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脇役〈冒険者〉たちの話  作者: hanabusa
いざ、アキバへ
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29.


セルクルの青空教室では、たった2人の生徒たちが手作りの教材とにらめっこしている。

兄のセドは眉間に深い皺を寄せながら、ぶつぶつと呪文のように九九を唱えていた。

その表情は真剣そのもの、頭を抱えつつも果敢に問題に挑んでいたが、ついに糸が切れたように地面に四肢を投げ出す。


「あーーー!もう難しいー!」

「うわっ!びっくりした。急に大きな声出さないでよ、セド」


何やら黒板に書き留めていたセルクルが、驚いたように顔をあげる。

3桁の足し算の問題を解いていた、妹のセーラも兄に視線を向ける。

ゴロゴロと転がりながら、セドは唇を尖らせた。


「ねぇ、本当に〈冒険者〉はみんなこれを覚えてるの?」

「そうね。ヤマトにいる〈冒険者〉は、ほとんどみんな覚えてると思うわ。」

「マジか・・・。やっぱり不思議なやつらだよな。〈冒険者〉って」

「そう?」


セドは4の段の書かれた表に目を落とす。

3の段までは順調だったが、ここにきて2回もテストに落ちているのだ。

単純だった計算がだんだんと複雑になってきているのに気付きだした。

紙に並ぶ数字が徐々に大きくなり、覚えにくくなっている。

これを覚えるのが、なかなか骨の折れることであった。


(これをおれよりも小さいやつが覚えるんだもんな)


セドはその事実に恐怖すら覚える。

セルクルの話では、〈冒険者〉たちは、この九九と呼ばれる計算法を妹と同じ年頃に学ぶらしい。

セドの周りの子供といえば、泥だらけになって遊んでいるような年齢だ。

貴族の子息であっても、こんなに複雑な計算は高等な学校でしか学ばないだろう。


(まぁ、明らかに〈冒険者〉の客は、〈大地人〉の客と違うしな)


〈大地人〉の客に比べ〈冒険者〉たちはみな礼儀正しく、大概のことは自力で解決してしまう。

それからセドの目から見て、不思議は習慣や文化を持っている。

自らを老人と呼ぶ――見た目はどんなにいっていても30代にしか見えない――〈冒険者〉は、まだ日が昇りはじめる頃に起きて、謎の動きをしている。

「ラジオタイソウ」といわれるその運動が、彼の習慣らしく、〈冒険者〉たちが変わってしまったあの日以来、1日も欠かしていない。


またセルクルやその兄たちをはじめ、多くの〈冒険者〉たちは、食前には必ず呪文を呟く。

「イタダキマス」食事に対する感謝を伝える挨拶らしい。

まったく不思議な言葉である。セドには食事に対して感謝する必要を感じられない。

〈冒険者〉たちに至っては、食事に味がないなどと言って食材しか食べないものすらいる。

セドにとっては全く理解できないことではあるが。


(本当に〈冒険者〉って変なやつだよな。貴族でもないのに勉強できるし、バカ強いのに偉そうじゃないし)


〈冒険者〉たちと触れ合う機会が多いだけあって、セドの疑問は尽きることがない。

先ほどの、自称老人は「カタタタキ」というマッサージを、セドに要求したりする。

マッサージといっても、ただただ彼らの肩を拳でたたき続けるだけで、理解不能だ。

なんでも、孫のこと思い出すらしいが、とても孫がいるような年齢には見えないので理解不能である。

そもそも、〈冒険者〉たちは年を取らない。

彼らは、〈大地人〉であるセドとは、ちがった時間軸で生きており、彼らの時間はゆっくりと流れるのだ。


(〈冒険者〉に子供がいたところとか見たことないし。なんで孫がいるんだよ?)


セドの心の中でのツッコミが綺麗に決まったところで、上の空を漂っている彼にセルクルから小言が降ってきた。


「ほろほら、セド!ぼんやりしてたら、セーラに追いつかれちゃうよ!」


正直、それは困る。妹に追いつかれたら、兄としての威厳とかプライドがズタボロだ。

それでなくても、しっかりとしたセーラは両親からも客からも評価が高い。

悪戯っ子のセドとしては、このあたりで少しでも挽回しておきたいのだ。

慌てて目を落とした4の段の表は、今まで見た中で1番凶悪な数字が並んでいた。


(4×9=36って何だよ。どうやって数えたんだよ。〈冒険者〉すげぇ)


この計算法を考えた〈冒険者〉に関心しきりながら、セドは必死に続きを覚え始める。

そんなセドを眺めつつ、セルクルは元の世界に思いを馳せていた。

残してきたものはたくさんある。


(あっちはどうなってるのかな?学校とか、家とか・・・)


学校の友達や、近所の知り合いの顔を思い出す。

特に彼女が心配なのは、父親だった。

母親を亡くして以来、仕事と子育てに奮闘してきた父親を、1人ぼっちにしてしまったことをセルクルはひどく後悔していた。


自分たちがこっちにいる間、あっちの世界はどうなっているのだろうか?

自分は意識不明の状態なのか、はたまた忽然と消えてしまっているのか、それすら分からない現状だ。

父親が病院で横たわる自分たち3人の横で、打ちひしがれている姿はできれば想像したくない。


「帰りたいなぁ・・・」


ぽつんと呟いたセルクルの言葉は、空に消えた。

ただ1人、窓から外を見ていた〈冒険者〉の耳には届いていた。

彼はそのオリーブ色の瞳を細め、形のいい眉をしかめたのだった。



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