二話
眩しい。おかしい、俺は死んだはずなのに。
開くはずのない瞼を持ち上げてみると、無機質な天井が目に飛び込んできた。俺は今、ベットで寝ている、のかな。
「あ、起きたんだー。おっはよー」
自分の左側から声がする。
首がなにかで固定されていて動かせない。それでも寝転がろうとすると、首あたりが千切れるような変な感覚がした。なんだか、ぬいぐるみみたいに、縫い目から綿が出てきそうな感覚だった。
仕方なく寝転がったまま、視線だけで声の主を確認する。
見た目年齢20代前半の、鮮やかなショッキングピンクの髪をした女性が壁にもたれ掛ってこっちを見ている。
超絶短いスカートから覗くなっがい足を惜しげもなく見せてくれてる。いや、これは勘違いだろーけど。
あと、ピアスが怖い。涼芽も真桜もピアスしてたけど二、三個だったし。この人、見えるだけで十個はしてると思う。痛そう。
誰この人。そしてここどこ。そしてそして何で髪の毛ショッキングピンクなの。ついでに言うとなんでそんなに爪が長いの、魔女かなにかなの。
「ご機嫌いっかがー?ま、良いわけないか」
「…誰。どこ。ピンク。魔女」
「あれ、蘇生させるときにどっかぶっ壊したかな」
「蘇生ってどーゆーことだ」
「ちゃんと喋れるじゃなーい」
女性はニヤニヤを噛み殺した顔をしながら、こちらに近づいてくる。
凄い嫌な予感がする。もはや嫌な予感しかしない。
しかし逃げられない。麻酔を打たれたかのように全身の感覚がぼんやりしていて、自分がどんな恰好で横たわっているのかもよくわからない。
「ねぇ、君死んだんだよ」
「んなこと分かってる」
「けど生きてる」
「蘇生させられたらしいじゃんか」
ついに女性が俺の顔を覗き込むまで近くに来ている。
さっきは遠くてよく分からなかったけど、近くで見ると凄い美人。
変な気起こしそうで怖い。
「そう。私が蘇生させてあげたのー」
「なんで」
「なんでだと思う?」
分かるか。この場において俺が一番理解に苦しんでるわ。
なんて言えるはずもなく。一応この人年上っぽいし。なんていうか、大人の色気があるから。
目の前の女性を軽く睨むと、どうやらニヤニヤを噛み殺せなくなったらしい。
すっげぇむかつく顔しだした。
どうやったらそこまで目が三日月型になるんだっていうくらいには、ニヤニヤしている。
「それはねー、ちょっと仕事手伝って欲しくてねー」
「は?」
仕事、だと?
「聞くところによると君、授業すらまともに出ない不良のくせして成績優秀らしいじゃないの。なんでも学年トップもとったことあるって?しかもスポーツも出来ちゃうらしいじゃなーい。さらに、授業は休むけど先生にはあんまり突っかからないとか。大人に反抗はしないみたいね。顔も上の中ぐらいじゃなーい?
こんなデキタ逸材、欲しかったのよねー。だから、生き返ってもらいました!」
なんだか、凄い調べられてる。
メモもなにも見ずにスラスラと個人情報を話す女性は、俺に向かって指を指した。人に向かって指を指すのは失礼なんだぞ。
俺は仕事させられるために生き返らされたの。そうなんですか。
仕事させられるためだけに生き返らされたんだとしたら、だとしたら…。なんだろう。
とりあえず俺、ドンマイ。
「ねぇ、仕事手伝ってくれる?ちなみに拒否権ないわよ」
「拒否権ないって、聞いてる意味ねぇじゃんか」
相変わらずニヤニヤしながら顔をさらにぐいっと近づけてくる。
やめてやめて、美人さんが近くにいるとかいろいろ危ない。
というか、別に俺は生きるとしても死ぬとしても、どっちでもいいんだけど。そこまで生きたいとか思ったことないし。
あまり迷惑をかけずに楽しくできたらそれでいんだけど。
正義感の強い人が聞いたら激怒しそうだなー、なんて。
だって本当だし、思考の自由ってあるじゃん?あれ、あったよね?
「やるわよね」
「拒否権ないんだろ。しょうがないじゃんか」
「やっぱやめる、とか許さないわよ」
「だからやるっつーの」
半ば逆切れ気味に答えると、いきなり、本当にいきなり頬にキスされた…気がする。
あれ、おかしい。キスされたのに、された感触がない。
まだ少し怠い腕を上げて、異常がないかどうか頬を触ってみたが、なんだか硬い。俺、生前は少しもちもちしてたのに、ちょっと自慢だったのに。爪で刺してみるけど、コンコンと音が鳴る程度には硬い。刺された感触ないけど。
絶対おかしい。
「鏡、ある?」
「はいドーゾ」
俺の真上に鏡が翳される。そして絶句。
皮膚が紫なんだけど。濃い紫。
顔も手も、上半身も、全部全部、紫色。そして俺は今、首にギプスがはめられているだけで、どうやら全裸らしい。今気づきました。
髪の毛が白、黄緑、灰色と三色になっている。長さや形は変わってないんだけど、三色が適当にペイントされたみたいにな色になってる。無駄にバランスいいけど。絶対髪痛んでる。
目が髪の毛の黄緑とおんなじ色。安っぽいカラコンを入れたように、違和感がある色。
あれ、俺って普通に日本人だったよね。肌色だったんだけど、イエローモンキーだったんだけど。
髪の毛もちょっと茶色に染めてたけど、比較的大人しめだったし。目はふつうに黒だったはず。
身体の全体の色が変わってしまっている。
「これ、どーゆーこと」
「肌はね、腐敗しないように私特製の防腐剤に漬け込んでおいた皮膚なのよ。それを培養して所々縫い合わせたのよー。あ、髪の色と目は私の趣味。おまけみたいなカンジー?」
防腐剤に漬け込んだ皮膚?縫い合わせた?
あぁだから感触ないのか。作られた皮膚だから感覚もなにもないと。なるほど。
「って、おかしいだろ」
「あ、縫い痕なら今隠れてるだけよー」
何を勘違いしたのか、女性は俺の首を固定していたギプスを外した。
露わになった首はやっぱり紫色をしていて。
その首から少し右。鎖骨の辺りに大きく縫った痕がある。
「これじゃゾンビじゃねぇか」
「ゾンビでいいのよ。この町に住んでいる人は、全員一回死んだ人ばかりだもの」
「待って、それきっとよくない」
「あらなによ、もっと驚くリアクションとか出来ないのーん」
「そーゆーキャラじゃないんで」
でも、街中ゾンビか。そんなの日本にあったのか。
てかここは日本だよな?さすがに海越えてないよな?いやでも、まさかまさかの異世界って手もあるな。
少しだけ言うことを聞くようになった身体をねじって、部屋をぼんやりと見回す。
窓からの外を見ようとしたのだが、まず窓がない。
そして気づいた。窓があったとしても、ここが日本かどうかわからないかもしれないじゃん。俺バカじゃん。
「その様子だと、結構動けるみたいねーん。あと三十分ぐらいで普通に動けるようになると思うわよー」
女性はニヤニヤしてた顔を少しだけ、本当に少しだけ締めてこちらを見てくる。
というか、この髪の毛どーにかなんないの。
すっげぇ目立つと思うし、第一、この人趣味ワル。
どーしてくれんのこれ、俺の人生…もとい、ゾンビ生ずっとこの髪かよ。
しかもなんで白と黄緑と灰色なんだよ。色のチョイス頼むよ、ねぇ。
少し不満げな顔をしながら髪の先を弄ると、女性がすこし意外そうな顔をしてこちらを見てくる。
「なに?その髪いやー?」
「嫌も何も、色が目立ちすぎるだろ。俺そんなに目立ちたがりじゃねぇんだよ」
「不良だったじゃーん」
「あれはただ、自分の好きなように行動してたらそう言われただけ。目立ちたいわけじゃないんだって」
本当に。ただ自分の好きなように服着て、好きなように喋って、好きなように過ごしてたら、いつの間にか不良って言われてたんだよな。
世の中って理不尽。俺超いい子だったのに、結局最後まで不良という、いらない肩書は無くならなかったんだよね。
「あ、そういえば、名前聞いてない」
「名前?言ってなかったっけー。んとね、私はリン。呼び方は自由よーん!」
「じゃあそのままリンで」
「つまらないわねーん」
リン、ねぇ。そういえば、現世での真桜の彼女がそんな名前だった気がする。
あ、一週間前に浮気されて別れたって言ってたな。全く関係なかった。
そのまま雑談を続けて約20分。
部屋の隅にあるドアがキィ、と音をたてて開いた。
「リン姉ー、仕事終わったぜー」
がちゃり、とドアが開く音がした。
自由に動かせるようになった首を動かして声の主を確かめる。
身長、約180センチくらい。細見で、長い髪を一つに結んだ男。
ここまでは至って普通だ。だがしかし、こいつもおかしい。
かわいそうに。俺と同じ配色で、青と紫とピンク。
ちなみに肌の色は、濃い紫です。