぬ土地に放り出されてしまったような不安が、2人にあるように感じられた。
「俺もそれは考えてるよ。どっかギルドに加入してもいいかもとは思うけど、慎重に選ばないとなぁ」
「おれらもそれは考えてるんやけど、アキバのこと何も知らんし、困ってるねん・・・」
クロノを挟んで、2人は互いに肩をすくめている。
ミナミ付近でしか活動してこなかった彼らに、今の現状は辛いものがあるだろう。
彼らはレベルだけは上げたが、中身はまだまだ初心者の域を脱しないのだ。
「・・・きっと、コンコンさんたちが、いろいろ考えてくれてるんじゃないかな?
ダメだったら、俺の知り合いのギルドに紹介するし、ね?」
2人を励ますために、クロノは明るく言うも、胸の内では自分の無責任な発言に、毒づくのであった。
(俺の知り合いのギルドって言っても、初心者を受け入れてくれるかどうか・・・。
〈エルダー・テイル〉の知識がない訳だし、初心者の教育までやってる、〈DDD〉くらいしか選択肢がないよな・・・。
大丈夫なんて、言える立場ではなかったか・・・)




