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26.
「はい、じゃぁセド準備はいい?」
「うん!!」
「お兄ちゃんがんばって!」
宿の裏庭から、元気の良い子供たちの声が聞こえてくる。
セルクルは手に持った紙を、トランプのようにシャッフルして、その中の1枚をセドに見せる。
「はい。じゃぁこれ!」
「3×4は12!」
「次!」
「3×8は24!」
「これは?」
「3×3は9!」
そんなやり取りを繰り返し、最後の1枚がセドのに見せられる。
うっと少しつっかえつつも、セドはなんとか返答する。
「よっしゃー!」
「お兄ちゃんやったー!」
セドとセーラは嬉しそうに、きゃいきゃい騒いでいる。
先生役のセルクルも満足げにカードを片付ける。
セルクルが宿の子供たちに算数を教え初めて少し経った。
妹のセーラには足し算・引き算を、兄のセドには九九を教えていた。
簡単な足し引き算の問題を作成しては、セーラに解かせている間に、セドに九九の特訓をする。
1の段から初めて、やっと3の段まで言えるようになった。
よっぽど嬉しいのか、セドはふんぞり返って自慢げな表情を見せる。
「へっへー!どんなもんだ!」
「やるねー!じゃ、次4の段ね」
「うえぇぇ。まだあんのかよ!」
「何言ってんの!9の段まで、これからが難しいんじゃない」
セルクルの言葉に、セドはがっくりと頭を垂れる。
九九の表4の段と書かれた黒板がセドに手渡される。
それを嫌そうな顔で受け取ったセドは、盛大にため息をついた。
その姿にセルクルは幼いころの自分を重ねる。
(私も九九覚えるのに時間かかったなぁ。瑛兄ぃと琢兄ぃに、お風呂で特訓したもらったんだよね・・・)
その辛さを知るセルクルは、どうしてもセドに同情して甘くなってしまうのだった。
「もぅ、仕方ないなぁ。4の段のテストの前に休憩取るから、それまで頑張って!」
「まじで!早く覚えて休憩にする!」
休憩を餌に勉強に戻ったセドを横目に、セルクルは妹のセーラの様子を覗く。
セーラは2桁の足し算・引き算が書かれた黒板に答えを書いていた。
「セーラ頑張ってるねー。ちょっと見せて」
「はい!頑張ってます。はい!」
イコール記号の後に、小さい子供の文字で書かれた数字が並んでいる。
自分でも計算しながら、赤いチョークで丸を付けていく。
そろばんを得意とする彼女には、簡単な計算ばかりであった。
その様子をセーラはハラハラした表情で見ている。
「はーい。セーラよくできました」
「はい。あ、1こ間違えちゃった・・・」
「ちゃんと復習しようね。なんで間違えたのかな?」
しょんぼりしながら、間違えた問題を解きなおすセーラは唇をとんがらせる。
その表情が可愛くて仕方ないセルクルとしては、ニコニコと表情が緩んでしまう。
この兄妹はセルクルの心を掴んで止まない。
3人兄弟の末っ子であるセルクルにとっては、弟や妹の存在は憧れだった。
とび色の柔らかい髪の毛や、クリっとした碧い瞳、淡褐色の柔らかいほっぺたなどは本当に愛らしい。
見た目よりも年齢が高いらしく、兄が12歳、妹が10歳なんだそうだ。
(やっぱり栄養が足りてない的な問題なのかしら?)
そう胸の中で呟き、2人の様子を眺める。
各々が自分の問題を一生懸命に取り組んでいるのを見るのは悪いものではない。
夢みまでみたお姉さん気分を味わいながら、セーラのために新しい問題を黒板に書いてやる。
この世界で、文字を書ける紙はとても貴重で高価だ。
その代わりに、何度でも書いて消してができる黒板が重宝されている。
幾ばくかすると、セドから歓声のような声が上がる。
「よーし!覚えたー!休憩!」
「はいはい。休憩ね。でも終わったらテストだからねー」
ぱーんと脚を放り出したセドに、セルクルはお姉さんぶって言う。
しかし2人はどこ吹く風だ。
(まぁ、このくらいの年の子は15分も集中力が続いたらいい方だしなぁ・・・)
「やったー!」
「ねぇねぇ、ゴーレムさん出してー」
「おれもゴーレムと遊ぶー!」
セルクルはまたか、という表情をする。
ゴーレムの兄さんは、この兄妹のお気に入りのおもちゃになってしまったのだ。
宿の兄妹は必死に「おねがーい!おねがーい!」と訴えている。
セルクルはにっこり笑い、兄さんを呼び出した。
「仕方ないなぁ、兄さん!おねがーい」
やれやれまたかと、いうような表情のゴーレムが、空中から現れる。
キラキラとした表情の兄妹は、ゴーレムに近寄りその肩や頭に担がれる。
休憩時間はずいぶんと賑やかなものになりそうだった。
末っ子のお姉さん願望を叶えた次第でございます。
ちょっとほっこりしたお話が書きたかったのです。




