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「これは良うない・・・」
「へぁ?」
コンコンの呟きに丹波は間抜けな反応を見せる。
彼の位置から、後ろにいるコンコンの様子をうかがい知ることはできない。
コンコンが彼の背中にぴったりとくっついているからだ(決して悪い気はしない)。
また彼女が何をもって、そんな不穏なことを口にしたのかも分からないでいた。
「ちょいと難題が転がってきたんです。どうしましょうか思ってねぇ」
「難題?なんやねんそれ?」
「これ見てくださいな」
「なんじゃ?鏡か?」
コンコンが見せたのは小さな手鏡だった。小さい割には、装飾が豪華だった。
覗き込む丹波の顔どころか、後ろの様子すらまったく映り込まない。
「前言うてた、フレーバーアイテムの〈忌み鏡〉ですえ」
「あぁ、これがかね。そんで、なんが良うないんや?」
「映り込んでくるもんがね、悪趣味すぎてしゃあないんよ」
「悪趣味?」
それは映り込んでいる人に対して失礼ではないかと、思いながら丹波は鏡を覗く。
一瞬にして彼はコンコンの言っている意味を理解し、驚愕した。
思わず驚きの声を上げる。
「これ、全員が俺らの邪魔しようってやつらなん?」
「まぁ、どこまで大きな障害になるかは別にして、そうなんやろうなぁ」
「まじかー。これはほんまに悪趣味やな」
「何人おるんでっしゃろねぇ?多すぎてよう分からんわぁ」
〈忌み鏡〉に映る人の群れは膨大な数になっていた。
そこには、知った顔、知らない顔、冒険者ではない顔、様々な顔が混在している。
その顔は全員、意地悪そうな顔をしているわけでもないのに、不気味だった。
「1週間前はもっと少なかってんけど、増えとるんよ」
「この1週間でなにがあったんや!って感やな」
「そうやねぇ。嫌やわぁ、ほんま」
2人の間に少しの沈黙が流れる。
丹波は彼女のイライラとした空気を感じ取り、機嫌を損ねること覚悟で言葉を発する。
「なんや、心配事でもあるんか?」
「・・・なんでそう思わはるんです?」
「なんとなくやな」
「ほんまですか・・・?」
「・・・顔に出とる。何かがひっかかとる顔や」
「えっ・・・?!」
「冗談やで」
「・・・もぅ」
ぷりぷりと効果音が付きそうなコンコンの様子を見て、丹波はくすりとほほ笑んでしまう。
なんとなく、この様子が彼の知る本当の彼女に近い気がした。
呆れた声のコンコンをよそに、丹波は手綱を持ち直して前を向く。
「なに笑ろうてはるん?こんな時に・・・」
「いや、別に」
『悪い知らせですよ。みなさん』
この和やかな雰囲気に似合わない、不穏な言葉が念話でクロノからもたらされる。
コンコンと丹波の表情は自然と厳しくならざる負えない。
クロノの優秀なところは、このニュースをコンコン、丹波のみに連絡をよこしたことだ。
他のメンバーは、空にいる状況で混乱に陥りかねない。
『ミナミ周辺で脱出する〈冒険者〉が、〈冒険者〉に狩られ始めたらしい』
「そうか・・・。とうとう始まったか・・・」
「僕らはミナミを出た時期がえかったんやねぇ」
『そうだね。ただ、遠征してくる部隊がいつこっちまで来るか分からないよ』
クロノは何か気になることでもあるのか、すごく沈んだ声を出す。
その声は念話を受けた2人をも不安にさせた。
「どうしはったん?なんか心当たりでもあるん?」
『はぁ。まぁ彼がそんなことをするとは思えないけど、友人のギルドが加担してたりしたら、恐ろしいなと思って』
「へぇ、そんな統制のとれたギルドがあるん?〈大災害〉後どこのギルドもバラバラやったけど」
『あそこはね、粒ぞろいだから。それにこミナミ脱出狩りが、一部の人間の狂気的趣味とは思えないから』
「組織的な統制のとれたものの仕業か・・・」
クロノの言いようから、その範囲はかなり広いと考えてよいだろう。
暗い声で受け答えするクロノが小声なのは、彼の後ろに乗る雷牙を気遣ってだろうか。
だが、これでこの旅を急ぐ理由と、心配事が増えたといえよう。
コンコンは自分の砂時計を確認する。
〈鷲獅子〉の搭乗可能時間を計測しているそれは、1/4ほどの砂が下に落ちている。
「あと3時間しかあらへん。ヨコハマまで飛ぶんは無理やねぇ」
「また馬で距離稼ぐか?でも年少組にはちょっと殺生やで?」
『ここまで来て、ミナミに後戻りよりかはましでしょう』
さまざまな意見が2人から出てくるが、コンコンは比較的落ち着いていた。
彼女は本当に誰に相談するべきか、しっかりと分かっていた。
2人に断りを入れてグループチャットに、フレンドリストの中の1人の名前を追加する。
相手はすぐにグループチャットをアクティブにした。
『・・・なんやねん』
「ちょいと頭使うてもらわなあきまへん。しゃっきとしんさい。赤司はん」
『はぁ?頭使うってなんやねん?』
後方と旅の進捗管理を任せている、頼れる〈神祇官〉にコンコンは望みを託したのだった。




