―――冷たい部屋、アサギとエイジ
―――デュランダル艦内・共同部屋
「ああやって秘密を教えて戻れないようにすなんて、艦長も策士だなぁ。ま、こっちも教えちゃったし、月に戻るつもりはさらさらないんだけどねぇ」
薄くて少し堅めの簡素なベッドの上で、アサギはぼんやりと天井を眺めていた。その部屋には、二つのベッドと小さな机しかなく、とても簡素で殺風景な部屋だった。
小窓からは、何処までも続く深い闇が広がり、遠くの方で星が輝いている。
どこか少し冷たさを感じさせるその部屋には、見渡した限り数台の監視カメラが設置されていた。
部屋の外へと通じる扉には鍵が掛けられている。それを見て、アサギは少し悲しそうに溜息を吐いた。
「監視かぁ……。まぁ、別にいいんだけどね」
すると刹那、鍵の掛かっている扉からカチャカチャと音が聞こえ、静かになったかと思うと扉が開いた。そこから、女と男が入ってくる。
その女―――イバラはどこか不機嫌そうで、男―――エイジはそれを嫌そうに見ていた。
「ここ」
イバラが部屋の中をあごで示しながら、不機嫌そうにそう言った。アサギのことを見つけると、少し睨んでから顔を背けた。
エイジはイバラを見ていて、訝しそうに眉を顰める。
「……なんでそんなに機嫌悪いんだよ、イバラ。もしかして眠いのか」
「……あたし、あんたが暴走してる間大変だったんだけど」
「それはほんとすまねぇ……」
エイジが申し訳なさそうに目を反らすと、イバラが鼻を鳴らす。イバラは部屋の鍵を閉めると、中へツカツカと入っていった。エイジもそれについて行く。そしてアサギの前まで来ると、イバラはもう一つのベッドへとドカッと座り込んだ。エイジもそこへ座り込む。
「え……、えっと……」
アサギがそれを見て、困惑気味に声を漏らす。すると、そんなアサギに構うことなく、イバラがアサギのことを唐突に指さした。
「こいつが例の救出した少年ね、海堂アサギだっけ?」
「あぁ、えっと、うん、そう。僕の名前は海堂アサギで間違いないよ。逆に海堂アサギ以外の名前は持ったことないし、持ってたらちょっとスパイっぽいよね。でも僕はスパイじゃないから海堂アサギ以外の名前はないよ。あーでも、二つ名とかあったらかっこいいよね、そうゆうのは欲しいな、でもさ、」
「うっさい」
困惑気味ながらも饒舌なアサギを、イバラが機嫌悪そうに一蹴する。アサギが慌てて閉口した。そのやりとりをエイジが怪訝そうに見ている。
イバラが少し苛ついた様子で、口早く雑に話した。
「で、あたしの名前は、倉敷イバラ。こっちは九流エイジよ」
そう挨拶すると、アサギが手を挙げてよろしくねーと言った。
エイジが頬を掻きながら軽く会釈をして挨拶を返す。イバラはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「私たちはさっきの戦いでPGに乗ってたのよ。こんのエイジが暴れまくったせいで死にかけたけどね、あ・た・しッ」
それを聞いて、エイジが「悪かったな……」と申し訳なさそうに呻く。
その時、アサギが合点がいったように手を叩いた。
「あぁ!君たちあのPGだったんだ!暴れ回ってたPGがエイジで、エイジを庇いながらもしなやかに戦ってたのがイバラなんだね!イバラに向かって放たれた光線で僕も巻き添え食らって死にかけたんだけど」
「え、何、全部俺のせいになるのかよこれ」
エイジが嫌悪感を顔に浮かべた。イバラが、「事実じゃない、あんたのせいだもの」と睨んでくる。
エイジは言い返せず、目を反らした。
イバラはそれをじっと見ていて、その後「まあいいけどね」と声を漏らして元に戻る。それを聞いたエイジは、イバラをびっくりしたように見つめた後、ほんの少し微笑んだ。
「ま、そうゆうことよ」
イバラはそう言うと、ベッドの上から立ち上がって、部屋の合い鍵をエイジへと投げた。そして、扉の方へと歩いて行く。
それを見て、エイジは一瞬ぽかんとした後、慌てて立ち上がった。
「お、おい!!これどういうことだよ!?」
するとイバラはエイジを振り返って、少し機嫌よくなったように悪戯っぽく笑った。
「そのままの意味よ、監視よろしく~」
手のひらをヒラヒラさせながら、扉の鍵を開けていく。
それを聞いて、エイジはまたもやぽかんとした後、イバラの方へと駆けだした。
「え、お、おい!そんなの聞いてないぞ!?」
すると鍵を開け終わったイバラが、扉に手を掛けながらエイジを見てニヤニヤと笑った。
「残念でしたー、スバルがエイジに監視させろって言ってたのよ」
「え……。もしかしてあいつ、結構怒ってるのか……?」
エイジが一瞬にして引きつり、それを見てイバラが「ざまあみなさい」とケタケタ笑う。
エイジが眉間に手のひらを押さえつけた。
「じゃあ、監視よろしくねぇ」
イバラが手をヒラヒラと振りながら部屋を出ていった。鍵を閉める音が響き渡る。
その様子を、額に手を置きながら終始俯き気味に見ていたエイジは、その時溜息を吐いた。
そして少ししてから、アサギの方をゆっくりと振り返る。
すると、二人の様子をぽかんと見ていたアサギが戸惑い気味に頬を掻いた。
「えっと……エイジも大変だね……?」
「同情すんじゃねぇよ!」
苛つき気味のエイジが、またドカッとベッドに腰掛けた。
アサギがそれを手持ちぶさたにずっと見つめている。
しばらくエイジはむすっとして座っていたが、アサギの視線に耐えかね口を開いた。
「……なんだよ」
「いや……」
エイジはまた口を噤む。しかし、アサギは手持ちぶさたにずっとエイジのことを眺めてきた。
それを一瞥して、エイジは溜息を吐く。
エイジは頭を掻いて、そしてアサギに手を差し出した。
「……改めて、俺はエイジだ。よろしく」
「うん、よろしくね、エイジ」
出された手を見て、アサギはその手を取って少し微笑んだ。
その簡素な部屋には、人が少し動いたために、布の擦れた音とベッドがほんの少し軋んだ音が響く。それ以外には音はなく、とても静かだった。
窓の外には、この簡素な部屋よりもずっと静かに見える闇が何処までも広がっている。
その闇の中で、小さな星が少し瞬いた。