41
41.
「なんであんなこと約束してん!!」
赤司の声が部屋に響く。
コンコンは頭の上のほうについている、狐耳を手でぎゅっと抑えた。
「そない大きな声出さんでぇな。狐耳につらいんですえ?」
「知らんがな!それより、あの約束のことや!あれはお前の独断で決めてええもんちゃうやろうが!」
「ほいなら聞きますが、どうしたらよ良かったいうんです?
僕らかて、彼らと同じように街から逃げ出したようなもんやないね!
同じ境遇の人間に、良くしてあげたい思うんが普通とちゃいますん!」
2人の青年が丹波と机を挟んで、怒鳴りあっている。
間に挟まれたほうとしては、とてつもなく迷惑であった。
しかし、丹波はあえて止めに入ろうとはしない。
そんな何の利益にもならないことはしたくない。自分が痛い目に合うだけだ。
「~~~!もうええわ!お前が責任もってなんとかしぃ!」
「そんなもん、最初からそのつもりやわぁ!」
2人の喧嘩別れのような発言で、やっと騒動はおわったらしい。
それまで、〈クリープシェイド〉でその気配を消して寝こけていた丹波は、慌てて姿勢をもどす。
「なんや、話はおわったか。そしたら、明日の移動の話を・・・」
「明日は移動しまへん!ここでもう1日過ごします」
「はあああ?何言うとんねん!何のために、今日無理してヨコハマまで来たと思ってんねん!ふざけんなやぁ!」
「ヨコハマの様子を見たいんです。中国サーバーの方の様子も知らなあかんやろ?」
丹波は〈クリープシェイド〉を使ってしまったことを後悔した。
このスキルは再使用規制時間が長いのだ。
2人の青年はまたお互いの顔を突き合わせて、机と丹波を挟みいがみ合っている。
「はぁ?そんなん1回アキバに入ってから、お前一人で来てやればええやろうが!」
「そんな二度手間してられまへん!第一効率わるいやないですのん!」
「知るか!お前についてきた人間の身にもなってみぃ!
アキバまで連れていくんが、お前の責任やろが!それを果たさんかい!」
赤司の言葉はコンコンのいたいところを突いたようで、コンコンは口をつぐむ。
聞いていた丹波も、今のは赤司のほうが正しいと思った。
しぶしぶといった様子で、コンコンが頭を縦に振る。
「分かりました」
「なら、明日の移動の話しようや。俺もう眠うて仕方ないけん」
丹波が、新たな火種ができる前に間髪入れずに提案する。
もう夜はかなり深まっていた。
赤司が腰の〈ダザネックの魔法鞄〉から、手書きの地図を取り出した。
ヨコハマからアキバまでの距離は、今までの移動距離に比べるとかなり短い。
そこには、几帳面な字で≪移動時間:1時間≫と書かれている。
「なんね、今までの移動が嘘みたいに短い距離やね。これやったら、1日くらいヨコハマにおっても問題ないんやない?」
「そうかもしらん、でも胡桃や雷牙の気持ちを考えたら、できる限り早うアキバに着くべきやろ」
「・・・」
コンコンは、ヨコハマや中国人プレイヤーたちに、未練があるらしい。
赤司の意見が正しいと頭では理解しつつも、納得はできていないようだった。
しかし、赤司は赤司で自分の立てた計画を変更する気はないらしく、きっぱりとコンコンの提案を退けた。
それを横目に丹波は、赤司に他の疑問をぶつける。
「ところで、なんでこんなに移動距離に大きな差ができたんや?」
「仕方ないやろ?大きな町通ろうと思ったら、こんなルート分けしかできへんねん」
「まぁ、それは僕がお願いしたことですからねぇ」
コンコンが肩をすくめると、丹波もそうかと、納得するしかなかった。
確かに大きな町のほうが、小さな村を通るよりいろいろと都合がいい。
まず宿に困ることはないだろうし、〈冒険者〉というだけで悪目立ちすることもないだろう。
丹波は椅子の背もたれに、体重をかけて大きく伸びをする。
「それやったら、明日は昼頃に街を出ようや。眠たくて仕方ないわ」
「いや、そこは朝一に出て、早くアキバに着くほうがええやろ」
「えー!寝坊できると思ったんじゃが・・・」
机に突っ伏して残念がる丹波をよそに、コンコンと赤司は朝に出発する予定で話を進める。
赤司はコンコンを、これ以上の厄介ごとに首を突っ込ませたくなかった。
そのためには一時も早く、本来の目的地であるアキバの町に入ってしまうのが一番だった。
「じゃ、明日9時出発な!」
「つらいなそれ」
「丹波はん、ほんに朝弱いんやから・・・」
「そうなんか?知らんかった。・・・コンコンは、なんでそんなこと知っとるんや?
「ま、まぁ、古い知り合いですけんね・・・」
「そうか・・・」
コンコンの表情にほんの少し緊張が生じ、苦し紛れの言い訳が口からこぼれる。
しかし彼の心配に反して、赤司は顎に手を置いたままうなづいた。
(なんでやろうね・・・ちょっと悲しいわ・・・)
心の中の呟きを、なんとか心でとどめたコンコンは顔を強張らせるのであった。




