つゆびより2
「そうなー……? うん。 穂葉に任せる!」
「それが一番困るんですけどねー……? 了解です。 何がいいかなぁ?」
それら、特徴的な針葉樹の葉々が、現在はどことなく冴えないような。 重苦しい印象を受ける。
恐らく、現在が梅雨であるから。
晴れやかな夏の手前。 言わば、我慢の時季だ。
この時節に特有の気象なので、雨が続くのは仕方がない。
けれども、何度割りきってみたところで、やはり気が滅入る。
ジメジメとした居心地の悪さは、健全な意欲を萎えさせてくれる。
「あ! 珠衣ちゃんだ!」
「あ? おぉ? めっちゃ走ってる」
そんな梅雨のなかば。 今日のように、期せずして望むことのできた青空とて、単なる気休めでしかない。
この高羽のシンボルが、本来の持ち味を輝かせるには、まだ少し足りない時季なのだった。
それでも、淑やかな陽光を浴びる町並みの様子は、きたるべき夏に対する期待を、大いに掻き立てるものだった。
“一時の我慢を通過すれば、あかるい明日が必ず待っている”
そういった語義に迫真する季節が、他にあるだろうか?
“我慢・努力は必ず報われる”
たしかに、それは必然とは言い難く、甘い考えであるのかも知れない。
けれど、他でもなく季々の移ろいが、それを実践しているのだ。
梅雨が過ぎれば、必ず夏がやって来る。
そんな季節の中で、人々は過ごしている。
人間が自然の一部というのであれば、各々(おのおの)の努力も・我慢も、きちんと報われて然るべきなのだと、二名は思うのだ。
ともすれば、史も穂葉も、この梅雨という季節を嫌いになることは、安易に出来るものではなかった。




