―――スペースシャトル、問題発生
―――京都・半森林化郊外
湿った風が吹いて、人々の頬を撫でてはふわりと通り過ぎていく。風に撫でられた頬にはするすると汗が流れ、滴り地面を湿らせた。
澄んだ青い空の中からは燦々と太陽の光が降り注ぎ、この世界を光で包み込んでいる。
しかしその光は、人々に一抹の希望を与えると共に、容赦なく照りつけ人々の体力を奪っていくのだった。
そんな気候の中を、俺たち四人は崩壊した文明建築物の並ぶ町中を抜け、段々と半森林化しつつある郊外の中を歩いていた。
「万華、大体こっちのほうで道はあってるよな?」
「そうですね、あってると思いますよ」
俺が万華にそう尋ねると、万華が地図の書かれた書物と周囲の地形や太陽の位置を見比べながら答える。
それを見て麻美が不満そうに口を尖らせた。
「……万華ずるいぞ、一人だけ荷物が少ないじゃないか。……その分私の荷物が多いし」
するとそんな不服そうな麻美を見て、かすみが麻美に向かって微笑んだ。
「でも、あさみが荷物を持ってくれるおかげで助かるわ。ありがとうね、あさみ」
「かすみ……」
かすみが空いていた手で麻美のことを撫でる。すると麻美は少し微笑んだ。
「ありがと、かすみ。このくらいの荷物私頑張るよ。……まぁ、万華には持てないからしょうがないよね」
しかし最後にボソッと麻美が毒づいた。その言葉を聞き逃さなかった万華がむっとする。
「あさみだって、地図読めないじゃないですか!」
「よ、読めるもん!……きっと!」
「「むーっ」」
麻美と万華が睨み合い、かすみがそれを宥めようとあたふたしている。
俺はそれを見て溜息をついた。
俺たちは今、大阪の日本橋へと向かって歩いていた。みんなで手分けして、野営の準備や食料やスペースシャトルの図面やら、いろんなものを大きな鞄に詰め込んで、万華の持つ地図を頼りに移動している最中である。
何故、俺たちが突然大阪へと向かうことになったのか。それには理由がある。
それは昨日、今頃の刻、スペースシャトルにある問題を発見した為だった―――。
「……かすみ」
丁度昨日、今の刻だった。
燦々と太陽が照りつけ、俺の額からするすると汗が流れた。汗は地面に滴り落ち、砂利の溢れる地面を湿らせる。
俺はその汗を拭うと、かすみの名を呼んだ。
「何、さとる?設計図なんて見つめて。何か問題でもあったの?このスペースシャトルが動かなくなるような問題でも」
かすみがその言葉に不思議そうに近づいてきて、真剣に図面を見つめる俺の事を訝しそうに見ては、ひょこっと図面を覗き込んだ。
そんなかすみを見る事も出来ず、俺は図面と睨め合う。さらさらと先ほどまで流れていた汗が、少し脂汗を帯びてきた。
「そうかも、しれない……」
俺は図面を見つめながら言いづらそうにそう告げた。
そんな俺の言葉を聞くと、かすみが不安そうに声を漏らした。
少し離れたところにいた麻美と万華が不思議そうに顔を見合わせ、こちらに近寄ってきた。
「ん?どういうこと?あたしにも聞かせて?」
「ここまできて、これが動かないとかありえませんよ?」
不安そうに二人が近づいてくると、二人も一緒になって図面を覗き込んだ。四人の影が図面に映り、設計図に影が差した。
俺はその図面に差した影を見ると、顔を上げスペースシャトルを仰ぎ見た。太陽がその側面を照らし出し、スペースシャトルがてらりと輝いた。
この輝きは俺たちの希望になり得るのだろうか―――。
俺の心に不安が揺らぎ、その揺らぎが俺に焦りを教える。
「それが、だな。この中枢」
俺はまた設計図に目を落とすと、ある一点を指さした。
それを見て、かすみが首を傾げた。
「制御エンジン?」
「制御エンジンがどうかしたのですか?」
万華がかすみの後に続いてそう尋ねた。麻美はよく理解できていないのか、首を傾げて不思議そうに唸りながら考え込んでいる。
俺はそんな三人の様子を把握しながら、不安そうに口を開いた。
「あぁ、それを動かせる電力がこの京都中を集めても足りないかも、しれない」
少し重みのある汗が、額からたらりと流れた。
かすみの踏んだ木の枝がポキリと割れて後方へと飛んで行き、その枝が万華の額に直撃した。
万華が額を押さえて呻き声を上げ、泣き出す。
「あ、ご、ごめん、万華!」
「ごめんですんだらこの世は平和ですよ……。かすみねぇ、わざとでしょ!わざと!」
万華が申し訳なさそうに謝るかすみを見上げながら、目に涙を溜めて恨めしそうに喚いた。そんな万華を見て、かすみが申し訳なさそうにあわあわしている。
そんな様子を見て、麻美がにやにやと笑い出した。
「すぐ泣くとか、万華はまだまだ子どもだなー」
麻美がそう言うと、それを聞いた万華が麻美のことをキッと睨んだ。
「うるさいです!あさみみたいな夜万華を抱かないと寝れないようなお子ちゃまに言われたくないですよ!」
「う、そ、そんなことないぞ!それは万華が」
「私はなーんにも言ってないですよー」
万華に痛いところを突かれた麻美は狼狽える。
しかし、万華に嘯かれてむっとした麻美は、万華の弱みを思い出して突き始めた。
「いや、言ったぞ!この前夜雷が鳴ったときとか……」
「うえ!?そ、それは……っ。あ、麻美も怖がってたじゃないですか!」
そこを突かれた万華は狼狽えるが、苦し紛れに言葉を吐き出した。するとまた麻美が狼狽えて、言い返す言葉を探そうと焦り始める。
俺はそれを見ると呆れたように微笑んで、宥めようと二人の頭をぽんっと軽く叩いた。
「はいはい、そこまでにしような二人とも」
そう言われた二人は口喧嘩を止めたが、不機嫌そうに睨め合ってお互い目を離そうとしなかった。
全く、仲がいいのか悪いのか……。
かすみがそんな二人の様子を見て困ったように微笑んだ。
するとその時、何かを思い出したように、かすみが口を開いた。
「あ、そうだ、さとる。大阪までってどのくらい時間がかかるの?」
かすみにそう尋ねられると、俺は少し考え込んだ。
「あー、そうだな……。大体、三日ってところじゃないか?あんまり俺たち歩き慣れてないし、野営になるからな。まぁ、いつも半壊の城に住んでるんだけど」
俺は考え込みながらそう言うと苦笑いを浮かべた。
その時ふと、俺の脳裏にあの二条城が過ぎった。
遠い昔江戸幕府が存在していたときに、将軍宣下に伴う賀儀と、大政奉還が行われた江戸幕府の始まりと終焉の場所。俺たちの帰る場所で、俺たちの始まりできっと何かの終焉の場所―――。
その終焉が果たして何を意味し、俺たちに希望を与えるのか、絶望を与えるのか―――。
その二条城のすぐそばに光を反射させてスペースシャトルが鈍く輝き、その周り―――俺の周りで、喧嘩も絶えないが笑顔も絶えることない、貧しくとも幸せな日々が脳裏に浮かんでは消えていく。
なんだか俺は急にそれが懐かしく思えて、怖くなった。
首を振って、考えるのを止める。
「お兄、どうしたのですか?」
するとその様子を見ていたらしい万華がそう心配そうに尋ねてきた。そんな万華の顔を見て、俺は微笑んで万華の頭を優しく撫でた。
「いや、何でもない。ごめんな万華、心配かけて。……かすみ、話を続けて?」
俺がそう言うと、かすみも少し心配そうな顔を見せていたが、頷いてまた口を開いた。
「あ、うん。えっとね、三日もあるんだったら、少し寄り道して見ていきたい場所があるんだけど……」
「なになに?どんなとこ!?」
その時、麻美が興味津々に身を乗り出してきてそう尋ねた。そんな麻美にかすみは最初驚いたが、そのあと麻美の楽しそうな表情を見てクスリと微笑む。その様子を見ていて、俺と万華も微笑んだ。麻美はそんな俺たちを見て、不思議そうに首を傾げた。
「プラ・ブロードウェイ。そう呼ばれているらしいんだけど」
「ぷら・ぶろーどうぇい……?」
かすみが微笑みながらそう答えた。俺は聞き慣れない単語に首を傾げる。
すると、かすみが念を押すようにまた口を開いた。
「そう、プラ・ブロードウェイ!なんでも、元々サブカルチャーっていう日本独特の文化の、発信地だったらしいんだけど、今では生き残った人たちが共同生活してるらしいの」
「お姉、その情報はどこで聞いたのです?」
万華がその情報を聞いて、少し訝しそうに首を傾げた。すると、そんな万華を見てかすみが微笑みながら答えた。
「下鴨に住んでる源じぃからよ」
「「「あぁ……」」」
かすみが口にした人物の名前を聞いて、俺たちはなるほど納得した。
源じぃというのは、下鴨に住むご老体のことである。今では珍しく、人類が月に移り住む以前の記憶を持つ人物である。それ故いろんな情報を持ち、通称を生き字引と呼ばれている。もう百をとうに超えているはずだが、今現在も元気に生きている超人的なじぃさんだ。
その時、かすみが俺のすぐ前へと近づくと、俺の顔を覗き込むように見上げてきた。
「とにかく、そこに行きたいの。ダメ、かな?」
俺を覗き込む目が期待に少し潤んでいる。俺の心が僅かに揺れ動くのを感じた。
「おやおや、奥様がご希望を述べておりますよ?お兄、どうされます?」
万華が悪戯っぽくニヤニヤと微笑んで、俺に肘を当ててくる。俺はそんな万華の顔を見ると少しむっとした。しかしその時かすみの顔が視界に入り、俺の目にかすみの潤む目が映る。かすみの潤む上目遣う目が心配そうに揺れた。俺はそんなかすみの様子を見ていて自然に笑みが零れた。
「そうだな、どうせ通り道になるんだし、かすみが行きたいなら行ってみようか」
俺がそう言うと、かすみの顔が嬉しそうに輝いていくのが見えた。
「本当に!?ありがと、さとる!」
そう言ってかすみが俺に抱きついくる。俺はそんなかすみの様子に驚き、少し困ったように慌てた。
そんな俺たちの様子に麻美が冷ややかな視線を向け、呆れたように溜息を吐く。
「全く、見てられないぜ、この二人は」
そんな俺たちの様子を見て、万華がクスリと微笑んでいた。