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脇役〈冒険者〉たちの話  作者: hanabusa
日常と冒険のはじまり
2/82

2

2.


「兄貴。その装備、いつ見ても厳ついな」

「いや、まぁ〈守護戦士〉だし。こんなもんでしょ?」

「まぁ、装備なしでも厳ついけど」

「ひどいな。おい」

「AGE兄ぃが華奢だった頃ってあった?」

「…お兄さんショック…」


顔を洗い部屋に戻ってきたタカムは、AGEの装備を見て口元をゆがめる。

それに便乗してセルクルまで軽口を叩く。

AGEも肩をすくめてみるも、その口調は楽しんでいる様子が隠しきれていない。

そんな兄の様子を見て、タカムは少し安心する。


母のいない3兄弟の長男として、AGEは頼りがいのある兄であった。

その反面、全ての問題をひとりで抱え込み、自爆する性格であることを彼は危惧していた。

兄が毎晩のようにうなされていることも、何かに悩まされていることも気が付いていた。

タカムの病気が発覚したときも、なぜか兄が一番苦しんでいた。


彼自身は、動けない生活に不便を感じてはいたが、MMORPG〈エルダー・テイル〉を始めたことで、かなり気が紛れていた。

体の痛みで動くことも億劫になってしまったタカムとって、できることは限られていた。

中でも1番彼を夢中にさせたのがこのゲームであった。

入院生活が長くなるにつれ、タカムが〈エルダー・テイル〉をプレイする時間も長くなっていった。

そのやり込みぶりから、すぐにレベルはカンストしてしまったが、レベル上げ以外にもやり込む要素はたくさんあった。


付き合ってくれた兄とはいろんなダンジョン、場所を旅した。

実際には行けなくても、兄がいることでそこに旅行した気分になれた。

そう伝えたとき、兄は嬉しそうに、でも辛そうでもある表情を見せたのを覚えている。

兄は、責任感が強いのだ。そして、優しすぎる。

自分が抱えるべきでないことも、抱え込んでしまう。


(今度は何を抱え込んでいるんだろう…?

まぁ、聞いても答えてくれるとは思えないけど)


タカムは独り言ちし、背中に2本の直剣を装備する。

2対の剣は揃いの柄だが、長さが異なっている。

幻想級と呼ばれる、ヤマトサーバーで確認されているのは5対しかない武器である。

〈追随の双子剣〉は戦闘時に、兄剣でまず敵にダメージを与え、追加で〈硬直〉のバッドステータスを付与する。回避不可能になっている敵に対して、弟剣の攻撃を打ち込む。独特な戦い方を可能にした装備だ。


「俺はゲームの中では3人の盾だ。お前ら2人を身を挺して守るのが役目。

そして、タカムは俺たち3人の剣。敵を倒して、俺たちの道を開く」


ふと、昔兄がしてくれた〈エルダー・テイル〉のジョブシステムの説明を思い出す。

ゲームが現実化した今、戦闘中以外でも兄は盾の役割を担おうとしている。

しかし、ずっと攻撃に耐え続けることは、生身の兄には無理だ。いつか崩壊してしまう。そうなる前に、自分が敵を倒して道を開かなくてはならない。


(でも、その敵が見えないうちは、どうしようもないか。

それに、兄貴はそんなに軟な〈守護戦士〉じゃない。剣も装備してる。

いざって時は、自分で道を切り開いてくれないと)


そんなことを考えていると、手元がおろそかになっていたらしい。

セルクルが不満そうな声をあげて、急かしてくる。


準備が整うと、彼らは宿を後にする。

月単位で契約している宿は、〈エルダー・テイル〉がゲームだったころから3人がよく利用していたもの。

しかし、〈大災害〉以降この宿にも大きな変化が起きていた。


「テンプルさんはもうお出かけですかー?」

「部屋の掃除入ってもよろしいですかー?」

「あぁ。頼む」

「「かしこましましたー!」」


10歳前後の少年と少女が、それぞれ声をかけてくる。

このセリフだけならゲームのころと同じだが、その後の会話は明らかに以前にはなかった人間味にあふれたものだった。


「今日のお帰りは遅いんですか?」

「んー。夕飯には戻ってると思うよ。」

「そうですか。お気をつけて!」

「いってらっしゃーい!」


兄のセドと妹のセーラのコンビが、宿の受付を仕切っている姿に、3人は微笑ましくなる。

2人の笑顔に見送られて、宿を後にした3人は互いに顔を見合わし、宿から十分離れたことを確認してから、何やら話し始めた。


「やっぱり慣れないね。あの2人といい、他の大地人の人といい」

「うん。前はただのNPCだったのに、今じゃ普通の生身の人間だもんな」

「最初にセドとセーラに絡まれたときは、心底ビビったな」


1か月前〈大災害〉の混乱の中、3人は人目を避けるためにあの宿に部屋をとった。

その際、あの兄妹は3人にたいして、ゲーム内ではなかった具体的な接客をしてくれた。

部屋の案内から衝立の用意、ゲームではできなかった細かな要望まで対応してくれた。


「でも2人ともかわいいよねー!なんか弟と妹ができたみたい!」


セルクルはあの宿に泊まるようになって、2人と積極的に遊ぶようになった。

そのおかげで、混乱と恐怖に支配されていた彼女は、持ち前の明るさをかなり取り戻していた。

兄2人としては、感謝しなければならない存在である。


ゲーム時代と変わらないアキバの風景を、3人は街の中央に向けて歩く。

静かな、どちらかというと静かすぎる街は虚ろな表情の冒険者であふれている。

何もすることがなく、でも1人でいるのも気が進まない。そんな冒険者たちは、ただぼんやりとアキバの街に佇んでいる。


(相変わらず落ち込んだ雰囲気が充満してるな)


タカムは変ないざこざに巻き込まれないように注意しつつ、セルクルの横を歩く。

セルクルを挟むように歩く兄のほうを見ると、彼は右手を耳に当てて、何やら空中に向かってしゃべっていた。


(あぁ。また何か抱え込もうとしてる…)


そのひどく驚いたような表情を横目で見つめて、タカムはため息をついた。


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