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23.
「あら、セルクルさん。お出かk・・・どうしたんですか?」
上の階から普段の装備とは大違いの、緩い恰好で降りてきたセルクルに、セドとセーラの兄妹は閉口する。
そんな2人をよそに、階段に座ったセルクルはスライムのよう――本物には程遠い――に体制を崩した。
「部屋でやることなくて、暇すぎるんだよね」
「はぁ・・・。お天気もいいですし、お出かけされてみたらいかがです?」
「そうそう!なにか面白いもの見つかるかもしれないですよ!」
2人の必至に励ましも、今のセルクルには届かなかった。
相変わらずの表情で、伸びをしながらセルクルは答える。
「うん。そうしたいんだけど、できなくてね」
「え?どうしてですか?」
「私たち、今はできる限り人に会わないようにしてるの。見つかりたくないのよね」
セドとセーラの頭の上には疑問符が浮かんでいる。
なぜ〈冒険者〉ともあろう彼らが、身を隠しているのか2人には分からなかった。
兄のセドが感慨深そうに呟く。
「そうなんですか・・・。〈冒険者〉は不思議な方たちですね」
「そう…かもね。うーん。暇だなー。なんかやることない?」
「やることって言っても、私たちがやるのは宿の手伝いくらいですし・・・」
セーラはお役に立てなくてごめんなさい。と言葉をつづける。
しかし、セルクルにはその言葉は半分しか届いていなかった。
「そっか!じゃぁ、宿の手伝いしたらいいのか!」
「えっ!?」
「はっ!?」
「え?ダメ?」
セルクルの提案に、セーラもセドもおおいに慌てたような表情になった。
お互いに顔を見合わせ困惑したような顔をしている。
「ダメというか・・・」
「今までそんなことを言い出した〈冒険者〉さんはいなかったし・・・」
「んー。まぁそうだろうね」
ゲームの〈エルダー・テイル〉では、宿は基本的に体力を回復するために寄る場所だった。
なので、プログラムされた会話以外はできなかったのである。
しかしこの世界では普通に会話ができ、行動の自由度が格段にあがっている。
「うーん。ちょっと父に相談してみますね」
セルクルがあまりにもしょげていたのだろう。セドはそう言い残して、受付の奥へ消えていった。
奥のほうから驚いたような声が聞こえ、パタパタと慌ただしい足音が近づいてくる。
「セルクルお嬢さん。一体どうしたんですか?」
暖簾の奥から気の良さそうな顔を、驚きで歪ませた店主が現れる。
その手には何かの作業中だったのだろう、大きな鋏が握られていた。
(あ、忙しいのに邪魔しちゃった感じかな)
「あ、ごめんなさい。そんなに大ごとなるとは思ってなくて・・・。
えっと、何かお手伝いできないかなって思ったんですけど、ご迷惑ですよね・・・」
「いや、迷惑ではないのですが・・・その・・・」
店主の方もどうしたものかと言わんばかりの態度だった。
もてなす相手の客人に働かすわけにはいかないので、当然の反応だろう。
そこへ店主の後から、楽しげな声が聞こえた。
「まぁ、セルクルお嬢さんったら優しいのねぇ。なら、お願いしちゃおうかしら」
「こら、マーサ。何言ってるんだ」
「あら、何か問題あって?」
「いや、そうじゃないが・・・」
「なぁらいいじゃないの!」
声の主は店主の奥さん、この宿の女将である。
店主との力関係は・・・まぁ、前途のやり取りで分かるだろう。
恰幅のいい女将は店主を押しのけて、セルクルの前に立つ。
その迫力と力強さに自然とセルクルも立ち上がり、背筋ものびる。
「じゃぁ、1つだけお願いしたいことがあるの」
「は、はい!」
「うちの子たちに〈冒険者〉の魔法の計算方法を教えてやってちょうだい」
「・・・魔法の計算方法?」
セルクルはその聞きなれない言葉に、大きく首を傾げた。
女将はご冗談をと言わんばかりの笑いをあげ、得意げに話し出す。
「ほら、セルクルお嬢さんたちがこの宿に部屋をとった日にね、お嬢さん1か月分の金貨の枚数をすぐに計算してたでしょ?
そりゃびっくりしたわよ。ツクバの学者様かと思ったわ」
「え、えぇ・・・」
女将が言ってるのは、早く部屋で休みたいセルクルが支払額を暗算した時の話だろう。
セルクルは〈大災害〉の起こったあの日を思い出す。
彼ら3人はあまりのことに混乱し、取り乱していた。
手っ取り早く宿の部屋を取りたいのに、支払う金貨の計算があまりにも遅かったのだ。
「ほかの〈冒険者〉たちも計算が早いのなんの!きっと何か秘密があるんでしょう?
だからその素早い計算の秘密を、うちの子にも教えてやってほしいの」
「べ、別に秘密って言うほどのことはないけど・・・・」
そこまで口にしてから、セルクルははっとして今までの宿での日々を思い出す。
セドとセーラは学校に行っている様子はなかった。つまりこの世界に教育がないのだ。
ならば、それは〈冒険者〉の秘密の計算方法といえるかもしれない。
(手持無沙汰にはちょうどいい仕事だし、人の役にも立てる、めっちゃいいことじゃん!)
「はい!是非やらせてください!」
セルクルは初めての体験に心ときめかせながら、満面の笑みで承諾した。
〈冒険者〉の魔法の計算方法編(違います)




