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49.
狭い和室の隅で、黒髪の少女がパソコンの画面に向かっている。
彼女が長い指で操っているのは、画面上の小さな少女のキャラクターだった。
桃色のツインテールを振り乱し、剣と盾で攻防する少女は、いかにも戦闘系という感じの筋骨隆々なプレイヤーと対峙していた。
「これで、終わりね!〈ホーリーライト〉!」
『まじかよ・・・』
PvPの相手だった〈武闘家〉は、キラキラと泡になって姿を消した。
画面上の少女は、勝利を宣言するかのように剣を握った右手を高く掲げる。
同時に、画面のこちら側の少女を椅子から立ち上がる。
背が高く、手足の長い、ショーのモデルを思い起こさせるようなスタイルの少女は、制服のスカートを揺らしながら小躍りしている。
「やったー!これで1000人切り!」
画面上には、見ものしていた他の〈冒険者〉たちの称賛コメントで、弾幕ができている。
それらに目を通しつつも、彼女はコメント表示をオフにする。
弾幕がなくなると、彼女のキャラクター、ヒーリングエンジェル☆アニアが愛らしく佇んでいた。
「アニア、やったで!可愛くて強い!うちら最高!」
少女が画面上のもう1人の少女に話しかける。
その見た目は違うが、〈エルダー・テイル〉の中では、彼女たちは同一人物だった。
もう一度コメントを表示させると、まだ称賛を送る弾幕は終わっていない。
〔やべー!アニアたんつえー!かわいー!〕
〔さすが、天使様は強いわ!〕
〔omg! u r so amazing! i luv u!〕
〔殴りクレリックの最高峰じゃね?やばい!〕
「なんか、最近見に来る人増えたやんな・・・。あ、英語・・・おーえむじー?」
こんな英単語、見たことがないと首をかしげると、外からの熱気なのか、暑さを感じる。
可笑しいと思いつつ窓を開けると、熱風が吹き込んできて彼女は後ろに倒れこむ。
次の瞬間、目覚めたアニアをズキズキと酷い頭痛が襲う。
はっきりしない頭と視界で、知らない天井を見上げる。
(ここ、どこやろう・・・?)
アニアは周りを見渡した。さっきまでの自分の部屋ではないことは確かだ。
ゆっくりと記憶が再生されていき、徐々に頭がはっきりとしてくる。
そして、彼女は無言で起き上がる。
(私は、なんでこんなに悲しいんやろう・・・?
せっかくアニアになれたのに・・・。可愛くて小さな女の子。私の理想の女の子・・・)
ふと、そんな考えが浮かんでくる。
元の世界では、背が高く肉付きの悪い自分の容姿がコンプレックスでしかなかった。
小柄な少女の姿をしたアニアは、彼女の理想とした少女像だった。
(思い通りにいかないもんやなぁ・・・。結局、私はアニアにはなれへんのや・・・)
その考えに至ったとき、ものすごい悔しさと、悲しさが溢れてくる。
自分の訛りを隠し、社交的とはいえない性格で無理をし、ボロが出ないように活動の場も制限した。
そうやって作り上げたイメージは、アニアであって、彼女自身ではなかったのだ。
分かってはいても、受け入れるのは難しい。
(結局、私は幸子でしかないねん・・・。でも・・・)
アニアは顔を上げる。彼女は、決意を固めようとしていた。
その顔は、それまでの人形のように可愛いだけの顔ではなく、強い意志が見て取れるものだった。
(・・・私一人でもあの子は迎えに行く。)
彼女はその決断の愚かさを知っている。
今の彼女は、自分の力で何もできない、無力な小さな少女だった。
実際の体との体格差は、彼女の動きを大きく制限していた。
ゲームの時びアニアと同じように動けるなら、彼女ひとりでもミナミに向かうことができただろう。
しかし今の彼女、幸子はそれからかけ離れた状況だった。
正直、彼女がミナミから出れたことすら、奇跡だ。
昔からの仲間のおかげで、アキバに行く片道切符を得て、実際にアキバに到着した。
しかし、彼女はそれを自ら手放そうとしている。
ベッドに腰掛け、アニアは頭を抱える。
今から〈鷲獅子〉を飛ばしてミナミまで帰ったとする。
それには今までと同じ行程が必要になるから、最低でも4日はかかる。
アキバに足を踏み入れてしまった今となっては、死んでもアキバの〈大神殿〉でしか蘇れない。
早く、あの小さな少女を抱きしめてやらなければならない。
心細い思いをしている可哀想な自分の半身を安心させてあげなくてはいけない。
その気持ちばかりが先走って、彼女自身はどんどん置いて行かれてしまう。
ただただ焦りばかりが募る彼女は、布団の中に潜り込む。
声を殺して泣きながら、彼女はそこで小さく身を丸めた。




