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56.
宿の部屋から食堂に降りると、そこには中国サーバーから、共に旅をして来た仲間が集まっていた。
ダーシーはその中で、犬のような耳を頻繁に触る〈狼牙族〉の少年の頭に手をのせる。
驚いたように振り返った少年は、その手にしがみつきほほ笑む。
「ダーシー兄さん!」
「やぁ、瑞清」
少年はダーシーの後ろにいたメイズの姿を確認すると、彼女にもにこりとほほ笑みかけた。
その表情に、メイズは安堵したような表情を浮かべる。
「姉ちゃん、美麗たちと遊び行ってきてもいい?」
「いいけど、あんまり人目につくようなことしないでよ。ズイセイ」
「うん。気を付けるよ」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
嬉しそうに駆け出して行った彼は、何人かのほかの〈冒険者〉と合流して外に出ていく。
「ズイセン、かなり落ち着いたみたいじゃないか。メイズ」
「そうね。このまま落ち着いてくれたらいいんだけど・・・」
見送ったメイズは、大きくため息をついた。微笑ましい光景である。
「ま、おれがついてるし大丈夫っしょ!」
「ははは!シェンシュンめ、生意気を言うようになりよって!」
「ちょっ!タオロー!痛い!」
小柄なシェンシュンは、タオローに赤色の髪をわしゃわしゃと撫でられて憤慨する。
見慣れた凸凹コンビの2人が戯れているのをみて、ダーシーは心の緊張を解く。
今は、毎日、心労がたまる一方だった。
(前はこれが日常だったのになぁ・・・)
「ダーシー、大丈夫?疲れてるんじゃない?」
そう心でつぶやくと、メイズが顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だよ、メイズ。ありがとう」
ダーシーは慌てて、にこりと微笑みを取り繕う。
彼女の銀髪を、自分の手でさらりと透かしてやると、メイズは微笑んだ。
彼女は弟のことで十分に心を割いている。その彼女に、自分のことにまで心を割いてほしくないのだ。
「カップルでラブラブするなら、他所でやってほしいもんだぜ・・・いって!」
「別にラブラブはしてないでしょー?」
やれやれと頭を振るシェンシュンに、メイズがデコピンを食らわせる。
「いや、僕はラブラブしてたつもりだよ?」
「ははは!まぁ、最近は忙しかったし、2人で息抜きでもしてきたらいいじゃないか!」
それを受けて、タオローは大男らしく豪快に笑った。
2人の関係は、この世界では、そこまで珍しい関係でもないものだろう。
「それはいいね。タオロー、ナイス!じゃ、失礼して」
ダーシーはメイズの手を取って、宿の食堂を後にする。
「俺も妻がここにいたらなぁ・・・。リンフェイ、元気だろうか・・・」
タオローはその様子を見て、ほほ笑みつつも寂しそうにあご髭を撫でた。
「元気出して、タオロー。きっと帰れるよ」
「そうだな・・・」
シェンシュン少年に励まされて、妻持ちのタオローは眉尻を下げて微笑む。
元の世界に残してきた家族に、思いをはせる〈冒険者〉は少なくない。
タオローもそんな〈冒険者〉の一人だった。
「ねぇ、どこ行くの?」
「いいところだよ」
メイズの手を引くダーシーがやっと足を止めたのは、海の見える廃墟の屋上だった。
キラキラと光を反射して輝く、水面に向かって腰を下ろす。
「ねぇ、本当に大丈夫?ちょっとらしくないよ?」
「そうだね。でも折角こんな世界にいるんだし、いつもは出来にないことがしたくならない?」
「そんなものかなぁ?」
楽しそうに笑うダーシーを横目に、メイズはあきれたような顔をする。
エルフでは珍しい浅黒い肌の彼女は、切りそろえた銀髪を潮風になびかせる。
「メイズは、戦闘にでることをどう思う?」
「え?・・・急にどうしたの?」
メイズは驚いたように、彼のほうを見やる。
ダーシーは目の前の海を、ぼんやりと見つめたままだった。
「うん・・・、ちょっと・・・」
「・・・私は・・・正直怖い」
「そうか、僕も怖い・・・」
「僕は後方支援職だからいいんだ。でも、君は〈侠客〉で実際にモンスターと対峙するだろう?
だから・・・君が戦闘に出るのが怖いんだよ・・・。君だけが中国で蘇ったらどうしようって、夢にもみちゃって。だめだよn」
「ねぇ、それって本気で言ってる?」
メイズはダーシーの言葉を、強い語気で遮る。
はっとして彼女に視線を向けると、じとっとした不機嫌そうな視線が返ってきた。
「私の実力はあなたがよく知ってるでしょ?そんなに軟じゃない!」
「で、でも、実際に戦うってなったらやっぱり・・・」
「そん時は、あなたが守りなさいよ!私が死んだら中国まで追っかけてきなさい!
今あなたが悩むべきことはもっと他にあるでしょ!しっかりして!」
「は、はい・・・」
「そんなことで疲れた顔してたとか、ありえない」
今度はメイズがそっぽを向いてしまう。
ダーシーは彼女の勢いに負けて、タジタジなのであった。
「そんなことって、僕にはすごい重要なことなんだけどな・・・」
そんな彼の弱腰なつぶやきは、波の音にかき消されてしまいそうだった。




