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27.
時刻は陽が傾く頃、馬に揺られる一団は2度の戦闘を経て、少し大きな街道に抜けた。
今までの街道よりも左右を覆う木々の密度が高いものとなっている。
一向は多少疲れたような表情を浮かべているが、目的のハママツを目指し、無言で馬を走らせている。
その先頭を行くのは真っ赤な武士鎧を着こみ、白馬に跨った見た目麗しいキツネ耳の青年である。
横を黒い馬で移動する、同じく紫色の武士鎧を着た青年と比べてもその妖艶さは際立っている。
『この街道に沿って後1時間くらい進めば、ハママツに着くやろう』
『ふぅ。なんとか野宿は避けられそうやな』
一団の後ろを固める、赤司と丹波の声が念話を通してコンコンの耳に届く。
丹波は野宿を心底嫌がっていた。テントがあるとはいえ、宿で休むのに比べると全く体力の回復率が著しく落ちるのだ。
その声にコンコンは少しだけ安堵を滲ませて答える。
「日が落ちとっても、ハママツの町には絶対入る予定でしたえ」
『なんや。余計な心配でしたね、丹波さん』
『そうじゃね、雷牙。夜の見張りしたないけぇな』
丹波と雷牙の息ぴったりな会話は、毎日一緒にフィールドに出ていた賜物なのだろうか。
2人の笑い声を念話内で聞きながら、クロノはちらりと隣のコンコンを盗み見る。
彼女の視線は、その手元にある鏡に注がれていた。
午前中〈鷲獅子〉の上でコンコンがいじっていたの物だろう。
「コンコンさん、さっきからなにを焦ってるん?」
「あら、クロノはん。どうしはったん?藪から棒に」
クロノの質問に、コンコンはいつもの飄飄とした口調で返事をする。
しかし、その目は鋭さを秘めていた。
クロノは地雷を踏まないように気を付けつつ、言葉を選ぶ。
「いや、なんか、この旅が始まってから、妙に焦ってるように見えてたんだけど・・・。
そんなに、この旅は難しいものなんだろうか?」
「そうですねぇ・・・、今のところはよう何ともいいまへん」
「でも、そういう不安物資って事前に知らせてもらとかないと・・・って、すみません。
出過ぎた真似しました」
コンコンの顔が何の表情も映さなくなったのを見て、クロノは口をつぐむ。
彼は比較的察しがよく、空気が読めるほうだ。
きっと彼のこの性格が、コンコンの信頼を勝ち得たのだろうと、彼は思っている。
少ししてコンコンは、まるで憑き物が取れたかのような、満足げな笑いを浮かべた。
「いや、えぇんよ。実際僕は焦っとったんかもしらんわぁ。うん。そうやね。そうやわぁ」
「はぁ・・・」
一人でブツブツと独り言を言っては、笑い出すコンコンを見て、クロノはどうしようもなく視線を右往左往させる。
この女性の怒りの地雷を踏むのは避けれたようだった。その代りに変な地雷を踏み抜いてしまったことに気づき、後悔する。
(あー。これからまた無理難題押し付けられたらどうしよう・・・。
てかこの旅自体が、無理難題なんだけど。これ以上って何?何が来るわけ?)
今までのコンコンとの付き合いで、ひどい目に合ってきた彼は酷い被害妄想に陥る。
彼に言わせれば被害妄想ではなく、最悪の事態を予想する危機管理というところだが・・・。
悶々と悩んでいるクロノを横目に、コンコンは晴れ晴れしい顔で鼻歌まで歌い始める。
その上機嫌にクロノはより不安を大きくするのであった。
「はぁ、すっきりやわぁ。クロノはん、おおきに。これで僕も頑張れそうやわぁ」
そんな言葉がクロノにかけられたのは、それからほんの少し経ってからだった。
あっけにとられる彼に、コンコンは上機嫌に笑っている。
「僕自分が焦ってるて気付いておまへんかってん。でももう大丈夫やわぁ。
気付いてまうと、こう胸のつっかえが無くなって、スッキリやねぇ」
「コンコンさん・・・?」
ブツブツと念仏のように何かを呟き続けるコンコンに、クロノも少し心配になってくる。
(元からおかしい人だけど、もしかして完全に壊れちゃった感じ・・・?)
「はー。あかん。あかん。自分を誤魔化すんが上手いんも、考えもんやねぇ」
「そ、そうです・・・ね・・・?」
「ほんにクロノ君連れてきて良かったわぁ」
「はぁ。お役に立てたようで・・・」
クロノは完全に混乱していた。
バッドステータスで〔混乱〕が表示されていないのが驚きなくらいだ。
しかし、この旅のリーダーであるコンコンから、余計な憑き物が落ちたのなら結果としては良かったのかもしらない。
この旅には、ここにいる7人の〈冒険者〉たちの運命がかかっている。
その一団を率いる人間に問題があったら、きっとすぐに崩れてしまうだろう。
「うん。あんまり悲観的になるんは、ようない。心配せんでも、みんなおるんやしね」
何かを決心したとも取れる表情で、前を向く狐耳の〈冒険者〉の横を、クロノはそう納得して馬を進めることにした。




