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アキバの信頼できる人物との念話を終え、コンコンはフレンドリストから違う名前を探す。
畳のにおいと香を焚き染めたにおいでムワッとした部屋に、1人くつろぐその人物は気だるそうな動きで空に指を泳がせている。
後ろでゆるくまとめた黄色味の強い金髪が、絹のようにはらはらと肩から流れ落ちる。
すっきりとした青い瞳の目尻には艶やかな朱色が指してあり、普段着の赤い着流しは、まるで遊女の着物のような派手な柄。
玄関にそろえてある恐ろしく高い一本下駄を履いていた脚は、宿の畳に投げ出された。
その姿を見ると、どことなく色香漂う遊女のようだが、その顔はすっきりとした美男子風情である。
思春期の少年少女が見たら、あらぬ想像をしてしまいそうな雰囲気の青年は、落ち着いた声で言葉を発した。
「これ、赤司はん」
『なんやねん?』
「開口一番なんやねんは失礼ですえ。もうちぃと、気ぃ効かしてもらえまへん?」
『あー、はいはい。てか、そんしゃべり方なんとかならへんのか?』
コンコンが赤司と呼ぶ念話の相手は、不機嫌そうに返事をする。
関西弁が怖い印象を与えるが、決して怒っているわけではない。ただ不機嫌なだけだった。
彼の不機嫌そうなエルフ顔を想像して、コンコンは気持ちを和ませる。
賢い、年の割に変に大人びてしまっている、この年下の少年は見ていて飽きない。
どんなに無秩序に話を進めても、結局彼が軌道修正してくれるので、何かを相談する相手としては最適な存在だ。
「これが僕のしゃべり方ですけぇ。それをやめるなんて無理なことですわぁ」
『あー。分かった。分かった。そんで、どないしたんや?』
赤司は心の中で毒づき、めんどくさそうに話を促す。
この美しい歌舞伎者風情の彼女は、話を一度そらしてしまうと軌道修正に大幅な労力を使うのだ。
コンコンがようやく本題を話し始めたので、ため息をつく。
「言うてた件、アキバの伝手にお願いしてみましてん」
『えーっと、なんやったかいな?』
「ぼけてる場合やありまへんよ、赤司はん。」
『へいへい。そんでその伝手はなんて?』
「了承してくれはりました。会ったらお礼しなあきまへんね」
『ほんまか!でかしたな!』
赤司は最初の不機嫌さはどこにいったのか、機嫌よくコンコンを褒めはじめる。
この手のひら返しには、コンコンも苦笑する。
『これでこの禍々しいもん抱えとる雰囲気のミナミともおさらばやなぁ!』
「ほんに…。この街は嫌な気しかせえへんわぁ。昔は良かったんにね…」
ゲームだったころのミナミは、喧嘩っ早い関西人の性で揉め事は多かったが、人情味と活気の溢れる街であった。
しかし、今は暗く、その腹に何を抱えているか分からない街になってしまった。
赤司も覚えがあった。
まだ彼が駆け出しのプレイヤーだった頃、先輩プレイヤーたちに戦闘やクエストのイロハを教えてもらった。
不慣れなことを謝る赤司に彼らは、「ええねん。ええねん。一緒に旅できる仲間が増える思ったら、安いもんやで」と、豪快に笑い飛ばしていた。
各々の事情で引退していった彼らの意思を、今赤司やコンコンたちが引き継いでいる、そんな気持ちもどこかにあるのかもしれない。
(まぁ、あの人ら以上に厄介ごとを抱えとる気がするんやけどな。〈冒険者〉の体やなかったら、胃に穴開いとるで)
赤司はため息をつきながら、豪快だった先輩たちに比べ細かいことを考えてしまう自分を思いやった。
正直、赤司にとって現状はかなり辛いものになっていた。
問題を一人で抱え込んでしまう性格なうえ、物理的にも孤立してしまっていた。
そんな中で彼を拾い上げたのが、彼ひとりだったら絶対に思いつかなかった計画を、押し進めている女性であった。
(ほんま、この人には尊敬を通り越して呆れてまうわぁ)
もう一度深い、深いため息をついてから、これからの行動を頭の中で反射的に筋道だてる。
何せ未知の旅になる。やることはいっぱいあるのだ。
しかも、その実行に際して発生する作業のほとんどは、赤司に降りかかってくる予定なのだ。
『とりあえず、同行者に準備をさせなあかんなぁ。それからルートの調査と選定もしなあかんやろ』
「ほんに、忙しくなりそうやねぇ」
『まぁ、いばらの道をいくことにはなるやろうな』
「そうやねぇ…」
これからの長く険しくなるであろう旅路のことを考えると、コンコンは身震いをし、口からは吐息が漏れる。
(誰が戦い慣れんもんを連れて、ミナミからアキバまで普通に移動なんてアホなことを考えますやろう・・・)
困難に対する不安もある。
だが、それよりもこの旅路での冒険に心を躍らせている自分がいる。
〈冒険者〉と呼ばれている自分たちに相当しい、冒険の舞台へ駆け上がる準備はさぞ楽しいものになるだろう。
コンコンはその艶かしい唇の端をスッと持ち上げ、機嫌よくころころと笑った。
念話の向こうから赤司のため息と「お前、ほんまに引くわー」と、呟く声が聞こえるが、それが気にならないほどコンコンの気持ちは高揚していた。




