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38.
テンプル3兄弟は、魂を抜かれたように、会話もなく床にねぞべっている。
タカムはゲーム時代では、部屋の装飾品でしかなかったダーツの矢を投げている。
手持ちの矢を投げ切ってしまうと、的まで取りに行くのが億劫なのか、そのまま枕に顔を埋めて目を閉じてしまった。
セルクルは部屋の照明として召喚した〈光の精霊〉を、指で突っついたりしていた。
フワフワと宙を漂う球体は、ボールのように弄ばれている。
その感触がなんとも言えないのだと、彼女は初日から口々に言っていた。
AGEといえば、自分の目の前に現れたステータス画面を見ていた。
何か新しい発見はないかと、見慣れたものを見返す作業は全く結果を出さないまま時間だけ過ぎていた。
溜息が口から洩れる彼の耳に、念話の呼び出し音が届く。
馴染みの仲間からの念話に、AGEは少しだけ気分が高揚した気がした。
娯楽もやることもないアキバの宿の中で、仲間からの情報は数少ないワクワクできるものだった。
「クロノ、どうした?いまどこ?」
『おい、挨拶くらいはちゃんとしろよ』
「あ、そうだね。ごめん。それで?」
AGEは息をつかせぬ勢いで質問への返答を促す。
結局、ロクな挨拶をしてもらえなかったクロノが、不機嫌そうな声で答える。
『ヨコハマだよ。でも、めんどくさいことになっちゃった』
「あれ?今日はハコネじゃないの?」
『いろいろあってすっ飛ばした。てか、めんどくさいことのほう聞いてよ』
「うーん。まぁ、コンコンさんに捕まった時点で、相当じゃない?」
『あ、そっか。って、冗談抜きでめんどくさいんだよ』
一通りいつもの軽口のたたき合うと、クロノが連絡をよこした理由を語りだす。
めんどくさいと言うわりに、クロノの声は面白がっているように聞こえたが、それはあえて突っ込まないことにしよう。
AGEは、彼を生粋の〈冒険者〉だと思う。
新しい景色や、光景、ものに、すごく飢えている。
手に入れるためなら、比較的危険なことをする人間だ。
そんな彼が口にしたことは、彼らがヨコハマにいることよりも、AGEに驚きを与えた。
「え?中国サーバーの〈冒険者〉と話し合い?それ大丈夫なわけ?」
『まぁ、ドンパチやってはいないみたいだけどさ』
「でもなんでヤマトサーバーに?」
『さぁ?それを今コンコンさんたちが、聞きに行ってるんじゃないかな』
「ふーん」
そのあとも、クロノによる中国プレイヤーの説明が延々と続く。
なかには、彼らのレベルがマチマチであるとかいう有用な情報もあった。
また、中国サーバー独特の職業についての豆知識まで披露される。
『いや、でもあっちのサーバーのやつらの格好は派手だね。赤とか金とか、原色が多い』
「まぁ、ファンタジーの世界だし、仕方ないんじゃないの?」
『まぁね』
「それに、ジャッキー・チェーンとかも、青とか赤じゃなかった?」
『あーそうか。でも日本のデザインと違って奥ゆかしさがないんだよ』
「あーそうですか。Webデザイナー様」
有名な中国をテーマにした映画、カンフー、派手、彼らの中国に関する情報は多くないようだった。
知識がないことでは話が続かないため、AGEは早々に話題を変えた。
「で、ヨコハマの様子はどんな感じ?」
『町並みは中華街というよりは、映画のセットみたいな、ちょっと似非っぽい昔の中国だなー』
「うん。なんとなく想像つく」
『あと・・・』
ここで急にクロノの声小声になる。きっと部屋にだれかいるのだろう。
囁くような声で真面目に伝えられる内容に、AGEは苦笑を漏らすしかなかった。
『・・・〈大地人〉の〈娼姫〉がすごい』
(あー。クロノそういうの好きだよね・・・)
付き合いの長いAGEはクロノが、結構な遊び人であったことを知っていた。
会うたびに、ちがう女性を連れていた時期があったのだ。
それもかなり貢がれていたらしく、ぷー太郎でも生活に困らなかったらしい。
ここ2、3年は落ち着いていたが、これを機にその性質が戻ってくることがないとは断言できない。
「・・・」
『それっぽい宿の前で、超声かけてくる』
「・・・はぁ」
『あ、今お前呆れただろ?いっとくけど、行ってねぇからな!』
「わお!意外!」
『あのね、さすがに傷つくから。昔の俺と違うんだからさ』
心底嫌だったのだろう。うんざりとした声音だった。
AGEは含み笑いを返して、彼とのやり取りに懐かしさと安堵を感じる。
これも、2人の長い付き合いだからだろう。
「どうせ、俺以外にも同じこと言われたんだろ?」
『はぁ、お見通しかよ。そうそう。言われた』
「そんなことだろうと思った」
互いに笑いながら、他愛のない話が弾む。
正直、兄弟以外に会話する相手がいないAGEにとっては、この念話は楽しいものだった。
ふと、クロノの口からAGEが気になる話題が出るまでは。




