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55.
丹波はある部屋を目指す。
決して大きくない宿の建物で、目的のは部屋を見つけるのは容易なことだった。
一応、部屋の扉をノックしてみるものの、返答は返ってこない。
「入るで?」
そう扉の向こうに呼びかけて、彼は部屋に足を踏み入れた。
「なぁ、コンコン。いつまでそうしとるつもりや?
いい加減、みんなに顔見せに来んかいな。みんな心配しとるで?」
扉を閉めながら、丹波は部屋の主に声をかける。
その声かけにも、コンコンは見向きもしないで、ベッドの上で横たわっている。
アキバに到着した時から、コンコンはずっと天井との睨めっこを続けている。
「・・・なぁ、ほんまに、そんなんしてる場合やないんちゃうか?
赤司やらに相談して、今後どうするかを考えないけんのやないん?」
丹波は、あきらめずに声をかけ続ける。
このまま、彼女が口を閉ざしている間は、何もことが始まらないのではないかと不安になる。
「・・・これ以上・・・」
「は?」
ごにょごにょと、ささやくようにコンコンが何事かを呟くも、丹波は聞き取れない。
聞き返したら、今度は少しはっきりとした声で返答が来た。
「これ以上、赤司はんに迷惑かけたくないんです・・・。
あん子は、あの年で十分やってくれはった、だから、今回のことはうちが何とかしなあきまへん・・・」
コンコンは天井を見据えて、しっかりとした口調で話す。
その声は、意思の固さを感じさせた。
だからこそ、丹波は頭を痛めているのだった。
アキバに着いて、まだ5日しか経っていないと考えられると気が楽だ。
しかし、丹波にとっては、もう5日も経っているという気分だった。
ミナミに取り残された、アニアの仲間を奪還する必要性が出たとき、彼はコンコンがすぐに行動を起こすと思っていた。
だが、彼女はいまだにこの狭い部屋に閉じこもって、何をするでもなく横になっているのだった。
「でもなぁ・・・」
「それに、これは、うちにも責任があるんです。
うちがきちんと最後まで調べずに、アニアを連れてきてしもうたから、こんなことになったんや・・・」
そう言い切ると、コンコンはゴロンと転がり、丹波に背を向けた。
彼女はまた、一枚鎧を着こんでしまった。丹波はそう感じて、ため息をつく。
1枚目の鎧は、コンコンというロールプレイのキャラクター。
〈大災害〉のあの日から、彼女はその鎧を手放せないでいる。
丹波だけではなく、リアルでも交友の赤司やクロノまで、その鎧で弾いてしまっている。
そして、2枚目の鎧は、「自分の責任」という言葉の鎧。
この言葉に包まれているのは、「誰にも弱みを見せたくない」という弱い心。
コンコンは、今、誰かを頼るという行動を起こせないでいる。
いろいろと混乱の多い現状では、多少の覚悟と勇気が必要になる行動に、彼女は大いに躊躇してしまっていた。
2枚の鎧は、彼女をしっかりと包み込み、周りから差し伸べられる手を受け付けないようにしている。
この状況が続くと、彼女に協力しようとする者は徐々に減っていってしまう。
「なぁ、皐月。お前の責任ってどういうことなん?」
なんとか、彼女に言葉を届けたい丹波は、あえて彼女の元の名前で呼びかける。
「・・・」
「皐月、言うてくれんと、俺にも分からんねんよ?」
丹波が畳みかけると、コンコンはやっと体を起こして、丹波に視線を向けた。
彼女の視線は、いつもよりも鋭さを増していた。
「ミナミで、アニアに出会ったとき、アニアは気になることを言ってたんよ。
自分は、2つのアカウントで同時にログインしていた。アニアの体に入れてラッキーやったって言うわはった。
そのときに可笑しいなぁって思ってん。でも、深くは調べんかった。大したことやないと思っとった」
一度言葉を切ったコンコンは、少しうつむいき、右手で顔を覆った。
「でも、今、アニアが迎えに行きたがってるんは、そのもう1つのアカウントのCPや」
「・・・は?」
「あの時きちんと調べてたら、こんな事態にはならんかった」
その鋭い視線に射抜かれつつ、丹波の頭上にはてなマークが浮かぶ。
アニアの中にいるプレイヤーが、2つのCPに分裂しているという風にも取れる言い方だ。
だが、彼が質問をする前に、またコンコンが吠える。
「あの時、うちは念のために街中を捜索しようと思うてました。
けど、忙しさにかまけてそれを怠ったんです。もしかしたら、出発の前に見つけられたかもしらんのに・・・」
彼女の飛躍した考えに、丹波は驚く。
それは、本当に彼女の責任なのだろうか?と、いうかその時点でそこまで予測がつくものなのか?
「それは、何も皐月の責任じゃ・・・」
「その名前で呼ばんといて言うとるやろ?」
コンコンから、鋭い返答が返ってくる。
それは、拒絶としか取れない口調だった。
「でも、いつまでも、コンコンの振りなんてし続けられへんやろう?ちょっとは、自分の足で歩きいや。
それに、俺にも頼ってくれへんと、寂しいやん・・・」
そこまで言った途端、丹波は自分の身体に違和感を感じる。
「そんなん・・・、難しいわ・・・」
「・・・あっ!」
その言葉を最後に、丹波の身体はふわりと、部屋の外に追い出されてしまう。
コンコンが入場制限をかけたのだろう。
「なんでやねん・・・」
ぽつんと呟いた丹波は、そっとその場を後にするしか手立てはなかった。




