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ETERNAL BREATH  君のための鎮魂歌  作者: 小野宮 夢遊
第三話「sea‐through communication」
24/26

―――医務室、その白い部屋に


―――デュランダル艦内・医務室

 白い部屋に、消毒液やワセリンの独特な匂いが、静かに滞留していた。音のないその空間にはどこか緊張感を感じさせるものがある。戸棚に並ぶ薬品瓶のラベルだけが唯一色を見せ、静かにその部屋を見下ろしていた。

 その部屋の一角に、まるでベールのような白い布に包まれた区間があった。その中には一つのベッドが置かれており、少し乱れた真っ白な寝具の中に、1人の男が眠っている。

 その傍らに、静かな空間と同化するように俺は腰掛け、じっと男の様子を眺めていた。

 その時、ベッドに横たわる男が少し身じろぐ。

 刹那、その男―――エイジは静かに瞼を開き、その瞳を露わにしていった。

 「……ここは……」

 「医務室だ」

 どこかぼんやりとした様子のエイジに、俺は答える。

 すると、傍らにいる俺に気づいたエイジが、こちらに驚いた表情を向けた。

 「スバル……、お前なんでここに……、いや、なんで、俺はここに……?」

 「覚えてないのか?」

 俺がエイジを見て眉を顰めると、エイジは目を見開き、そして考え込むように額に皺を寄せた。

 そして、こめかみを押さえる。

 「あぁ……。はっきりとはしねぇけど、なんとなく、なんとなく思い出した。何をしたかは覚えてねぇけど、迷惑かけたみてぇだな、すまねぇ……」

 「……もう、大丈夫なのか?」

 心配そうに声をかけると、エイジは少し悲しそうな表情を見せた。白い天井を眺めた後に、エイジは目を伏せる。

 「大丈夫だ……と言って見せたら、俺はお前を裏切ったことになるだろうな。……大丈夫じゃねぇよ。気持ちの整理も付きはしねぇ……きっと一生な」

 エイジはまたじっと天井を見つめる。天井は何処までも白く、煌々と白色灯の光が蔓延っていた。

 エイジはそれをじっと見続けていた。刹那、また口を開く。しかし今度は、まっすぐな目をしていた。

 「……憎いんだ。俺はずっと、復讐のために生きてきたんだ。今もそうだ。俺は復讐のために生きてる。今も忘れねぇ、あの日の記憶。……でもな」

 そう言うと、エイジが俺の方へと向き直った。でもな、とまた繰り返して、俺の顔をまっすぐ見る。

 「俺は、お前のため……いや、このデュランダルのためにも生きてる。だから、迷惑をかけるのは、本望じゃねぇんだ。だから、その……」

 そう言うと、エイジは俯き、少し言いにくそうに口を噤んだ。

 そしてその後、俺の顔をまっすぐ見て、しかし少し恥ずかしそうに目を反らし口を開く。

 「……少しずつ、俺の昔話を聞いてくれねぇか。お前には、話そうと思ってたんだ。話さなきゃいけねぇって。その方が、きっと俺のためにも、お前のためにもいいだろうと……」

 その話を聞いて、俺は目を丸くした。そしてその後、堪えきれずに俺は笑い出す。

 エイジはそれを見て、慌てたように怒鳴った。

 「な、なんだよ!!悪ぃかよ!!」

 それを見て、俺は笑いながら口を開く。  

 「いや、嬉しいぞ?話してくれ、その方がお前のためにもなるだろう。1人で抱え込むのはよくないからな、また暴走を引き起こすことになる」

 しかし笑いは収まらず、俺は笑い続ける。するとエイジが不機嫌そうに怒りながら布団に少し潜り、「クレハとイバラには言うなよ!!」と怒鳴った。

 それを聞いて俺も、「大丈夫だ、安心しろ」と返す。

 俺は息を吐いて、笑いを収めた。それを、エイジが不満そうな顔で睨んでいる。

 俺はそれを見て、またクスリと微笑んだ。エイジが「死ね!」と睨む。俺は「すまん」と謝った。

 俺は笑いを抑えてまた口を開く。それを、エイジが睨んでいた。

 「実はな、心配だったんだ。ずっとお前のことが。お前が思い詰めていたことは知っていた。けど、それに対して俺は何もできなかった。そしたら、お前があんなことになってしまって。負い目を少し感じたよ」

 俺がそう話し始めると、睨むことをやめたエイジがそろりと布団から顔を出した。

 それを見て、俺は話を続ける。

 「だから、お前が話してくれるなら。それで少し、お前が楽になれるなら。俺は嬉しい。お前はこのデュランダルの一員だ。その前に、俺の親友だ。お前の味方だ。そうだろう?頼ってくれ」

 そう尋ねると、エイジがはっとしたように俺を見て、その後、静かに頷いた。

 「あぁ、そうだった、な……」

 エイジは放心したようにぽかんとしながら考え込んでいた。

 しかしその時、何かに思い当たったらしいエイジが突然くくくっと笑い出した。

 そしてくしゃっと笑って、俺のことを見る。

 「そうだった。俺にはお前がいたんだ」

 俺はそれを見て、微笑みながら頷いた。

 「そうだ、俺がいる。クレハもイバラもいる。お前はひとりじゃないんだ」

 「だよな、みんないるんだ」

 エイジが明るく少年のように笑う。それを見て、俺も微笑みながら頷いた。


 「でだな」

 「おう、なんかあったか?」

 エイジの様子がだいぶ平常を取り戻してきたのを見て、俺は話題を変える。

 エイジもいつもの調子で尋ねてきた。

 俺はそれを見て、口を開く。

 「お前が寝ている間、半壊した敵のPGに乗る少年が助けを求めてきたから、救出した」

 「おお、そうなのか!……って、はぁ!?」

 その時エイジが叫びながらベッドから飛び起きた。突然起き上がったために頭痛が起きたようで頭を押さえる。

 苦しそうに頭を押さえながら、エイジが再び尋ねてきた。

 「スバル、それどういうことなんだ、大丈夫なのかよ、いや、大丈夫じゃねぇよ」

 「半壊したPGの中で捕虜にしてくれと懇願してきたんだ。俺たちに個人的な興味があってこの討伐に参加したが、上官のせいでPGが半壊し身動きが取れなくなっていたらしい。生きたかった、それ以外に捕虜に名乗り出た理由はないと。とりあえず今は、捕虜ではなくあくまで救出として監視中だ」

 その時、頭痛が緩和したらしいエイジが、頭から手を離して怪訝そうに眉を顰めた。

 「それ、ほんとに大丈夫か……?敵のスパイだったらどうするんだよ……」

 「手はとりあえず打ってある。やつはもう月側に戻れはしないだろう」

 「でもなぁ……」

 エイジは訝しそうに口を開く。しかし俺の顔を見て口を噤み、その後諦めたように溜息を吐いた。

 「お前が大丈夫だって言うんなら大丈夫なんだもんな、信じますぜ、艦長」

 「あぁ、信じてくれ」

 俺が自信を持ってそう言うと、エイジがふっと微笑んだ。

 俺はそれを見て、ほんの少し微笑む。

 「起きられそうなら、その救出した少年に会いに行ってくれ。イバラに聞けば連れていってくれるだろう。……もしかしたら、不機嫌かもしれないが」

 それを聞いて、エイジが「不機嫌なのは困ったな」と笑う。俺はそれを見て、立ち上がった。

 「とりあえず、行けそうになったら行ってくれ、頼んだぞ」

 「あぁ、もう少ししたら行ってくるわ。……ありがとうな、スバル」

 「あぁ」

 俺は返事をすると、白いベールの端からその場を後にした。

 後ろでは、エイジが微笑んでいた。

 白い部屋を歩くと、充満している消毒液やワセリンの匂いが渦を巻いて乱れた。

 通り過ぎると、その匂いはまた、静寂に包まれた白い部屋にじっと滞留するのだった。


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