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2つの小柄な影が3匹の〈緑小鬼〉と戦闘を繰り広げている。
2人ともその外見から〈冒険者〉といううことが判断できるが、それにしては戦闘にたどたどしさが見え隠れする。
「ア、〈アイシクルリッパー〉!」
「〈ドラゴンテイルスウィング〉」
「2人とも、その調子やで!」
〈森呪遣い〉の少女の魔法で敵の反応が遅くなる。
その隙をついて〈武闘家〉の少年が〈緑小鬼〉たちを右脚でなぎ倒していく。
しかし、そんな2人に声援を送る第3の声の主は、視界に入らない。
「よっし!勝っ・・・うわっ!」
「雷牙くん!」
「・・・」
黒い短髪の〈武闘家〉少年が、気を緩めて敵に背を向けてしまう。
無防備な彼と彼に斬りかかっていた〈緑小鬼〉の間を黒い影が通り、〈緑小鬼〉は泡と僅かな金貨に姿を変える。
それを横目で確認しているのは、先程まで姿が見えなかった、片手に大きな短剣を握った白髪の男性であった。
その佇まいから、彼が今しがた〈緑小鬼〉を倒した〈暗殺者〉であることは一目瞭然だ。
彼は年少の2人の方に向き直り、学校の先生のように指摘を出す。
「いけんやん?雷牙。前衛は最後の最後まで、気ぃ抜いたらあかんよ。後衛の安全がかかってくるんやで?
胡桃も、後方の子がちゃんと戦闘の管理してあげな」
「はい。丹波さん」
「ご、ごめんなさい。次は頑張ります」
雷牙と呼ばれた〈狼牙族〉の少年が、金色の瞳を悔しそうに細める。
その隣の〈ハーフアルブ〉の少女、胡桃はしゅんと下を向いている。
「うむ。アキバまでの旅では2人もしっかり戦力に組み込まれようし、がんばりよし」
「はい…」
「あ、あの・・・」
やんわりと赤い目を細める丹波に、そばかす顔の胡桃がおずおずと声をかける。
顔も性格が繁栄されるのかハの字眉が弱弱しく、その下にぶら下がる緑色のたれ目は不安そうだ。
「どないしたん?」
「ほんまに、アキバまで行けるんでしょうか?」
ふと胡桃の隣に並ぶ雷牙の顔を見ると、その黄色い瞳にも不安の色が滲んでいた。
丹波はふむと、考え出す。
彼らの不安ももっともだが、ここで心折れられては困る。
「せやなぁ・・・」
「〈都市間ゲート〉も使えんし、モンスターもめっちゃおるし・・・」
「出来る出来ひんやなくて、やるかやらへんかやな」
「え?」
胡桃の弱音を聞いていなかったのか、丹波の一言に2人の若者は拍子抜けする。
自分たちの命をかける旅が成功するかどうかの真面目な話だ。
もっと、難しい、難解な答えを期待していた2人は表情を強張らせる。
そんな2人にお構いなしな丹波は、次の言葉を発する。
「ま、為せば成るってやつや。それに・・・」
「それに?」
「なにせ、あのお嬢さんの計画しはったことやし、僕はあんま心配してへんよ。」
「は、はぁ」
にこにこと笑う丹波の顔に、若い2人はより戸惑ったように返事をする。
彼の妄信的な信頼はどこからやってくるのか、計り知れていないようだった。
束の間の沈黙が訪れる。
すぐにずっと黙っていた雷牙が、何かに納得したかのように口を開く。
「うん。おれも早く皆さんと戦えるようにならんとな」
「ら、雷牙くん。1人やと危ないで・・・、あっ・・・」
そう言って雷牙は1人で歩き始める。
胡桃が慌てた様子で雷牙の姿を追うが、気の弱い、心配性な少女は丹波を振り返る。
「丹波さん」
「なんや?」
「雷牙くんを助けてくれて、ありがとうございます。怪我、してはりませんか?」
「僕はどないもないよ。それよりも、雷牙を看たって。怪我しようみたいじゃけぇ」
「あ、は、はい」
胡桃は慌てて雷牙の怪我を確認しに行く。
その様子を丹波はニコニコしながら眺めていた。
天気が良く、日の光が木々の間から降り注ぐ穏やかな午前である。
ミナミ付近にある、低レベルモンスターの出現するこの森には、今は彼ら3人の気配しか感じられない。
知り合いから初心者〈冒険者〉2人の訓練を任されてから、1週間が経とうとしていた。
出会った当初より動きや連携が取れるようになったとは言え、戦闘にはまだ不安が残る。
しかしこの2人には何としてでも、戦闘に慣れてもらわなければならなかった。
戦闘そのものよりも、この旅を乗り越えるだけの心と身体の成長をしてもらわなければならない。
彼ら次第で、この後控えている旅路が成功するか、失敗するかが決まるといってもいいだろう。
とはいえ、無理は禁物である。
この世界では怪我が驚く程簡単に治せる。しかし、その怪我によって受ける痛みは軽減されているわけではない。
その蓄積はいつか人の心を壊してしまう。
それにもうそろそろ、昼食の時間だ。
いくら味気のない食事とはいえ、気心の知れた仲間と囲む食卓は、この世界での数少ない楽しみにちがいない。
「雷牙、胡桃。街に戻ろうかぁ」
「「はーい」」
雷牙の出血していた腕を、胡桃と従者召喚された〈アルラウネ〉が直し終わったのを見計らって声をかける。
召喚した〈森呪使い〉と同じ茶髪の〈アルラウネ〉も、「はーい」と手を挙げている。
丹波は2人の冒険者に挟まれるようにして歩き出す。
(ぼっちアサ言われてた俺が、新人育成なんてねぇ。人生何が起こるか分からんもんじゃねぇ。
ん?ゲームのキャラやから、人生やのうてキャラ生かのぅ?
伽羅生?なんだか暴走族みたいじゃな)
ひとり口元をプルプル震わしながら笑いを堪えている丹波を見て、引率されている胡桃はほんの少し不安になる。
彼もまた、少し変な人物なのかもしれない、と。