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脇役〈冒険者〉たちの話  作者: hanabusa
日常と冒険のはじまり
1/82

1

1.


寺澤瑛司はぼんやりとした意識の中、誰かを見つめていた。


病院のベッドの横に座っている自分に気づく。

スツールに座った瑛司の目の前に横たわっているのは、病に倒れて亡くなった母の姿だった。


(可笑しい・・・。この時は父さんも一緒だったはずなのに・・・)


瑛司は幼い頃の記憶との食い違いに違和感を覚える。

本来の記憶なら、瑛司の横には父がいて母の最期を看取っているはずだった。


すると、目の前の母が話し始める。

酸素マスクをつけた顔は表情があまり見えない。


「・・・言ったのに・・・」

「え・・・?」


母の声はかすかにしか聞こえない。


「琢磨と円を・・・守ってねって・・・言ったのに・・・」

「母さん・・・?」


母は瑛司に恨むような声をあげる。

その声は記憶にある母の優しい声の面影を全く残していなかった。


「なんで。なんで2人を守ってくれなかったの・・・!」

「なにを言ってるの?母さん?」

「お前は・・・お前はお兄ちゃんなのに!弟と妹を守らなきゃいけないのに!」


目の前の人物の手が、瑛司に伸ばされる。

その手から逃れようと必死になっていると、少しずつ瑛司の周りが暗くなっていく。

そして、瑛司の視界が暗転した。



「―――兄ぃ!―――AGEに―――!AGE兄ぃ!―――AGE兄ぃ!!」

「うわっ!」


AGEは驚いて飛び起きる。

その勢いに隣で声をかけ続けていた、セルクルは驚いたように飛び退いた。

小柄な人間族の少女は、腰よりも長く伸びた髪の毛はAGEと同じ明るい赤毛だ。

幼い顔の多くの面積を占めている、オリーブ色の瞳が心配そうにAGEを覗き込んでいた。


「AGE兄ぃ大丈夫?すごいうなされてたよ?」


AGEは片手で顔を覆い呼吸を整えながら、セルクルに対して無言でうなづく。

セルクルはその様子を見つつ、部屋のカーテンを開けた。暖かい日差しが差し込んでくるのに、AGEは眩しそうに目を細める。


「・・・今日は早いな。円」

「そんなことより、本当に大丈夫?瑛兄ぃ」

「大丈夫だよ?」

「でも、こっちに来てほぼ毎日だよ…?」


目の前にいるセルクルこと円は、瑛司の血が繋がった妹である。

8歳年下の円は高校1年生になったばかり。

セルクルと同じように、大きな瞳と広めなおでこが特徴的な少女であった。


「大丈夫だって。それで、なんで今日はこんなに早いんだ?」

「今日はアキバを色々見て回るって約束だったじゃん!」


楽しみにしてたのに、忘れたの?と、セルクルは不服気に続ける。


「あー。そうだったな・・・。お前遠足の日だけは早起きだったもんな」

「ちっがーう!そんなことない!」

「はいはい。琢磨は?」

「今起こそうと思ってたところ」


そういうとセルクルは衝立の向こうに消えていった。

ここは少し広めな宿の一室。部屋を衝立で3つに分けて、3兄弟それぞれのスペースを確保している。


(こっちに来て1か月か・・・)


AGEは自分の髪をかき揚げ、身支度のためにベッドから出る。

鏡に映るその顔はAGEのものであるが、どことなく瑛司の顔の面影を残している。


明るい赤毛はパーマをかけたようにフワフワで、寝癖で好き勝手な方向にはねている。

きりりとしていたはずのオリーブ色の目は、瑛司の影響なのかタレ目気味だ。

太い意志の強そうな眉も、がっしりとした体も、浮き上がる筋肉も至極整っている。

自分で言うのも難だが、なかなかのイケメンである。

といってもの、この世界ではよっぽどの設定をしない限り美男美女にしかならない。

そう、この〈エルダー・テイル〉によく似た世界では。


「いってー。円のやつひでー起こし方しやがって」

「おはよう。琢磨」

「はよー。兄貴」


洗面所にまだ眠そうな顔の青年が入ってくる。

切れ長なオリーブ色の瞳に眠気の涙を浮かべ、肩口で切り揃えられた赤毛を器用に1本にまとめつつ、細腰のスラリとしたタカムはAGEと挨拶を交わす。

タカムこと琢磨もまた、瑛司の実の弟である。

瑛司の3歳年下で、本来ならば大学2年生になるのだが、4年前からそのほとんどを病院で過ごしている。


「ほら、目覚ませよ。今日はアキバ見て回るって言ってただろ?」

「分かってるよ。あーねみぃ」


タカムはそう言って、桶に張った水で顔を洗い始める。

その頭にタオルを置いてやり、AGEは部屋のほうに戻る。

セルクルは既に着替えを終えて、カバンの中を整理していた。


メイン職が〈召喚術師〉であり、サブ職が〈調教師〉という彼女の持ち物は少し変わっている。

生き物を召喚するための〈召喚笛〉、呼んだ生き物の手入れをするブラシなど、〈守護戦士〉であるAGEの持ち物とは毛色がちがう。


「あ。準備終わった?」

「いや。・・・今日はアキバを見て回るだけだろう?そんなフル装備じゃなくてもいいんじゃないか?」


AGEはセルクルの装備を指して指摘する。

長い髪の毛が、2本の三つ編みでまとめられているだけではない。

セルクルの身につけているものは、彼女が装備できる中で、1番強力な装備だといってもいいだろう。

〈精霊の舞踊(ダンス)ローブ〉なんて海外のサーバーに遠征に行った時に手に入れた、ヤマトではかなりのレア物だ。

召喚生物と〈召喚術師〉の攻撃力、防御力をそれぞれ15%ずつアップするという、恐ろしい効力を持っている。


「だって・・・、アキバもまだいろいろ混乱してるじゃん」


AGEの指摘に、セルクルは少し不安そうな顔で答える。

MMORPG〈エルダー・テイル〉ヤマトサーバー内で最大のプレイヤータウン、アキバは〈大災害〉と呼ばれる事件から1か月経ち、かなり落ち着いてきたとはいわれている。

しかし、未だに街の外に出ればPKが、街中では〈大地人〉に対する暴力が横行し、狩場の独占などまで起こっていると聞く。

現状が受け入れられず、塞ぎ込んだ者や怒り狂う者同士のいざこざも、決して珍しいものではない。

また初心者救済を歌うギルドによる、低レベルプレイヤーへの暴行も噂されている。

いくら衛兵のいるアキバの街中とはいえ、彼らに暴力と感知されない暴力も存在する。


セルクルの不安を隠せない物言いは、AGEにも理解できた。

妹を少しでも安心させたい気持ちも相まって、自然とAGEの手も彼の装備に手が伸びる。

〈守護戦士〉の装備の中で1番重要な、秘宝級の鎧〈守護神の戦士鎧〉は、その効果とネーミングに惚れ込み、仲間6人と北欧サーバーのクエストに1か月籠って手に入れた。

自身の防御力10%アップに、HP10%アップ、選択した仲間のダメージを5%肩代わりする効果がある。

微々たるものだが、敵がレイドランクになるとかなり大きな効果をもたらす。

ヤマト内で持っているプレイヤーはそう多くないであろうし、この状況では新たに手に入れる者もそうそう現れないであろう。


「そうだな。備えあれば患いなしだ」


その鎧を身に着けつつ、AGEはセルクルを励ますように口を開く。

現実の世界で瑛司が円にしていたように。 


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