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秘密基地

 アザとーが育ったのは団地ばかりが立ち並ぶ大きな公団群のど真ん中だった。

 公団は当然に統一規格であるのだから、コピー機で作りだしたようにおんなじ見てくれの建物が整然と立ち並ぶ、そこは大人から見ればコンクリートジャングルだったのかもしれない。だが一見隙なく見えるコンクリートの間には子供が隠れるには十分すぎるほどの隙間がいくらでもあった。公団近所の住宅街に空き家があれば隙間を見つけてはいりこみ、マンションの雨除けのひさしの上に雨どいを伝って這い登り、どこにでも秘密基地の候補地はあった。

もっとも、そうしたところに私物を持ち込んで定住するのはもっぱら男子のやりようで、私たちの秘密基地はもっと軽量なものだ。

駐輪場の隅、いくつかの木登りしやすい大木の梢、公園の土管トンネルの中……それがどんなに人目につく場所であっても、誰かが「秘密基地だ」といえばそこには子供にしかわからない結界が張られ、他者を排除した閉塞空間となるのだ。そうした秘密基地を私はいくつも持っていた。

一番気に入っていたのはグランドのフェンス沿いに植えられたクスノキの梢だ。ここはちょうどバッターボックスの裏手で、大人から見れば秘密も何もない場所なのだが、私は親友であった少女と二人でよくここに登った。

親に内緒で買いためた駄菓子を開き、そこで食べる。普段なら食べ過ぎを咎められる駄菓子を存分に食い散らかすのは贅沢な気がしたし、小さな反抗心がひどく満たされる行為でもあった。

時々は漫画雑誌など持ち寄ってそこで見せ合いっこもした。青臭いクス実の匂いを嗅ぎながら、いろいろな話もした。実にちゃちな『秘密基地ごっこ』だが、子供にとっては全てが真剣だった。

あの頃、木の上で一番話したのは恋の話だったのではないだろうか。もちろんクラスの誰がいいとか嫌いとか、本当にたわいない話だけの話ではあったが、やはりあの当時は真剣な人生の一大事であった。

後は流行の歌のこととか……私は奥手で芸能ごとに興味がなく、テレビといえばアニメしか見ないような子供だったので、これを幼馴染の彼女は心配していた。クラスの女の子たちの話題についていけないのではないかというのである。

彼女がちょっとませた子でミーハーだったということもあるが、木の上でいろんな流行歌をうたって教えてくれたものだ。

両親の影響だろうか、ユーミンの好きな子だった。お世辞にも歌がうまいとは言えないが、笑い声のように明朗な声の持ち主で、少し古い歌もよく知っていた。

だからクスノキを見ると、今でもユーミンの曲を思い出す。大真面目な顔で調子を外しながら歌う、幼い少女の姿を思い出す。そして木にも登れないほど大きくなった体を見下ろし、寂寥にかられる。あの頃の私たちが今でもこずえのどこかに隠れているような気がして、真剣に梢を見上げるのだけれど、もちろんそこには少女の姿はなくて……私は子供だった私自身が張った結界に行く手を阻まれているような気になるのだ。

嫁いで実家を離れ、彼女と会うこともなくなった。だからこそ甘い痛みに似た寂しさの中で思う。

私にとっての『秘密基地』とは他者から隠れる場所ではなく、少女時代のこまごまとした秘密を隠しておくための場所だったのだろう。その秘密は今でもあの木の上に隠されたままなのかもしれない。

大人になって自分の半生を振り返った時、ガラクタのようにたわいない、こまごまの秘密こそが『子供』だった証なのだと気付く。だがそれはもはやあちこちの秘密基地に少しづつばらまいた後で、懐かしむばかりで取り戻すことは決してできない。

公園の植え込みの中、土管トンネルの中、そして木の上、当時の秘密基地に泣くほどの郷愁を感じるのは、けっきょくは取り戻しようのない過去を惜しむ個人的な感慨に過ぎない。

それがわかっていながら私は時々ユーミンを口ずさむ、少し調子っぱずれな、彼女が教えてくれた歌を。そしてただ過去を懐かしむという無為な行為にふける。

無為だと自嘲しながら大きく枝を広げたクスノキを思い出しながら涙するのは、子供であった自分が呪いのように張り巡らした大人除けの結界に阻まれて、思い出の中にある子供の心には完全に戻れないからなのかもしれない……


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