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52.
アキバの街に腰を据えてから3日たった。
その晩、やっと筆を持つ気になった赤司は、今までの旅の過程を書きつける。
〈筆者師〉のスキルを使って作成した冊子は、びっしりと文字や計算式が記入されていた。
旅の詳細や、困難、懸念事項をメモしながら、彼はふと、頭を休める。
(着いたなぁ、アキバ)
今までの最終目的地、アキバの土地を踏みしめた彼は、自分の得た結果に満足する。
途中、トラブルはあったものの、それも何とか乗り越えた。
計画に遅れることも、欠員を出すこともなく、目的地に到着できたのだ。
ただ、同時に次の目的地を、自然と探し求めている自分に気づくのだった。
旅の間はアキバに着いたら、当分何もしたくないと思っていた。
しかし、アキバの街でこうして宿に腰を落ち着け、ゆっくりと書き物をしていると、どうもいろいろとやりたいことが出てくる。
(・・・俺らは、これからどうなるんやろうか?)
冒険の間、感じていた高揚感や有意義さは、どこかに吹き飛んでしまっていた。
赤司はそれらの感覚を、酷く懐かしく思いつつ目の前に状況を思う。
アキバに着いたからといって、万事安泰というわけではなかった。
ただ、その先にあるものは、取るに足らないものに感じられていたのだった。
(俺らは、別にギルドっていうわけでもない、ただの寄せ集め集団や。
これからどうするにしても、それぞれの勝手やろうな・・・・)
もし、コンコンがあの中国人プレイヤーに言ったように、アキバの街が安定したとしたら。
それこそ選択肢は多いだろう。
噂に聞く味のする食事、〈クレセントバーガー〉の出現によってアキバは活気を取り戻しつつある。
どこかのギルドに加入するもよし、腕に覚えがあるのならソロで活動するのもありだろう。
コンコンあたりはアキバを後にして、どこか住み良い場所を探しに旅立つかもしれない。
知り合いが少ない彼だが、すでにアキバの友人に連絡を取り、街の状況を把握しつつある。
早耳な友人曰く、アキバの主要ギルドを中心に複数のギルドが、暗躍しているらしい。
なんでも、今まで狩場の確保に忙しかった大手が、顔を出さないことも多くなったとか。
そして、〈クレセントバーガー〉の話も気になるところだ。
(やっぱり、アキバもミナミと同じやったんやろうか?もう、次行く場所なんてないで。
ススキノは、とても人間らしい生活ができんくなっとるらしいしなぁ・・・)
プレイヤータウンを、その手中に納めんとする独裁者は、アキバにもいるのかもしれない。
味のする食事の秘密を武器に、アキバを牛耳るのは容易に思いつく計画だ。
ススキノの方も、風のうわさで聞いたところ、〈冒険者〉主導の力による独裁政権ができているらしい。
シブヤの街は、アキバに近すぎるため安全ではないし、利便性も悪い。
自分たちのこれからに不安をつのらせつつ、心のどこかでは悠遊自適な生活を願っていた。
適当にギルドに所属し、適当に戦闘に参加、ぼーっと1日過ごすのもありだろう。
好きな研究をするのも視野に入れておきたい。
そこまで考えて、赤司はそれが当分無理なことを思い出す。
コンコンには、あの中国人プレイヤーたちとの約束があるのだった。
同時に、アニアのいうミナミへの遠征の件も、彼らの肩にのしかかっている。
問題は意外と、山積みであった。
(はぁ、一難去ってまた一難ってか・・・)
赤司はコンコンから、それらの件に関して全く話がないことに不安を覚えていた。
どうせ、全部彼の肩に掛かってくるだろうと思っていたが、そんな様子もない。
〈冒険者〉を寄せ付けず、逃がさない、ミナミの街からの救出作戦。
得体の知れない、中国サーバーからの亡命者の手助け。
赤司はまた当分、馬車馬のようにあくせく働くことになると予想していた。
だが、それどころか、赤司には情報が全く入ってこないでいる。
正直、コンコンが全てを抱え込むことに、赤司は不安を感じている。
彼女が主導ということは、超自然的に赤司もその計画に組み込まれているのだ。
それなら、最初から赤司に任せて、計画を立てさせてほしい。
(あいつ、物事を混乱させるんだけは得意やからなぁ。
散々かき混ぜられた後の尻拭いより、最初から自分でやっとく方がマシやわ・・・)
赤司は、その若さに似合わない、重々しい溜息をつく。
一度羽ペンを置いて、目頭を揉みマッサージをする。
その仕草が爺臭ろうが、なんだろうが知ったことではない。
再び、ペンを握りなおした彼は、ふと疑問に思う。
(コンコンは、これからどうするつもりなんやろう・・?)
その考えが浮かんだとき、彼の胸はざわついた。
彼はそれが何か分からぬまま、手を動かし続けたのだった。




