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14.
その日、胡桃は体がどんよりと重く感じられた。
それは、初めてパーティーでの戦闘を体験した後だからだと、彼女は自覚している。
重い、大きな緊張と不安から解放されたにも関わらず、彼女の顔は晴れない。
(私…、足手まといでしかない…)
胡桃は〈森呪使い〉である。
丹波と雷牙との戦闘訓練を経て、レベルはやっと57まで上がった。
使える魔法も種類が増えたし、その練度も高くなった。
だが、それでも彼女はまだ足手まといでしかないのだ。
胡桃は暗い気持ちで、今日の戦闘訓練を思いかえす。
普段見かけるはずのない〈魔狂狼〉に跨った〈緑小鬼の調教師〉が現れたのだ。
「あ…。う…」
その姿に胡桃は完全に、恐怖で頭が真っ白になってしまった。
自分たちを見下ろすように立っている灰色の巨体。黄色く光る鋭い瞳は獲物を求めているようにしか見えなかった。
すっかり腰が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまう。
だがそんな胡桃にお構いなしで、隣に立つ〈神祇官〉の赤司はパーティーに次々と指示を投げる。
「クロノ、とりあえずヘイト稼いだって!盾はコンコンと交代で!
雷牙は一発当てて離脱を繰り返しぃ!
丹波は早いとこ〈緑小鬼の調教師〉を始末てもうてやー!
〈護法の障壁〉!みんな頼むで」
その指示に従ってクロノが敵の前に立つ。
「〈武士の挑戦〉!」
「ほいなら、〈兜割り〉!」
挑発スキルによって、相手はクロノのことしか目に入らなくなる。
そこに、視界から外れたコンコンの絶妙なタイミングで攻撃を加えた。
この2人の〈武士〉たちのヘイトの稼ぎあいによって、敵はどちらを攻撃する暇もなく2人の間を行き来する。
その側で攻撃をしては、離れるを繰り返す雷牙も微量ではあるが、確実に相手のHPを奪っていた。
「雷牙ちょっと前に出過ぎやで!いったん引っ込みぃ!」
「うっす」
パーティーのHPの管理、回復、細かい指示までを担当する赤司の声は、その場で短くよく響く。
雷牙が〈魔狂狼〉から距離置いたのを見計らって、2人の〈武士〉が大技を決める。
〈魔狂狼〉のHPがレッドゾーンに突入したころ、木々の影から1つの人影が現れる。
「〈ステルドブレイド〉!」
〈緑小鬼の調教師〉の背後に現れた〈暗殺者〉の丹波が切り込む。
レベルの差と背後からの不意打ちでの追加ダメージによって、〈緑小鬼の調教師〉は泡と共に消えていく。
「飼い主はんとこ送ったりますけぇね。〈火車の太刀〉!」
美しい金髪が〈魔狂狼〉を中心にぐるりと回った後、モンスターは泡となり消える。
前衛で戦っていた4人が、各々の武器を片付けると、戦場だったそこは静かな森に戻ってしまっていた。
赤司は前衛のメンバーのHPや自らのMPなどを確認し、満足そうな顔をした。
「うん。こんなもんやな。ええ動きやったでみんな。
胡桃、周辺の状況報告お願いするわ。まわりどんな感じや?」
「・・・」
「胡桃?・・・周辺状況の報告やで?」
「えっ!あっ!あっ・・・えっと・・・」
腰を抜かし目の前の戦闘を見ていることしかできなかった胡桃には、赤司の声が聞こえていなかった。
それどころか、彼女の役目である周辺警戒、仲間への補助魔法の1つも投げられなかったのだ。
彼女の様子を不思議そうに見つめるパーティーの仲間たちの視線に、胡桃は恥ずかしさを覚える。
「・・・すみません。・・・周囲異常なしです」
その返答を聞いて、赤司はうなづきながら話しを続ける。
「よし。胡桃も次はもっと積極的に参加してもええと思うで」
「・・・はい」
戦闘訓練の後、胡桃は仲間の誘いを断って、宿の部屋に篭もりきっている。
不甲斐なさで仲間に合わせる顔もない。
彼らは彼らの役目を果たした。それに比べて、自分は役目を果たせていない。
これから互いに命を預けあう仲間に、頼りなさを見せてしまったことを後悔していた。
「私・・・本当にダメやな・・・。アキバ・・・行けるんかな・・・?」
胡桃は彼女しかいない部屋で、ポツリと呟いた。
瞳に涙がたまる。視界が霞んでいく。袖を濡らし、鼻をすする音が響く。
一人で過ごすには、寂しすぎる夜だった。
また更新の間隔が空いてしまいました・・・。
読んでくださってる方がいるようなので、少し頑張らねばなりませんね。




