―――食堂、暖かな湯気
―――デュランダル艦内・食堂
食器同士のぶつかる音がした。フォークと食器がカチャカチャと音を立てる。
後には咀嚼する音と、水を飲み込む音がよく聞こえた。
その音の主は、先ほど保護したアサギである。いつもならこの時間の食堂は、軽く軽食を取りに来た人や飲み物を飲み寛ぐ人しかいないのだが、今は野次馬が多く集まり始めている。
その野次馬の中心には、すごい勢いで食べ物を平らげていくアサギの姿と、俺、イバラ、クレハの姿があった。
次から次へと出される料理からは、暖かで柔らかな湯気がたゆたい、その湯気に乗って、鼻孔を擽る匂いが優しく広がっていた。
その料理を次から次へと食い尽くすアサギを見て、俺たちは驚き呆れた。
「お腹がすいた……なんて、救出してから倒れたものだから食堂に連れてきたら……、よく食べるのね、君……」
クレハが驚いたようにそう呟くと、アサギが満面の笑みを見せた。
「ここの料理おいしすぎるよ!プロの料理人でも乗せてるの?もう感動!!君たち毎日こんなおいしいもの食べてるとか……。いいなぁ、僕も最初っから君たちの仲間だったらよかったのにー。誘ってよねー」
「……意味分からないやつ。よく敵に出されたものを躊躇なくそんなに食べられるわね……」
イバラが訝しそうにアサギのことを見る。その間にも、アサギは一皿平らげた。
「だってお腹空いてたし、それにまだ情報を引き出してないのに殺さないでしょ?それにこんなおいしそうな料理を目の前にして食べない方がおかしいよ!ちょっと毒が入ってても食べたいくはいはね、へも、ほひはらひんふ……もぐもぐ」
「あー、分かったわよ、分かったからしゃべらなくていいわ」
イバラが呆れて、手を払うように振った。それを見て、アサギは黙々と食べ進めていく。
少し嬉しそうに顔が綻んでいる料理担当乗員が、また暖かな湯気のたゆたう料理をテーブルに置いていった。
「……で、だ。海堂アサギ。お前の望みは何だ」
アサギが満足げに腹を擦り始めた頃、俺は腕を組みながら眉を顰め、尋ねた。
それを聞いて、アサギは訝しそうに首を傾ぐ。
「望み?そんなものないよ。僕は生きたかっただけ。だから、助けてもらいたかったんだ。上官に見捨てられちゃったしさ。……ってかあの上官、本気で僕に向かってぶっ放してきたとか信じられない。今度あったらシメてやる。……上官にそんなことできないけどね。組織はつらいよねー」
アサギが不満そうに口を尖らせて肩を落とした。それを見て、俺は眉を顰めながら再び尋ねる。
「……本当にそれだけか?」
するとアサギは、驚いたように目を見開いた。そしてまた口を尖らせる。
「何、そんなに信用ないの?参ったなぁ、まあ仕方ないんだろうけど」
そう言うと、アサギは考えるように上を見た。そして、また口を開く
「じゃあそうだな……。こういったら、信憑性増すし、僕の行動が理解できるかな。僕は、君たちのことに興味があったんだよ」
「な……!」
そう言うと、イバラが驚き怒って立ち上がり、身を乗り出した。
それを見て、アサギが焦ったように手を振る。
「いや、興味と言っても月側としてじゃなくて、個人的にね!ただ僕個人的に!」
それを聞くと、イバラがむすっとしながらも席に着いた。それを見て、アサギは胸を撫で下ろす。
そして再び話を続けた。
「実はね、僕は個人的に、君たちデュランダルに興味があったんだ。だから僕は、君たちと接触したくてこの作戦に志願したんだよ。……まさか、上官に死んだことにされて、こんな風に君たちと接触できるとは思ってなかったけどね」
肩をすくめたアサギを見て、イバラが未だ怪訝そうに眉を顰める。
すると再び、アサギがしっかりと俺のことを見つめ、口を開いた。
「とにかく、僕は君たちに興味があった。だからこの作戦に志願したんだけど、上官のせいでちょっと死にそうになっちゃって。で。でも僕は生きたかったから君たちの捕虜を名乗り出た、そういうことさ」
「本当に、それだけか?」
俺がそう尋ねると、アサギが俺の目をまっすぐに見つめた。
「本当に、それだけさ」
俺はアサギの目をじっと見つめる。その目は、揺らぎのないまっすぐなものだった。
「……よし、分かった」
「スバル……!」
イバラが不満そうに俺のことを見てきた。俺はそれを一瞥してからまたアサギへと向き直る。
アサギは俺の返事を聞いて、少し嬉しそうだった。
「ただし」
俺がそう続けると、アサギの顔が少し緊張気味に引き締まるのが見えた。
俺はそれをじっと見つめながら、言葉を続けた。
「ただし、残念ながら捕虜にはしない。あくまで救出だ。そして監視をつけさせてもらう」
それを聞いたアサギが、少し残念そうにしゅんとしたのが見えた。それを見て、俺は首を傾ぐ。
「なんだ、不満か?監視」
「いや、そういうことじゃないよ。元からそこまで信じてもらえるとも思ってないしね。……ただ、捕虜じゃないんだなって」
「ああそうだ、捕虜じゃない。あくまで救出だ」
それを聞いたアサギは、少しつまらなそうに「ふぅん」と呟く。
それを見て俺も「そういうことだ」と言葉を返した。
「でだな、ここからが重要だ」
俺はそう言うと、手を組んでテーブルに肘を付いた。すると、ほんの少し不敵に微笑む。
「月政府が秘匿していた地球の現状とデュランダルの目的を教えよう。だから代わりに」
「月の内情……だね?いいよ、了解」
アサギもそれを見て、悪戯っぽくニヤリと微笑んだ。