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43.
(丹波はんのせいで、調子狂ったやないの・・・ほんまに・・・)
怒れるコンコンが部屋に戻ると、小声で何かを呟くような声が聞こえた。
注意深く耳をそばだてると、それが胡桃のベッドから聞こえることに気付く。
頭までしっかりと布団をかぶった彼女は、嬉しそうに誰かと会話しているようだった。
「・・・うん。・・・うん。ふふふ。分かったよ。・・・うん。またあとで」
念話が切れたのだろう、彼女の声が途絶える。
コンコンはできる限り、静かに自分のベッドに腰を落ち着かせ、彼女の様子を観察する。
モゾモゾと布団が動き、彼女の嬉しそうな顔が出てきた。
「胡桃ちゃん、おはようさん」
「ぴっ・・・!」
不意に掛けられた声に、小柄な少女はびくっと体を震わせる。
コンコンは胡桃の隣にある自分のベッドから、にっこりと彼女に微笑んだ。
その微笑みが、胡桃には悪だくみをしたいじめっ子のように映ったのは無理もない。
恥ずかしそうに布団を鼻まで被った胡桃は、その瞳だけを動かしてコンコンの様子をうかがっていた。
「お、おはよう・・・ございます・・・」
やっとの思いでゴニョゴニョと、あいさつをする様子は何とも微笑ましかった。
忘れそうになるが、彼女は10代の引っ込み思案な女の子であった。
この殺伐とした状況の中で、日常を思い出させてくれる存在だった。
「ふふふ。次からは外でやることをお勧めするわぁ」
「うぅ・・・。な、なんのことですか?」
「今の念話や。聞かれたくない内容もあるやろ?」
「そ、そんなことは・・・」
あくまでもはぐらかそうとする胡桃に、コンコンはさらりと確信に触れる。
それと同時に面白くなってくる。
(この子は本当に隠せてるって思ってるんやろうか・・・)
自分の口許が緩むのを堪えながら、コンコンは彼女様子を観察することにした。
顔を真っ赤にしたかと思うと、目をきょろきょろとさせてみたり、明らかに挙動がおかしい。
「まぁ、ええけど」
自分のベッドに脚を投げ出し、コンコンは呟く。
部屋の隅に置いた砂時計に視線を投げて、手元の〈忌み鏡〉を見つめる。
ふっと、胡桃に目線をやると、胡桃の困り顔と目が合った。
「あっ・・・」
「どうしたん胡桃ちゃん・・・?僕の美しさに見とれてた?」
「え?あっ!えっと・・・はい」
「まぁ・・・、冗談のつもりやってんけど・・・照れるわぁ」
そんなぁと言いながら顔を染める少女が可愛すぎて、コンコンはにこにこ笑ってしまう。
よくないニュースがあったとしても、この少女にはコンコンを和ませる力があった。
「だって、コンコンさんは本当に綺麗なんですよ。男性とは思えないくらい、綺麗です」
顔を両掌で包みながら、黄色い声で褒められると、さすがのコンコンも照れてしまう。
自分の〈エルダー・テイル〉での容姿には、自信があった。
というか、元の世界の自分が手に入れたいと思うものを、すべて詰め込んだのがコンコンだった。
表情を取り繕いながらも、ぷるぷるっと震える口許を止めることはできず、声も震えていたかもしれない。
「・・・そんなに褒めてもなんも出まへんよ」
「じ、事実を言ってるだけです!」
「ほんまに?」
「はい。・・・だから、丹波さんもあんな顔を・・・」
「丹波はんがなんて?」
丹波の名前が出た瞬間、コンコンは胡桃に詰め寄る。
小さな気の弱い少女は、ひぇぇぇっと縮こまる。
予想外な反応に混乱する胡桃は、会話にならないことを口にする。
「え?え?だって、・・・あれ?」
「なにを言いかけてはったん?胡桃はん?」
「もーコンコンさん。胡桃ちゃんをそんなにいじめちゃ、だめですよ」
パコーンという軽快な音とともに、コンコンの頭を後ろから叩いたのは、胡桃と同じく小柄なアニアだった。
2人の少女に挟まれた〈狐尾族〉の青年の見た目をした女性は、大人しく身を引いく。
アニアが胡桃の横に腰掛けて、笑いだした。
「おはようさん。起きてはったんやねぇ」
「あの大騒ぎで起きないほうがおかしですよ」
2人は互いに顔を見合ってくすくす笑っている。
(あれ?この2人、いつの間にこんな仲良くならはったん?10代恐ろしいわぁ)
「丹波さん、コンコンさんのことを見るとき、すっごくうっとりしてはるんです」
「そうそう。まるでロミオがジュリエットを見つめるように!」
「はぁ?」
「きっとコンコンさんの美しさに、心奪われてるんだよ」
「そうですねー。コンコンさん美しすぎるし、やっぱり見とれてしまうんやないかな?」
夢見る少女2人組は、キャーキャー言いながら別世界に旅立ってしまう。
コンコンは、そんな2人を難しい顔で見つめていた。
「結局・・・、うちやったらあかんのやね・・・。僕やないと・・・」
女性は、男性からの行為を「嬉しい!」と感じるときもあれば、同じ行為でも「嫌だ!」と感じることもあると思います。




