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58.
コンコンは〈外見再決定ポーション〉の瓶を手の中でいじりつつ、4年前のことを思い出す。
面白さを求めて、コンコンをメインに据えて3年経った頃だった。
〈エルダー・テイル〉での、一般的なプレイの仕方に飽きてしまい、他人のしないことを探していた。
初日の出を見に、〈霊峰フジ〉の頂上を目指したのも確かこの頃だった。
「ねぇ、丹波はん?最近すごいロールプレイヤーがおるって噂、知ってはる?」
丹波とのボイスチャットで、コンコンは唐突に知っているかと切り出す。
それに対して、丹波は慣れたように聞き流す。
しかし、コンコンは興奮していて、その丹波の態度すら気にならなかった。
「なんでもね、見た目も声も、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんらしいんです。
でも、名だたる戦闘ギルドご指名〈施療神官〉なんやって」
『そうか。でも、今時そんなん珍しくないんやないか?』
丹波はあまり興味がないらしく、単調な口調で相槌をはさむ。
コンコンだって、最初に耳にした際は特に気にも留めなかった。
それでも彼女の興味をひいたのは、他に理由があった。
「そうやね。ただ、その子は前衛での、ダメージランカーなんやって」
『ほう・・・』
「一部では、『勝利をもたらす天使』、なんて言われてるらしいんよ。」
『それは、また・・・』
『中二やなぁ』と、言いかけた丹波の声は、コンコンによって遮られる。
「中の人のことは、なーんにも分からんのんですけどね。
年齢も、出身も不明。強いからプロのゲーマーちゃうかって噂もあるけど、あくまでも噂やし。
活動拠点が日本やから、日本人やろうねって言われてはるけど、それも定かやない・・・」
『なんや、ずいぶんといっぱい調べたんやね。』
コンコンがばら撒く情報を聞きながら、丹波は感心しているようだった。
それもそのはず、彼女がこんなにも他人に興味をしめすのは、珍しいことなのだ。
ここまで言われると、丹波も気にならないわけがない。
「プレイ動画も見たんやけど、確かに可愛い見た目と裏腹に、強いし頼りがいあったわぁ。
そら、注目を集めるやろうね。ファンクラブまであるんやそうや」
『はー!ネットアイドルさながらやなぁ・・・』
感心したように呟く丹波は、パソコンのウィンドウをもう1つ立ち上げる。
そのプレイヤーを検索しようとして、まだ名前を聞いていないことを思い出した。
『で、そのプレイヤーの名前はなんて言うん?』
「これがまた、可愛らしいんですよ。ヒーリングエンジェル☆アニアさんやって。
あ、ヒーリングエンジェルとアニアの間に、中抜きの星が入ります」
『なんや、子供のアニメに出てきそうな名前やなぁ』
「ほんでね、うちこの子とお友達になりたいんです」
『ふーん。ええんちゃう?』
やたら長い名前を、検索バーに打ち込みながら、丹波は何気なくコンコンの言葉に同意した。
彼はそのあと、同意したことに後悔したことだろう。
なぜなら、ヒーリングエンジェル☆アニアと会話するのは、至難の業だったのだ。
「あかんねぇ・・・。また逃げられてしもうた・・・」
『こっちからのチャットは、全部拒否みたいやな・・・。メッセージも無視か・・・』
「まぁ、その正体が全くわからへんわけやわぁ」
アニアを追いかけ始めて、2か月以上が過ぎようとしていた。
彼女が現れる場所に行ってみても、友達になるどころか、会話すらまともにできない。
『もうええんやないか、コンコン?相手が嫌がってるんやったら・・・』
「えー!嫌やー!うちはこの子とお友達になりたいんやもん!」
『またそんなわがまま言うて・・・』
いくら丹波に言われようと、コンコンは彼女を諦めることができなかった。
その後丹波は仕事の関係でログインが不定期になるが、コンコンはしつこく追いかけた。
丹波が久しぶりにログインしてみると、コンコンのにやにや顔が待っていたのだった。
「ついにやりましたえ、丹波さん」
『何をや?』
「もう!あのアニアちゃんとお友達になりましてん!」
『あー、あの子?へーどうやって?』
「秘密です」
その不穏な返事に背筋がぞっとしたが、丹波はあえて聞かないようにした。
コンコンの気が済んだのなら、それで良いだろう。
アニアというプレイヤーも、コンコンの目に留まって災難だっただろうと、同情する。
『そんで?』
「ふふふ、うちら良いお友達になれそうですわぁ」
『そ、そうか・・・』
コンコンは、この時何故自分がこう思ったのかを思い出す。
アニアもまた、コンコンと同じように、ゲームの世界に自分の理想を求めていたからだ。
理想の姿、行動という名の隠れ蓑に隠れて、本当の自分を隠してしか人と付き合えなかった。
似たもの同士、同じ隠れ蓑を持った者同士、強く惹きあったのだった。
だが、そのアニアは、今、自分自身での戦いを始めようとしていた。
『いつまでも、アニアの陰に隠れてちゃいけないと思うんです。私自身が戦わなくちゃ・・・』
冷静になってみれば、それは至極当たり前なことであって、でも、この状況ではすごく勇気のいることであった。
ロールプレイキャラの陰に隠れていたら、傷つくのは自分ではなくてすむのだ。
そんな甘美で、心地よい隠れ蓑をを脱ぎ捨てるのは、自分で痛みを引き受けることになる。
昨日の丹波の言葉も、脳裏に張り付き、何度も彼女を苦しめていた。
『でも、いつまでも、コンコンの振りなんてし続けられへんやろう?ちょっとは、自分の足で歩きいや。
それに、俺にも頼ってくれへんと、寂しいやん・・・』
「自分で戦う・・・、自分の足で歩く・・・。うちは、甘えてたんかもなぁ・・・」
コンコンの呟きに、瓶の中の液体がちゃぷんっと音を立てるのだった。




