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12.
「うわぁ・・・すげぇ・・・。これが〈幻想級〉の剣・・・」
宿に戻り、味気のない湿気た煎餅のような夕食の後、好奇心旺盛な宿の子供たちに武器の披露をせがまれた。
タカムの〈幻想級〉の双剣を眺めるセドの顔は、高揚しきっている。
その様子をほほえましく思いつつも、タカムが控えめに注意する。
「絶対、刃には触るなよ。切れ味はんぱないから」
「そうそう、ドワーフの作った鎧なんかもスパーッて1回で切っちゃうからな」
「えぇ!ちょっとそれは怖いかも・・・」
AGEが剣で相手を切り倒す真似ごとをしながら、タカムの剣の切れ味を分かりやすく表現する。
慌てた様子で手をひっこめたセドは、そのピカピカに光る刃を目を凝らして見つめる。
〈大地人〉のセドにとって、それは恐怖の感覚に値する驚きだった。
「だよな・・・。俺も、少しそう思う」
その言葉を聞いて、タカムの顔には影が落ちる。
呟いたタカムはふっと、手に視線を落とした。
思わずため息が出る。
(今日切り裂いたモンスターの感触がまだ残ってる・・・)
確かに、あれは実態のあるものを切り裂く感触だった。
それもすっぱりと、包丁で食材を切るのとは比べものにならないくらい、なんの抵抗もなく切り裂かれた。
それにどんなに攻撃を行っても、自身の手が汚れないの気味が悪い。
(生き物を切っているはずなのに・・・)
母が亡くなってから、兄と2人で台所に立つ機会が多かったため、包丁を使うのは慣れている。
しかし、それはあくまでも料理用。
今タカムが持っている剣は、明らかに戦いのために使われるものだった。
「なんで、お兄ちゃんが怖いと思うの?」
「え?」
隣に腰かけたセドからの素朴な質問に、タカムは不意打ちを食らい彼に目を向ける。
「だって、お兄ちゃん達はこれで悪いモンスターやっつけてるんでしょ?
なのに、なんで怖いって思うの?かっこいいじゃん!」
「それは・・・」
「剣が持ち主によって、命を奪う物にも守る物にもなるってことを、タカムさんはよく理解してらっしゃるんだよ」
いつの間にか、部屋の入り口に表れた店主が息子に返すように言葉をかける。
その顔はとても穏やかだった。
「昔ね、私が息子くらいの時に会った人が言ってたんだ。
タカムさんもその人も、お優しいからそういうことが言えるんでしょうなぁ」
昔を懐かしむように店主は目を細める。
彼は剣に夢中なセドと、セルクルと寝入ってしまったセーラを連れて部屋を出ていった。
おやすみなさいと、挨拶を交わした子供たちは、きっとすぐにベッドで寝息を立て始めるだろう。
「持ち主次第か・・・」
「ま、正論だろうな。ようはその狂気の剣でどうするか、お前次第ってことだ」
「難しいなぁ。・・・この体も、生かすか殺すかは俺次第だよな」
タカムは自分の胸の辺りをペタペタと触る。
細身に作成されたその体からは、筋肉の感触がしっかりとした。
元の世界のガリガリになった自分の体とは大違いだった。
「俺の体じゃないのに、今は俺の体だもんな。ちょっと混乱するわ」
「そうだな。慣れるの大変だったもんな」
タカムの口の端っこが悪戯っ子のように吊り上がる。
「兄貴は身長10㎝も詐欺るからだろ!」
「いやいやいや、10㎝は言い過ぎだ!7㎝だ!」
「ほぼ一緒じゃんか!」
タカムはまさに〈盗剣士〉のように、鋭く的確に言葉で切り込む。
迎え撃つAGEは〈守護戦士〉らしく、譲らないといわんばかりに、腕組みをした。
「気持ちちがう!第一そうしないと〈守護戦士〉が務まらないだろ?」
「いや、でかすぎて敵見えないし」
「・・・お兄さんショック」
必死の(?)弁明をする兄とのじゃれ合いに、タカムの気持ちはほんの少しだけ晴れた。
(やっぱりこの力は恐ろしいと思う。持ってる武器も恐ろしい。
モンスターを倒すためとはいえ、実際に生き物を殺していることには変わりない)
タカムは自分の手足を見下ろして、その感覚を確かめる。
なんの抵抗もなく、思い通りに動くこの体が自分のものという事実に違和感を覚える。
その手が握る、驚愕の切れ味を持った双剣にも恐怖を感じざるを得ない。
(本当に、このまま戦い続けても俺の手は汚れないのか・・・?
・・・俺は、寺澤琢磨でいることができるのか?)
今日の戦闘で、タカムはその不安をより大きくしていた。
剣で〈走り茸〉を切り裂いたことも十分衝撃的だったが、それ以上に、彼は自分の身体にショックを受けていた。
本来なら、いくら健康でもできないであろう動きを、簡単にすることができた。
その力は、この世界をの守護者になるのか、それとも破壊しつくすのか分からない不安。
元の世界での寺澤拓磨は、この世界のタカムに取って代わられてしまうのではないかという恐怖。
タカムの精神を蝕む、2つの感情にはいまだに答えが出ない。
(確かに、どうするかは俺次第。でも、何が正しいかの判断基準ってなんだ?
それに、もし俺以外の〈冒険者〉たちが、間違えたら・・・?)
真一文字に結ばれた唇は、より頑なになるのだった。




