一話
いつも通りの田舎な帰り道に、いつも通りのメンバーで。いつも通りの過疎した景色を、いつも通りのグダグダな話題で通り過ぎる。
そんな『いつも通り』に異物が入ってきたのはいつだったろうか。
「 雄。まだいる」
「…無視だ無視。見ちゃいけないものだ。見て後悔するのは自分だぞ」
いつもつるんでるメンバーその一、 涼芽が俺の袖を軽く引っ張って耳打ちする。
俺はそれにあしらう様に返事すると、涼を含め、周りにいる3人が軽く頷く。
敵陣は雑草生い茂る道の中の、段ボールの中にいる。目を合わせたら負け、振り向いたら負け。
さぁ、いざ勝負だ。
スタスタスタと少し足を速めると、周囲の景色が通り過ぎるスピードがあがる。三人も同じく足早に俺の横を歩く。
田んぼ道を早歩きで競争するように通る俺達の姿は、きっと滑稽なのだろう。
競歩選手並みに素早いと思うぞ。
8月半ばの今日は晴れ。というか猛暑日。こんな日はさっさと家に帰って炭酸飲料でも飲むに限るな。てか冷蔵庫に入ってたっけ。
敵陣イン段ボールまで、あと十歩ほど。
「にゃー」
なかったかな。どうだろう。家に帰ってなかったら絶望するだろうし、コンビニにでも寄ってくか。
段ボールまで、あと五歩。
「にゃー」
やっぱり炭酸といったらサイダーだろ。黒いやつとか、ありえないような鮮やかな色のやつとかはさ、時間がたつと激甘になるじゃん。俺甘いの嫌なんだよね。
目標、無事通過。
「にゃー。にゃーにゃーにゃー」
「うわぁあああああああああやっぱ無理だってぇええええええええ」
いきなり、メンバーその二の 真桜が叫び声を上げ、来た道を戻っていく。
それに釣られるように涼芽と、メンバーその三の 晃希が駆け足で戻っていく。
そして、俺も含め四人で段ボールの前に屈む。
その中には四匹の子猫。捨てられたんだろう、四匹が四匹とも円らな瞳でこっちを見てくる。
はっきり言って、もの凄く可愛い。これぞ癒し。思わず抱きしめたくなる。けどきっと俺らの力で潰しちまうからやめておく。
段ボールを発見したのは今から一週間前。
その日もいつも通りに四人で駄弁りながら歩いていたら、覚えのないものを道端に発見。
好奇心で覗き込んでみたところ、なんともまぁ愛らしい子猫がいるではないか。
四人全員、犬より猫派なので、そのときのテンションは酒が入ったように上がってた気がする。酒飲んだことないけど。
しかし持ち帰るなんてできなくて、その日は一通り撫でてさようなら。
次の日には、思わず学校の購買で買ったパンのかけらを。
その翌日には、コンビニでミルクを買ってあげた。
そして本日もやはり、
「あぁ俺の小遣いが」
「でもあげたくなっちゃうじゃーん」
「……貢がされてる、気分…」
「勝手に貢いでるだけだろ」
四人で割り勘してコンビニにてミルクとパンを購入。
なけなしの小遣いをはたいて買った一つのパンを四等分にして、それぞれ平等に与えてやる。
すると凄くうれしそうに食べ始めるから、俺達の顔は全員ほわわわわーっとしてくる。
この嬉しそうな顔が見れるのなら、毎日あげたくなるよな。実際あげてるんだけども。
その嬉しそうな顔を見て微笑んでる俺達の顔を、クラスメイトが見たらどうなるだろうか。
きっと写メって翌日の朝には大騒ぎなんだろうな、なんて。……冗談に聞こえなくなってきた。止めよう。
「…涼芽、お前あと何円残ってる?」
「イチキュッパがぎりぎり買えるぐらい」
「真桜は?」
「のぐっちまでも達してないよーん」
「晃希はどう?」
「……諭吉様の、半分の、さらに半分…」
「このままこいつらに貢いでたら?」
「「「破産」」」
全員見事に一致。素晴らしいコンビネーション。拍手してほしいぐらい。
ち なみに真桜の言ってる『のぐっち』は野口さん。千円札の人ね。
あ、今、通りかかったおばちゃんに凄い変な眼で見られた。まぁそれも仕方がないか。
いい年した高校生が、しかも見た目不良のいかつい男四人が、座り込んで可愛らしい子猫を慈愛に満ちた顔で眺めている。
これ以上にシュールな光景が、この田舎の中で他にどこにあるだろうか。
「こいつら、どーする」
「俺んちマンションだぜ。無理無理」
「僕んとこもマンションだしししーん」
「家族が…猫、ダメ……」
全員、溜息。
どうにかしてあげたい気持ちは山々だけども、誰一人として飼える環境ではいない。ちなみに俺もマンション住まいのため飼えない。
「あ」
不意に涼芽が声をあげる。
何事かと顔を上げると、今まで大人しく段ボールの入っていた子猫たちが一斉に飛び出して、一人一人の胸に飛び込んできた。
俺には真っ黒な子猫。
涼芽には白に黒いぶちのある子猫。
真桜には茶色いトラ模様の子猫。
晃希には白と茶色がミックスした子猫。
四匹とも、それぞれの胸にマーキングするかのように頭をぐりぐりしている。
どうしよう、めっちゃ可愛い。
「僕この子貰う!マンションでも飼うし!隠しながら飼うしぃいい!!」
真桜が早速トラ猫を思い切り抱きしめている。
すごい、可愛い。やばい、羨ましい。
思わず片言になるぐらいには幸せそうな光景が、目の前で繰り広げられている。
それを見た俺と涼芽と晃希も、真桜にならって猫を抱きしめる。
猫は黙っておとなしくしている。時折、俺の手を舐めてきたりする。
あぁ、俺、死んでもいいかもしれない。それぐらい幸せです、今。
その瞬間。
「え、ちょっ!」
四匹の猫がまたも一斉に飛び出す。今度は俺達の腕の中から。
しかも四匹とも走っていく方向がバラバラ。
なん、え、なんだよ。
咄嗟のことで、俺は自分のところにいた黒猫を追う。きっと他の三人も自分のとこにいた猫を追っているだろう。
なんで追いかけてるのかはわからないけれど、折角懐いてくれたのにこのまま逃げられるなんて、嫌じゃんか。
例えると、うまくいきかけたナンパの途中で女の子に全力疾走された感じ。ごめんわかりづらい。
数十メートル走ってようやく猫が止まった。
おいでおいで、と手招きをすると無視された。ちょっとショック。
「なぁー、さっきまで懐いてきたじゃんかよ」
話しかけてみるも無視。仕方がなく近づいてみても無視。
これは、もしかして捕まえろってことなのでは。俺は今、このツンデレ猫に試されてるのでは。
私を捕まえてごらんなさい、と。なるほど。多分違うわ。
それでも、この猫を捕まえるってことには間違いがないようで。ちょっと手招きさえされた気がする。
ゆっくりと腹を抱えるような手で近づくと、急にまた走り出した。
「あ、くそっ…」
なんだよ違うのかよ。俺恥ずかしいじゃんか。そう思いながら。まだ諦めずに追う。いや、追おうとした。
黒猫が走り出した先は道路。
飛び出した俺の右からはトラックが。
これ、轢かれるフラグじゃね?
そう思ったのが最後、衝撃波とともに激痛がやってきた。
なんか、腰がすごい横に曲がってる気がする。そしてなんかバク転した気がする。そしてそして頭から落下した気がする。
え、待って待って待って。
人生の最後って、こんなあっけなくていいの?いやダメだろ。少なくとも俺はダメだぞ。
そんなことを思っても意識はどんどん遠ざかっていく。
閉じかけた目に焼き付いたのは、炎天下の中こっちを見つめる黒猫だった。