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13.
その日、ミナミの街ではちょっとした騒動が起きていた。
騒ぎは徐々に飛び火し、大きくなり、ミナミ中に広まっていく。
その場所には、噂を聞いた〈冒険者〉たちが様子を見に集まっていた。
「なぁ、あのNPCどこ行ってん?
クエストの報酬欲しいのに、あいつおらんとクエスト始まらへんやん」
「マジどこ行ったんや?昨日はおったやろ?」
「あのクエスト期間限定やったけ?」
クエストの鍵となるNPCの少年がいなくなったことに騒ぐ〈冒険者〉の集団を、赤司は遠くから眺めていた。
その中には、昨日少年を襲った〈武士〉と〈施療神官〉が青い顔をして混ざっている。
特に〈武士〉の男の顔は青を通り越して、白色に近い。
赤司はその様子を横目に、これからの旅を共にする仲間と共に街の外に抜ける。
騒動の中に、森で出会った少女の姿を認めた。彼女の言葉がこだまする。
「〈冒険者〉もいろいろなんだね」
苦虫を潰したように後味の悪い気持ちを抱えたまま、パーティーでの戦闘練習に向かう。
〈神祇官〉の彼は、パーティーの後ろから仲間の援護やHP・MP・ヘイトの管理、その動きの細部にまで気を遣う。
「雷牙ちょっと前に出過ぎやで!いったん引っ込みぃ!」
敵に当て逃げを繰り返していた雷牙が、攻撃が当たるのをよいことに少し出すぎる。
〈武闘家〉の彼なら今のレベルであっても、〈魔狂狼〉の攻撃ではそうそう倒れないだろう。
しかしこれからの旅では、その場の戦闘を乗り切ればいいだけではない。
きちんと目的地まで生き続けることが、最終目標だ。
自分のHP、次の攻撃への備えの管理は、いくらか自分でするしかない。
それを身に着けさせるためにも、少し厳しめに評価している。
初心者を脱しない2人にも今回はパーティーの一員として、しっかりと動いてもらわなくてはいけない。
死なないように、しかししっかり攻撃をこなす。
高レベルプレイヤーでさえも、それがきちんとできるない者もいるのに、それを彼らに求めるのは酷な話である。
戦闘が終わり、メンバーのHP・MPの残量を確認する。
その結果や、雰囲気をみて満足し、〈森呪使い〉の少女に声をかける。
彼女は、今までずっと周辺の情報を集めてくれていたはずだ。
「うん。こんなもんやな。ええ動きやったでみんな。
胡桃、周辺の状況報告お願いするわ。まわりどんな感じや?」
「・・・」
「胡桃?・・・周辺状況の報告やで?」
「えっ!あっ!あっ・・・えっと・・・」
胡桃の表情を見ただけで、赤司には少女が抱いている恐怖を感じることができた。
昨日の〈大地人〉の少女とは対照的に、その眼は恐怖と不安に揺らいでいる。
ただ彼は昨日同様、彼女にかける言葉を持ち合わせていなかった。
「・・・すみません。・・・周囲異常なしです」
申し訳なさそうな返答を聞いて、赤司は何事もなかったように話しを続ける。
しかし、心の中では嫌な気持ちが毒のように広がっていく。
こんな少女が、恐怖や不安、悲しみに押しつぶされるようなことがなぜ起きているのか。
ずっと賢いと思っていた自分の知識が、全く使えないことにいら立ちが募る。
「よし。胡桃も次はもっと積極的に参加してもええと思うで」
「・・・はい」
普段、人との関わりを極力排除している彼にしては、珍しく相手を励ます言葉を発した。
彼なりの精一杯気遣い、それが彼女に伝わったかどうかはわからない。
晴れない表情の彼女を見たら、その言葉の効果はあまりなかったようだった。
それでも、彼は一団を先に進める。
ふと、昨日森で出会った少女の言葉が、頭を再びよぎった。
「〈冒険者〉もいろいろなんだね」
その通りだ。
特に今この法律も何もない世界では、「いろいろ」では足りないくらい様々なのだ。
倫理観を無くす者、自由をはき違える者、目の前の恐怖に震える者・・・。
今は良いかもしれないが、今後どう転ぶか分からないのが現状である。
(ほんま、はよう戻りたいわ・・・)
赤司は考えられる最悪の事態を、想像できていた。
本当の意味での無法地帯だ。
そしてミナミの街は、その道を突き進んでいるように赤司には感じられていた。
ミナミだけではなく、この世界の全てが急降下しているように感じた。
しかし、彼はその問題に対して立ち上がろうとは思えない。
立ち上がる力も、何かを変える知恵も、彼は持ち合わせていない。
その役目は、きっともっと他の人間が担うことを薄々感じていたからだ。
所詮、赤司はこの世界の物語の中では、脇役なのだった。
そのことを悔しいとは思わない。ただ、誰かに自分たちの運命を託すのに不安はあった。
重たい気持ちのまま、ミナミの街に足を踏み入れる。
ちらりと、少年が消えた門のそばを見る。
朝のような人だかりはなく、まだらに人が足を止めているだけだった。
あの〈大地人〉の少女の姿も、当事者の2人の〈冒険者〉の姿もない。
あの後少女がどうしたのか、〈冒険者〉たちがどうなったのかなど、赤司は興味がなかった。
ただ少年が立っていたあたりを見つめて、胃がきゅっとなる感覚を味わった。




