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59.
「この前ね、ダーシーが変なこと聞いてきたの。
この世界での戦闘についてどう思うかって。まるでこれから戦いに出るみたいに・・・・」
メイズはベッドに胡坐をかいて、試案顔でぼやいた。
「ごめん、メイズ。私にはそれが、変なのかどうか分からないわ」
彼女が話しかけている少女は、長い青髪を手ですいている。
2人がとっている部屋にはベッドが2つ並んで置かれている。
それぞれに寝そべって会話をしている2人は、ゲームで出会った仲間だった。
北京と広東というかけ離れた場所に住む2人は、まだ現実ではあったことがなかった。
「甜湘冷たい・・・。でも、らしくないと思うんだよね・・・」
「そう言われても、私はメイズみたいにダーシーのこと知らないもん。
ていうか、気になるなら本人に聞いたら?」
「聞いたんだけど、なんていうかはぐらかされちゃって」
彼女にとって、その事実はとても寂しいことだった。
助けになりたいと思っているのに、まるで自分は頼りにされていない、無価値に思えたのだ。
「ふーん。じゃぁ触れられたくないんじゃない?
敢えて聞かないっていうのは?押してダメなら、引いてみろってやつ?」
彼女の気落ちを察してか、ティエンシャンは色の白い顔に、同じく色の白い手をあてる。
新緑のように柔らかい緑色の瞳は、同じく柔らかい表情をしていた。
その表情にメイズはうーんと唸って返事した。
「えっと・・・、メイズは、それになんて答えたの?」
メイズの煮え切らない返事に、ティエンシャンも困ったらしい。
いつまでも、彼女に落ち込まれるのも辛いので、少し質問を変えてみることにした。
「え?私は、ちょっと怖いかなって」
「それで、ダーシーはなんて?」
「ダーシーも怖いって・・・。
私が前衛職だから、私だけが中国に死に戻りしちゃうかもって。夢で見るらしい・・・」
そこまで聞くと、優しかったティエンシャンの目は呆れた表情に変わる。
メイズは慌てて言葉を濁す。
「のろけ話かー。さむーい」と言いながら、ティエンシャンは自分の腕をさする。
「・・・ただ不安なだけじゃないのかな?
だってここはプレーヤータウンと違って、戦闘が起こる可能性があるでしょ?
それに他の街に移動するにしても、戦闘は避けられないもの」
「うん・・・。でも、ダーシーが最近疲れてるのが、それのせいだったら嫌だなって・・・」
「あら、眠れないほどメイズのことを想ってるなんて、素敵じゃない?」
「そんな少女漫画みたいな・・・。まぁ、嬉しくないわけじゃないけど・・・」
ハイティーンの2人は10代前半の頃から、お互いのことを知っている。
2人とも両親が共働き、家に一人でいることが多いなど、共通点が多くすぐに仲良くなった。
同い年ということもあって、こういった話は必ず互いに相談しあっている。
「ダーシーって寡黙じゃん?それに、とても頭がいいでしょ?きっと何か考えがあるのよ。
メイズが不安がるのも分かるけど、少し彼を信頼してみるのもありじゃない?」
「うーん。それってすごく複雑・・・」
「なら、その気持ちを伝えるかね。心配なのよって」
「うん・・・」
メイズは、ダーシーの顔を思い出す。
もしかしたら、あれは彼からのSOSだったのかもしれない。
何か悩んでいることがあると、そう伝えたかったのかもしれない。
そう考えだすと、そのSOSに気が付けなかった自分の不甲斐なさに、心臓がきゅっとなる。
「でも、もし本当に私たちが戦闘に巻き込まれる事があるなら、彼だけで決めるべきじゃないと思うわ。
戦闘に対して恐怖しているのは、彼だけじゃない。私だって怖いもの・・・」
急に厳しい口調になった友人の声で、メイズは現実に引き戻される。
いつも軽やかに話す彼女の言葉が、こんなにも重たく響くことは珍しい。
そこには、彼女の戦闘への恐怖心と、仲間の安全への責任感が垣間見えた気がした。
「そうだね・・・。やっぱり、私とダーシーが話し合うだけじゃダメ!
これは私たち全員にか関わることだもん。みんなで話し合って、解決しなきゃダメ!」
そう口にして、メイズは行先の分からない〈妖精の輪〉に、共に飛び込み続けてきた仲間の顔を思い出す。
彼らの中には、対人・対モンスターでの戦闘で傷ついてしまった者もいる。
目の前のティエンシャンやシェンシュンも、そういう存在だ。
メイズやダーシーにも身に覚えのある、つらい経験だった。
そういう経緯があるからこそ、メイズの不安は大きくなる。
自分の恋人は、彼自身を追い込んでいるのではないかと。
日が落ち、部屋に薄暗い闇が広がり始めると、ティエンシャンが部屋の明かりをつけた。
その明るさに、メイズは目をしばだたせる。。
ようやく明るさに慣れてきたころ、彼女は口を開いた。
「ティエンシャン?」
「なぁに?メイズ。私もう眠いんだけど」
眠そうな声で返事をした友人に、メイズははっきりと告げる。
「やっぱり、私たち5人で話をしよう。ダーシーだけに全部やらせていいわけない。
それに、そろそろ次の動きへの決断を出すべき時がきてると思う。どうかな?」
「ええ。そうね・・・。いつまでも、中華サーバーへの死に戻りに恐怖するのは嫌だわ。
でも・・・、今日は寝ましょう・・・。おやすみ、メイズ・・・」
ティエンシャンの、ふんわりと眠気を含んだ返事を聞き、メイズは瞼を閉じる。
真っ暗な部屋の中に、ティエンシャンの寝息が響き始めた。




