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10.
「新人ちゃんたちの戦闘練習はどんな感じですかいね?」
淡い照明の中でキラキラと輝くその長い金髪を、指で弄ぶ人影から声がする。
ゴロンと寝っ転がった体制で、気だるそうなその仕草は明らかに女性のものだ。
そのほっそりとした陶器のような指は、華奢な腕で程よく筋肉のついた体に繋がっている。
(ほんまにこの人は・・・)
丹波はその向かいに腰を落ち着け、味のしない茶をすする。心の中で呆れたように毒づきながら。
〈エルダー・テイル〉の夜は、一度日が落ちると真っ暗になる。
この部屋の窓の外も例外でなく、月明かりで己の手がようやく確認できるような暗さだ。
「2人ともよう頑張ってはるよ。連携も攻撃もかなり上手くなったけぇ」
「そうですか。この短期間で」
「まぁ、若いから呑み込みが早いんやろうな」
「ほんに、丹波はんに任せて良かったわぁ」
丹波の報告を聞き、コンコンは満足そうに盃を煽り、嬉しそうに丹波の顔を見る。
彼女の顔は、自分の人選が功を奏したことを喜んでいた。
その表情に丹波はぶるりと、自分の体が身震いするのを感じる。
「まさか、ぼっちアサの僕にお鉢が回ってくるとは、思いもせんかったわ」
「何を言うてはりますん、野良パーティーよう組んどったやないですの。経験は豊富でっしゃろう」
「あんたに連れまわされたからな」
「まんざらでもなかった癖に」
丹波のおどけた発言に、コンコンの謎めいた表情が一瞬だけ崩れる。
どこか呆れたような、どうでも良さそうなその表情は、見る者に子供っぽさを感じさせた。
その表情にフッと目を細めつつ、丹波は次の言葉を発した。
「ほんで?アキバにはいつ出発するんや?」
「せやね、あと少しってとこやね」
「具体的に言わんかったら、こっちとら予定がたてられん」
何気ないやり取りのつもりだった。
しかし丹波の発言に、スッとコンコンの視線が鋭くなる。
丹波はほんの少しだけ冷や汗が出るのを感じた。
恐怖というよりも、危険を感じると言ったほう分かりやすい。
それでも、彼女の緩慢な仕草は崩れない。
(こいつの、こん表情は苦手じゃ。蛇の前の蛙みたいな気分になる)
「・・・なんの予定ですのん?」
「なんのって…あの2人の戦闘練習のですやん。
最後はやっぱりパーティーで戦わせてあげんと、この先困るじゃろうけぇ」
「あぁ。なんや、そんなことか」
「いや、それ以外になにがあるんじゃ?」
首をかしげる丹波に、コンコンはふふふと、笑ってみせた。
その笑みにイラッとする。
「そらぁ、いろいろですわぁ。いくら丹波はんでも、この世界でどこまで信じられるか分かりまへん」
「はぁ?」
「なにせ、若い娘なもんでねぇ」
「ははは。しっかりとモノは付いとるくせしよって」
「まぁ!中身は娘っ子ですぇ」
急にしおらしく口元に手なんて当てて見せる彼女に、ついつい小言を言ってしまう。
普段の豪快さを知っている丹波には、そんな小芝居は全く通用しない。
見た目を裏腹に、この〈狐尾族〉の青年の体でいる女性は複雑な生き物なのだ。
新人の育成を任されたことで、少しは元の関係に近づいたかと期待したが。
(やっぱり、ここではその程度の関係か…)
丹波は自嘲気味に鼻で笑う。
この〈エルダーテイル〉の世界に閉じ込められたからというもの、彼らの関係は大きく変化した。
その変化を望んだのは彼女だった。
しかし、同時に彼女が元の世界での関係を懐かしんでいるのも、手に取るように明らかだった。
「ま、つまり信用されとらんってことやな」
「信用はしちょります。ただ、寄りかかれる相手ではないだけです。・・・今は」
「そうですかい」
すぐに返されたコンコンの返答の最後は、ひどく甘美な単語で締めくくられていた。
心の中で丹波は大きく舌打ちする。
(なんやそれは)
眉間に深い皺を刻んでいる丹波の手の甲を、彼女の細い指でなでる。
思わず手を引っ込めた丹波に、ニヤリと笑って見せるコンコンは楽し気であった。
その表情に馬鹿にされた気がする彼は、さっさと立ち上がる。
「若い娘さんのお部屋に、こないな時間にいつまでもいたらあきまへんね。
今日はお暇しますけぇ、しっかり休みんしゃい」
「そうですのん?では、おやすみなさい・・・。優はん・・・」
「・・・その呼び方どうにかならんかいね?」
「ええやないの・・・。どうせ、僕らしかおらんのですけえ」
丹波は気まり悪そうな顔をして部屋を後にする。
(素直になればええものを・・・。いつまで、この中途半端な関係を続けるつもりなんや?)
その後ろ姿を見送ったコンコンは、ひどく嬉しそうな含み笑いをしていた。
手に持った盃で味のない、ただのアルコールの酒を煽り、コンコンは布団を引っ張り出して転がる。
「はぁ・・・。お布団やぁ・・・。幸せやぁ・・・」
そう呟いたかと思うと、コンコンはすぐに寝息をたてはじめた。




