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脇役〈冒険者〉たちの話  作者: hanabusa
日常と冒険のはじまり
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17.


夜中、この世界では完全な闇に視界を奪われる時刻。

彼は静かにベッドを後にする。


偶然目が合った、セルクルの〈セイレーン〉に向けて人差し指を唇にあて、合図する。

すると、彼女はそのきれいな顔を困ったように歪めた後で、にっこりとほほ笑んだ。

その姿をいつかの母に重なり、タカムは顔をしかめる。

死んだ母の顔が、〈セイレーン〉に似ているなんてあり得ない。


その考えを頭から消し、深呼吸をひとつしてから、彼は部屋の扉を閉めた。

腰の〈ダザネックの魔法鞄〉から取り出した、〈暗視グラス〉を掛け、器用に赤毛を一本に結い上げる。


「この時間なら、少しぐらい出かけても問題ないよな・・・」


そう小声で呟いたタカムは、再び〈ダザネックの魔法鞄〉に手を突っ込む。

先ほどに比べてかなり時間をかけて取り出したのは、全体が漆黒の大振りな両手剣だった。

それを普段の双子剣と入れ替えて装備し、廊下をゆっくりと歩く。


(フェンサービルドは専門外なんだけど、この時間帯に出現するモンスターはこれじゃないと戦えないしな・・・)


普段と違う片手ビルドに不安を抱きつつも、その足取りは真っすぐとアキバの外に向かう。

ゲームの頃だと、日が落ちてからはアンデッド系のモンスターが出現する時間だった。

もしその法則が今も生きているなら、これから出会うのはそういうモンスターばかりだろう。


(後方支援もいない、回復役もいないとなると、やっぱり武器で有利に持ってくしかないよな。

持っててよかった、対アンデッド系の武器って感じか?)


タカムの腰にささる漆黒の剣は、〈死をもたらす剣〉という禍々しい名前を持っている。

死ぬはずのないアンデッド系のモンスターに、死をもたらす武器という意味らしい。

所詮ゲーム内での設定なので、現実となった今その効果がどう作用するかは不明だ。


(この世界のモンスターは、わからないことだらけだ。

さっきの〈セイレーン〉が母さんに似てるように見えたのも、気味が悪い・・・)


自分の目の錯覚だと、一旦は納得したこだが、気になり始めたらなかなかその思いを払拭できない。


(もしかしたら、この世界には自分の見たいものを見ることがあるのかもしれない・・・)


「・・・って、そんなおとぎ話じゃあるまいし・・・」


自分の考えに自分でツコッミつつも、置かれた状況を思うと否定しきれない。

目が覚めたらそこは、ゲームにそっくりの世界だった・・・、ライトノベル作品にありがちな展開だ。


彼を悩ませる問題はそれだけではない。

今、自分のものとして使っている身体にもいろいろと異変を感じていた。


「あーあ。なんでこうなったんだろうなー?

何が俺たちをこうさせたんだ?それに、なんで俺はこうなってるんだろうな・・・?」


アキバの外へ近づくほどに、自分の手の震えが大きくなることにタカムは気が付いていた。

それが恐怖からくるものなのか、戦闘への興奮からくるものなのかが分からない今、タカムは大いに悩んでいた。

正直、こんな夜中に忍び足で戦闘に出かける理由もそこにある。


「恐怖なら仕方ないけど、戦闘中毒とか殺戮衝動とかだとシャレになんないよな・・・」


頭を抱えつつ、アキバの門をくぐると、そこはモンスターの徘徊する森だ。

モンスターを探すように、森の中を歩き回る。

暗視グラスのおかげで、暗闇でも足元や周りの様子をしっかりと見ることができる。


しばらくの間、鬱蒼とした木々の間を徘徊していると、向こうのほうで漂うモンスターが目に留まる。

その瞬間、タカムの身体に電気がのような衝撃が走る。

モンスターとはかなり距離があるにもかかわらず、タカムの身体は戦闘モードに入っていた。


(やばい・・・。やばい、やばい、やばい!なんだこれ・・・?)


カッカと体中が熱を帯び、血液の流れる音が響くと共に、自分の意思に反して力が入る。

そのままタカムを戦闘に誘うかのように、体中の筋肉が緊張し始め、五感が鋭く周辺の様子をとらえる。

あの、モンスターを倒さなければという使命感と衝動に駆られ、身体はそちらへと流される。


「落ち着け・・・。ダメだ・・・。くっそ・・・なんだこれ・・・?」


タカムはパニックに陥っていた。

自分の意思を支配しようとするその衝動が、身体に充満している。

このままでは危険だと、頭の中でアラームが鳴っていた。


「帰らなきゃ・・・。これは、半端ない・・・」


モンスターに突っ込んでいこうとする身体に鞭を打ち、なんとかアキバの方に足を向ける。

酷く苦労しながら、来た道を戻る。

すがりつくように兄弟のいる部屋の扉を開くと、そこには〈セイレーン〉が変わらぬ表情で佇んでいた。


「母さん・・・」


自らの口からこぼれた言葉に、ハッとしながらタカムは自分のベッドに倒れこむ。

未だに血液の流れるドクドクという音が耳に響いているが、筋肉の緊張からは解放された。


「くっそ・・・」


枕に顔を埋めつつ、タカムは下唇をかみしめる。

母の面影、いうことの利かない身体、衝動への恐怖。

それらは一度に受け止めるには、大きすぎる問題だった。


その夜、〈セイレーン〉が生み出す心地よい風が、部屋を包むように吹き渡っていた。


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