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32.
朝、まだ街には人の影がほとんどない。
家々から朝食の支度をする煙が上がり始めたばかりの頃に、一人青年がふらふらと散歩している。
派手な着流しと金髪をなびかせ、色の白い女性のような線の細さをしている。
「えぇ街やなぁ。静かやし、気候もえぇし、〈山賊〉さえおらんかったらなぁ」
ぶつぶつと独り言を言いながら、のん気に散歩している彼女の眼には昨日のすごみはない。
とても穏やかで、少し疲れたような表情をしている。
(今日、僕らはこの街を出る。
でも、もしまたここが〈山賊〉に襲われたら?誰が守るんやろう?
僕だけでも残る?でもそれでは仲間を守ることができへん)
〈山賊〉の再来。コンコンはそのことを危惧していた。
昨日自分が仕留め損ねた〈山賊〉たちが再びこの街を襲い、多くが命を落とすのだ。
どんよりとした気分のまま、コンコンは宿へと足を向ける。
もうすぐ朝食、そして出発の時間だ。
コンコンが宿に足を踏み入れると、みな起きだして集まっていた。
食事をとったり、装備の点検をしたりと、各々出発に向けての準備をしている。
「おはようさん」
「あ、コンコンさん。おはようございます」
「おはようございます。どこ行ってはったんですか?」
コンコンは雷牙と胡桃の年少ペアのすぐそばに腰かけ、声をかける。
彼は、この2人のことをかなり気にかけていた。
昨日は顔色が悪かった胡桃も、今日は幾分かマシになり、元気そうに見える。
彼女の様子にこっそりとコンコンは安堵した。
「ちょいと散歩に行ってましてん」
「なんか面白いものありました?」
「うちも後で外の空気吸いに行こうかな」
2人は楽しそうに、笑う。まるで観光に来た子供のようだった。
その2人を見て、コンコンの心はまた大きく揺れる。
(この街に残るなんて、言われへんなぁ。この子らは僕を信頼してくれようんやもん。
・・・せっかくスーパーマンみたいな凄い力があっても、所詮〈冒険者〉はそうはなれんのやねぇ)
そんなことを考えつつ、店主の出してくれた、味のしないお粥を胃に流し込む。
ふやけた煎餅の食感はそのままだが、普通の食べ物よりかは食べやすく感じる。
栄養的にはどうなんやろうとか思いつつ、お椀を空にする。
「じゃぁ、行こうやないの?」
コンコンは少しの迷いを抱えながら、集団に声をかける。
それぞれ会話をしていた彼らは、席を立ち宿の店主に声をかけながら出ていく。
その光景を見て、彼は自分のこの集団への責任を再度認識する。
最後にコンコンが店主の前を通ると、彼は深々と頭を下げた。
「昨日は本当に、ありがとうございました。気を付けて」
「・・・そちらも、気を付けはってね。物騒ですけぇ」
短く言葉を交わし、仲間の後を追う。彼女の顔には悲痛な表情が浮かんでいた。
昨日入ってきのとは反対側に開く門、昨日コンコンが〈山賊〉を追いかけた門へ向かう。
街の家々からは、家族の会話や子供の走り回る声が響いてくる。
(あぁ、ここは本当に街なんやね。ゲームなんかやないんやねぇ)
ひしひしと感じる日常の営みに、コンコンは改めて自分のいる世界をかえりみる。
過去3週間強、〈エルダー・テイル〉に放り込まれたはずなのに、現実くさい。
その感覚に混乱していたが、ようやくしっかりと理解でき始めた。これは紛れもない現実だと。
街の外で〈鷲獅子〉にまたがる。初日のような感動はないが、その感触も現実のものだ。
今日の向かう先はハコネ、前日移動した距離に比べたら短いため〈鷲獅子〉で全部突っ切る予定だ。
「じゃぁ、お先に」
そんな声を合図に、丹波とコンコンを乗せた〈鷲獅子〉が空へと飛びあがる。
丹波の手綱の合図で、〈鷲獅子〉は森の上を横切った。
ある地点を過ぎたころに、丹波がしがみつくコンコンに呟く。
「下見てみ?」
促されてコンコンが視線を下すと、森の中に急に開けた土地が広がっている。
そこには、木製の建物がたくさん並ぶ集落があった。
子供たちが走り回り、大人たちが集まって何かの作業している。
明らかに、〈山賊〉たちの住処だろう。
「あれも、街の人らとそう変わらんなぁ」
コンコンが困ったようにつぶやく。
ゲームの中で〈山賊〉とはいつも討伐する対象であった。
〈山賊〉を倒すクエストは、いくつもあり、コンコン自身も何度か参加したこともある。
だが、現実となったこの世界では、彼らはどこからか湧いてくる悪党ではなかった。
〈山賊〉もまた、彼女が守りたいと思った町の人間と変わりがなかったのだ。
昨日コンコンが切った〈山賊〉にも家族がいたであろう。
「ゲームやないって、分かっとたつもりやねんけどねぇ」
「そうやね」
「僕はまだ、何にも分かっておらへんね」
4匹の〈鷲獅子〉は東に向けて羽ばたいていく。一瞬で小さな点になってしまった。




