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「…コンコンさん、それ本気で言ってます?真面目に?」
AGEは念話の相手の言葉に素っ頓狂な声を上げる。
その声にタカムとセルクルの視線が、自分に向けられるのを感じた。
長い付き合いだし、この人のやることの危なっかしさは理解していたつもりだった。
しかし、この状況下に陥ってもなお、その性格を貫けるところにAGEは驚きを隠せずにいた。
耳に届く返事は、どことなく芝居がかった調子で緊張感にかける。
『僕が真面目じゃなかことなんてあらへんやろ?本気と書いてマジと読ませる男ですえ』
「いや、コンコンさんは女せ…」
『おーっとそれ以上は言わしまへん!』
「いや、その声じゃ隠しようないじゃないですか…」
『細かいことを気にしなはるな。禿げますえ』
「は、禿げっ…!」
自分より若い人間に向かって、その言葉はないだろうと、AGEは苦笑する。
この人は言うに事欠くと、すぐに禿げを連呼する。以前パーティーを組んだ際も、AGEがメンバーのバランスに関して苦言すると同じセリフが返された。
ここまでくるとボキャブラリーの問題かもしれない。
『とにかく、僕は本気やけぇ。ミナミからアキバに行きますえ』
「来るって言ったって、都市間ゲート機能してないんですよ?」
『せやから、テンプルさん家のご長男はんに連絡しとるんやないの』
「いや、俺に連絡されても…」
(コンコンさんって絶対人に物事を説明するの苦手だろうな…)
ヤマトの西側のプレイヤータウン、ミナミを拠点として活動しているコンコンは、AGEやタカムと野良パーティーをよく組んでいた馴染みのプレイヤーの1人である。
〈狐尾族〉の無駄に顔のよい「お色気歌舞伎役者風イケメン」(タカム命名)で、サブ職が〈チンドン屋〉という目立ちたがり屋。
その見た目と色っぽい独特な話し方、紳士的な態度で、多くの女性ファンがいる有名なロールプレイングキャラである。
中の人が女性とういこともあり、その手の人たち(?)からの支持は絶大だ。
〈大災害〉以降もミナミに留まっていたコンコンだったが、何の説明もなしに開口一番アキバに移ると連絡をよこしてきた。都市間ゲートが機能していない現在、それは自力での長距離移動を意味する。
『僕らもな、実際にフィールドに出て戦闘訓練とかしてみたんやん?そしたら、コマンド使わんでも技が出せることに気づきましてん』
「え?」
『驚きでっしゃろ?モーションと音声入力で即発動しますねん』
「そ、そんなことができるんですか!?」
コンコンのもたらした情報にAGEは驚愕する。それは〈エルダー・テイル〉の常識を覆してしまいかねない情報だった。兄弟の安全を考えて、全くフィールドに出ていなかったAGEにとっては寝耳に水である。
そもそも、この事実にたどり着けるほど、戦闘を経験した〈冒険者〉が他に存在するかどうかも疑問である。ほとんどの〈冒険者〉たちがプレイヤータウンに引きこもっている間に、コンコンはフィールドに出て修練していたのだ。つくづく彼には驚かされる。
そんな考えに思いを巡らせているAGEをよそに、淡々と話すコンコンの言葉は続く。
『そんで、この分やったら戦闘しながらアキバを目指せるやないかと思ってんますねん』
「た、確かに大発見ですけど、話が飛躍しすぎてません…?」
『そうかいねぇ?』
「何が起こるか分からないですし、すごく難しいことなんじゃないかと」
『もちろん、簡単なことやなんて思うてまへん。それなりの覚悟はしちょります』
「…。でも、また何故ミナミを離れようと思ったんですか?」
その問いに、コンコンはちょっと説明が難しいねんなぁと、歯切れの悪いことを言いつつ、言葉を選びながらぽつりぽつりと、ミナミの現状を話し始めた。その歯切れの悪さは、すごく彼らしくない。
『ミナミはちょっと嫌な感じなんよ。』
「嫌な感じ…?」
コンコンの不穏な言葉にAGEの顔にも不安がよぎる。ミナミの街で起きているということは、AGEたちのホームタウン、アキバにも関係がある現象かもしれないのだ。
自然と顔つきが険しくなったのだろう、隣りを歩くセルクルが怪訝そうな顔をする。
タカムも兄の口にする単語から、念話の内容をはかり知ろうとしているらしく聞き耳をたてていた。
『なんていうか、大きな力が裏で動いてるような感じなんよ。力を集めようとしてはる。
まぁ、それはどこのプレイヤータウンもそうやと思います。けんど、ちょっと度が過ぎとるような気ぃがするんよ。
なにか悪いことがおきそうか感じが、ぷんぷんしようんです。ミナミとアキバを移動するほうがよっぽどかマシやって思えそうなことが…。
そんで、何人か希望者の子ら連れて、知り合いの多いアキバに逃げ出そうか思いましてん』
コンコンの声には1か月前に連絡を取った時の、生き生きとした覇気はなく、どこか疲れたような雰囲気が感じられた。とても、この異世界トリップを思う存分楽しんでみると、言っていた人物とは思えない。
「そうですか…。といっても、アキバもあまり変わらないとおもいますよ?PKなんかも起きてますし」
『そうやね。…このミナミの状況は実際におらんと分かりはせんやろうね。禍々しいこの雰囲気は…』
しばらく2人の間に沈黙が流れる。
コンコンが話してくる様子がないので、AGEはその口火を切った。
その相談内容によっては、兄弟を危険にさらしてしまう可能性もあるからだ。
「…それで、俺たちに頼みたいことってなんですか?」
『あぁ、お願い事は僕らがそっちに到着したときに当面の生活の面倒見てほしいんよ。もちろん、お金の話やないよ。
アキバに初めて行く、右も左もわからんおのぼりさんらの面倒をみたってほしいよ』
コンコンの話では、今現在ミナミからアキバに移住を希望している人数は7名。
レベルはまちまちで、多くはAGEが親しいプレイヤーで構成されていた。レベルの差が大きいプレイヤーが含まれていることにAGEが懸念を示すと、コンコンは苦笑いをする。
「…本当に、その子たちを無事に連れてこれるんですか?」
『ベストを尽くすつもりや。それにあの子らを放っておけへん』
「でも、だからといって…」
『この状況下から、僕らで助けられる子らを連れてアキバに逃げ込もうって魂胆なんよ。協力したって?』
「…。俺たちが心配することは、それ以外は本当にないんですね?」
『はい。ありゃしまへん。また詳しく決まり次第連絡しますけん、よろしゅうお願いします』
コンコンはそう明るく言い放つと念話の接続を切った。
AGEはため息をつく。
〈大災害〉から1か月、戦闘に出る冒険者の数は増えたが、移動をする者は多くない。それもミナミとアキバという長距離だ。
しかしなによりもAGEを不安にさせるのは、破天荒なコンコンの計画に低レベルプレイヤーたちがついてこれるかということだった。
そのレベルの差は、その身で感じてみないと理解できないだろう。今コンコンやAGEにできることが、すべてのレベルのプレイヤーに可能とは限らない。それをどこまで考慮できるかが、大きな問題になっていくことをAGEは感じていた。