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24.
「もう数分で〈鷲獅子〉の搭乗可能時間が終わってまうけど、どうするんじゃ?」
丹波は後にしがみつくコンコンを振り返りながら呟く。
彼女は出発してから仕切りに、手に握った小さな鏡のようなものを覗き込んでいた。
険しい顔をしたコンコンは、振り向いた丹波には目もくれずに返事をする。
「そうやねぇ。どこか着陸できそうな場所を探すしかおまへんな」
「ん。ならこの辺に〈妖精の輪〉があったはずじゃけぇ、そこに着陸しよか」
「そうしまひょう。みなはん、聞こえてたやんね。〈妖精の輪〉まで降りますえ」
同じ内容を念話で旅の仲間たちに確認する。
時刻は昼過ぎ。ここからは馬での移動となる。
第一の目的地ハママツまではまだ少し距離が残っているが、おおよそ計画通りだ。
このまま行けば、日が沈む前にハママツの町に入れるはずである。
(それなんに、このお嬢さんは何をそんなイライラしてはるんじゃ?)
丹波は〈鷲獅子〉の手綱を持ちながら、コンコンを盗み見る。
きゅっと真一門に結ばれた唇には、いつもの余裕が全く感じられない。
あの人を小ばかにしたような表情も、今日はまだみていないのだ。
「んじゃ、降りるけぇ着いきいや」
『やっと地に足がつく・・・』
『赤司おつかれー』
赤司の弱弱しい念話の後、4匹の〈獅子鷲〉は揃ってゆっくりと降下を始める。
頬を撫ぜる風を感じつつ、着陸地点に向けて降下する。
降り立ったエリアの真ん中には、今はどこに続くか分からない〈妖精の輪〉が静かに口を開けていた。
「胡桃、周辺警戒頼むわ」
「は、はい。おいでウル助!」
コンコンの指示に従って胡桃は召喚獣の〈グレイウルフ〉を呼ぶ。
初伝にあげた技で出てきた、狼にしては小さく可愛らしい〈グレイウルフ〉はクンクンと地面や空気中のにおいを嗅いで周辺の警戒を行い始めた。
「相変わらず、胡桃ちゃん〈グレイウルフ〉は可愛いなぁ」
「毛並みも良うて、しっかり世話されとるけぇね」
「そ、そんなことは・・・」
クロノと丹波の褒め言葉に、胡桃は恥ずかしそうに顔を伏せる。
〈グレイウルフ〉は周辺警戒が終わったのか、胡桃のそばまでやって来て仕切りに顔を摺り寄せていた。
その姿は大型犬とその飼い主という、元の世界の情景を思い起こさせる。
召喚獣の報告を受けて胡桃は、いつもの小さな声で報告する。
その様子にコンコンは頼もしげに、目を細めた。
「えっと・・・。ウル助によると、周辺にモンスターの気配はないみたいです」
「ありがとうさん。ほな、食事だけここで取ってしまいまひょ。
くれぐれも〈妖精の輪〉には近づかんように、どこに飛ばされるか分かったもんやありまへん」
コンコンの提案に、それぞれが思い思の反応を見せる。
「はーい!アニアお腹ぺこぺこ!」
「ゆうて、あの味がせえへん濡れ煎餅やけどな」
「まぁまぁ丹波さん、素材アイテムは味がしますから。ね」
「はい、胡桃リンゴやで」
「ありがとう」
みんなが食事を始めるのを横目に、赤司はここからのルートを記した地図を確認する。
彼のサブ職業はレベル80の〈筆写師〉。地図や文章を作成することは造作もないことだ。
赤い線で書かれたルートを指でなぞる。
それを横から覗き込んできたコンコンに、彼は状況を報告する。
「順当に行けば日暮前にはハママツに着けるはずやな」
「助かるわぁ。夜の移動はいややもんねぇ」
「せやな。〈妖精の輪〉でも見つけられんかったら、モンスターだらけの森で一晩過ごすことになるからな」
いやや。いやや。と呟くコンコンは、自分の手に持っている鏡を覗く。
その顔はこの旅が始まってからと同じ、難しい顔だった。
赤司は興味本位でその鏡を覗く。そこには赤司の顔どころか、コンコンの顔も映っていなかった。
それに気づいて、コンコンが説明を始める。
「これね、〈忌み鏡〉いうアイテムなんよ」
「〈忌み鏡〉?聞いたことないなぁ」
「せやろ?ゲームではなーんも役立たへんフレーバーアイテムでしてん」
「へぇ、それが何で今ここにあるんや?」
フレーバーアイテム。戦闘には全く役に立たず、ゲーム自体にも関係のない、いわばおまけの演出アイテムである。
コンコンが〈忌み鏡〉と呼んだそのアイテムもまた、そのようなアイテムであった。
「まぁ、フレイバーテキスト読んでみんさい」
「勿体ぶるなぁ。えーっと、『戦場に赴く男のために、古の巫女が渡した鏡。巫女の力で持ち主の邪魔をする敵を映し出し、その危機から持ち主を守るであろう。』やって」
「ほんにこのフレイバーテキスト通りの効果が、適用されよるんよ」
「は?」
コンコンの言葉に赤司は困惑の色を見せる。
「ちょっと待ちや。つまり、それっていうのんは・・・」
「ただのフレーバーが、本当の効果を持ち始めた、ちゅうことですねん」
「まじか。・・・ちゅうことは、俺らの武器やなんかも・・・?だから持ってる武器のリスト提出なんてさせたんか?」
「勘がよろしいなぁ。まぁ変なフレーバーテキストのもん持たれて、誰かに被害が出るなんて考えたくないですけぇね」
「まったくや」
赤司はため息をついたあと、無言で食事アイテムを口に運ぶ。
鏡に視線を落としたコンコンは、そこに映る人物の姿を見つめた。
穏やかな日が注ぐなか、アキバを目指す一団は和やかに昼食を取っていた。




