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30.
「コンコン!あんまり深追いするな!」
赤司の鋭い声が響く。
赤い派手な鎧の青年はお構いなしに、逃げる山賊たちを追いかけ、また1人を切り伏せる。
その目には、〈冒険者〉ですら恐怖するであろう覇気が宿り、どこか鬼の形相をおもわせるものがあった。
彼がもう少しで街を出てしまう、そんな場所に差し掛かろうとしたころ、鎧の青年の前に黒い人影が忽然と現れる。
雪のように真っ白な髪を持ったその人物は、コンコンを抱き留めるように引き止める。
同じ90レベルの〈冒険者〉同士、互いに一歩も譲らない。
「・・・離しはって、丹波はん」
しばらくして鎧の青年が口を開き、自分を押しとどめる人物を涼しい青い瞳で睨む。
そんな視線を全く気に留めた様子もない赤目の青年は、やんわりとほほ笑む。
「離したら、また追いかけて行ってまうやろ?」
「そうですえ」
「じゃぁ離せへんわ」
赤と青、対照的な色の瞳を持った、2人青年がしばらくの間無言でいる。
先に身を引いたのは、意外にも青い瞳の鎧の青年だった。
自分の胴を拘束する腕を振り払い、コンコンは街のほうに戻っていく。
その後を追う丹波は、小さくため息をついた。
既に仲間と合流していた雷牙や胡桃の後に、コンコンと丹波も街の中心で合流する。
〈施療神官〉のアニアが、傷ついた〈大地人〉たちに〈ヒール〉をかけている。
怯えた表情の男が礼を言って離れていくと、そばにいた少年がより幼い少女を前に押し出した。
赤司は手近の〈大地人〉と何やら話し込んでいたが、2人を見て話を切り上げて近寄ってくる。
「なんとか街に留まったんやな。どうやった?」
「・・・7、8人逃がしてもうた」
「どうせ殺してたやろ?そっちは何か分かったんか?」
丹波が切り返すと、赤司は渋い表情をしながら今〈大地人〉から聞いたばかりの話を伝える。
「もともとこの辺は盗賊やら山賊が多い土地柄やねんて。ただ、街が襲われたんは初めてやそうや。いつもは商人の馬車を狙うんやて」
「それやったらなんで街を?」
顔色の優れない胡桃を気遣いながら、雷牙が怪訝そうな顔をする。
赤司は首を左右に振った。
しかしその渋い表情は、原因の予想がついていることを暗示していた。
「わからへん。ただ、最近護衛をする〈冒険者〉が減って、商人の馬車が少ないんが関係あるかもしれんな」
「〈冒険者〉が、前のようにクエストを受けなくなったからか・・・」
〈冒険者〉である自分たちのせいであることに、少なからず責任を感じているのか、クロノが少し俯きながら呟いた。
彼の心境はそこにいる全員に感染する。
その雰囲気を払しょくしようと、丹波はあえて明るい声で提案した。
「とりあえず、宿を探そう。みんな今日1日の行程でクタクタやろ?」
各々、ぐったりとした表情で今日の宿泊先を物色しはじめる。
山賊を追い払ったこともあってか、歓迎雰囲気の中で宿はすぐに見つかった。
部屋の貸し借りが終わると、アニアと胡桃は早々と女性部屋に引きこもってしまった。
その他の仲間たちも、各々部屋に吸い込まれていく。
不慣れな旅は疲労を蓄積させる。
今回は特に、精神的な疲労がピークに差し掛かっていた。
ゆっくりとした足取りで、雷牙とクロノが部屋に上がっていくのを見送って、丹波が疲れたように呟く。
「しかし、こんなことになっとるとは思わんかったなぁ」
「〈冒険者〉がこの世界に来た影響が、こんな風に出てるとはな」
「・・・〈冒険者〉の街も荒れとったけど、〈冒険者〉がおらんところも荒れそうやなぁ」
赤司もコンコンもやるせない状況に、表情が自然と暗くなる。
3人は無言で、宿の女将が出してくれた味のしないお茶を口にする。
しばらくしておやすみと、席を立った赤司が部屋に上がると、丹波も席を立つ。
その背中に投げられた言葉は、とても刺々しいものだった。
「なんで止めはったん?」
「へぇ?」
間抜けな返事をした丹波を、コンコンの鋭い視線が引き裂く。
その視線に、誤魔化しがきかないと分かったのだろう、丹波は大げさに肩をすくめた。
「・・・あんたが変やったからやろ」
「変?僕のどこがや?」
「ていうか、ずっと変やねん。なんや、知らん人間みたいやわ」
「何言うてるん?僕はずっとこうですやろ?」
丹波は言っていることが伝わらないのを感じ取ると、コンコンに背を向ける。
そして、ポツリと呟いて部屋へと上がっていった。
残されたコンコンは、丹波の最後の言葉を復唱した。
「お前は・・・俺の知ってるお前やない・・・?」
少ししてから、コンコンもゆっくりと部屋に向かう。
その顔は悲しそうに歪んでいた。




