―――少年少女、制作
地球は青かった。
かつて、初の宇宙旅行に旅立った人間が言ったという。
透き通るように青く輝く、美しい奇跡の星。生命の故郷、母なる地球。
しかしそう言われ称えられたこの星は、地球人が滅亡の運命を辿りつつある今も、青く美しく輝いているのだろうか。
そんなことは俺たちは知らない。知るよしもなかった。
かつてこの世の栄華を極めたという都、京都。国の中心として栄え、天皇貴族が優雅に暮らし、庶民も活気に溢れた生活を送っていたという。季節や自然を楽しみながら、優雅に和歌を詠いあった時代は今はもう歴史の奥底に眠っている。
しかし現在この地球は、とうに荒廃していた。
俺の住む京都も、昔の繁栄は見る影もなく荒みきった場所になっている。
俺が勝手に住み着いてるこの旧二条城も、他の場所よりは石垣があるために高くなっているが、ただのだだっ広い広場と化している。
「さとるー!今日のごはんどうするのー?どの物資から開けるんだっけー?」
少女――かすみがそう俺に尋ねてきた。俺――二雪暁はその問いを聞いて、自分の作業をしながら答える。
「あぁ、この一番奥のじゃないか?古いのから食べてかないとヤバいだろ」
「それくらいわかってるよー!どれが一番古いのかわからなかったから聞いたの!もう!」
俺がそう答えると、かすみが少し口を尖らせてそう言った。すると、その会話を聞いていた少女――万華が楽しそうに笑いながら口を開く。
「おやおや、お二人方、早速痴話げんかですかな~。まったく、見ていて飽きないですね~。まんげの娯楽はやっぱりお兄たちで支えられていますねぇ」
「おいこら!なに勝手に脳内変換してやがる!普通の会話だろうが!なんで痴話喧嘩になってるんだよ!」
「そ、そうだよ!私がさとるに聞いただけでしょ!」
俺がそう少し怒鳴りながら言うと、かすみも少し怒った様子でそう告げる。
「いやいや、その端々に初々しいカップルの匂いが漂ってきますぞ~」
しかし万華は楽しそうに茶々を入れた。すると、この会話を途中から聞いていたらしい少女――麻美が腕まくりをする素振りを見せて近づいてきた。
「なになに~!喧嘩か!さとる!取っ組み合いなら負けないよ!」
「話がややこしくなるからやめろ!まったく、そんなにぶん殴られたいか……」
俺はそんな麻美を見て溜息を吐く。すると、今度はそんな俺を見て3人が蔑むような目を俺に向けた。
「殴るのは勘弁してよ、さとる~。女の子に拳振り上げるなんてサイテーだぞ!」
「ほんとにね」
「お兄、さすがにあさみが元気いっぱいで少し男の子っぽい行動取るからといって、拳を振り上げるのはまんげもどうかと……」
「おい、最初に喧嘩売ってきたのはどこのどいつだよ……」
俺はそれを聞いて溜息を吐いた。
俺には、両親がいなかった。顔も覚えていなければ、一緒に暮らした記憶もない。きっとこんな世の中だから、何処かで野垂れ死んだのだろう。
けれども、物心ついたときからこの同じような境遇の少女たちと暮らしてきたことは覚えている。
一番上の成瀬かすみ。俺より一つ下の小鳥遊麻美。四つ下の宵山万華。
昔からずっと4人で暮らしてきたので、もうお互いの間合いも分かっているために、こういう日常的なやりとりは手慣れたものだった。
……しかし、今俺たちが食べて生きながらえているのは、ある意味奇跡のようなものだった。荒廃しきったこの地球は、月面人に見放されて滅び行く運命にあったはずだったからだ。
しかし、そんな地球に、あるとき流れ星の欠片が落ちてきた。
それは遠い宇宙、月からの贈り物。俺たちが生きていくための『物資』だった。
これのおかげで、俺たちはこの年まで生きることが出来てきた。しかし、それも段々とじり貧になっている。俺たちは、月面人の施しだけでは生きていけなくなるかもしれない。
その危機を脱する為に、俺たちは物資の残りやこの世界に残された文明の残骸をかき集めてスペースシャトルを造ることにした。ほとんど独学で造り上げるそれは、宇宙に住んでいる人たちにメッセージが伝わるように造られた無人の宇宙船だ。
「まったく、ここまでよく出来たものですよね。残った文献をかき集めて、それを一つ一つ読み解いて……。果てしない作業でしたよ」
万華が書物をパラパラと捲りながら、完成へと近づいてきたスペースシャトルを見上げてそう呟いた。
「まぁ、万華も頑張ってくれたからな」
俺はそんな万華の言葉に、何気なくスペースシャトルを見遣って呟いた。
すると、そんな俺の言葉に万華は何処か嬉しそうに微笑む。
「だって、お兄たちが頑張っているのです。私がサボるわけにはいかないでしょう」
そんな万華の顔を見て、俺は嬉しそうに微笑んだ。
「でも、万華はよく頑張ってくれたよ。万華は偉いな。ありがとう」
「あ、あう……。ま、全く、そういう不意打ちはいけませんよ……。お兄のばか」
しかし俺がそう言うと、何故か万華は顔を赤らめて俯いた。何か小声で呟いた気がする。
「ん?万華、何か言ったか?」
「……気のせいですよ」
「?そうか」
俺は不思議そうに首を傾げた。
するとその時、俺の前に麻美がひょこっと顔を出して口を開いた。
「あたしも!あたしもがんばったぞ!鉄の素材運ぶのとか大変だったんだから!」
「あー、はいはい。ありがと、あさみ」
「う~。なんか扱いが軽いぞ……」
俺がそう麻美に声をかけると、麻美が不服そうに頬を膨らませた。すると、そんな麻美をみて万華が何処か勝ち誇ったように微笑んだ。
「あさみは力仕事担当でしたからね。まんげみたいな頭脳労働より、ある意味簡単だったのでしょう」
万華がそう悪戯っぽく微笑むと、麻美が少しムッとして反論した。
「そ、そんなことないぞ!あの材料、どれだけ重かったかまんげは知らないだろ?それに、まんげなんてずっと動かないで本読んでただけじゃないか!」
「ふっ、あなたがあの難しい文献を読んで、設計図におこせるのかしら?」
「う……、それは……」
しかし麻美は万華に言いくるめられてばつが悪そうに目を逸らす。
するとそんな所にかすみが眉を顰めて会話に加わった。
「こら、万華?あさみにはあさみに出来ることをやったんだし、まんげにはまんげの出来ることをやったんだから、そんなこといっちゃだめでしょ?」
「ふぁ~いっ」
かすみが万華にそう優しく注意すると、万華が素直にそう返事をして引き下がる。
それを見て、俺は思わず感心して声を漏らした。
「おぉー、さすがかすみだな……。一気にこの場をしずめちまった。やっぱりすごいな、かすみは。伊達にお姉ちゃん長くやってないなー」
俺が感心してそう言うと、何処か恥ずかしそうにかすみが少し顔を赤らめた。かすみは謙遜するように微笑みながら口を開く。
「そんな……。万華たちがしっかりしてるからよ。私は何もしてないわ」
「えー?そんなことないと思うけどなぁ」
俺はそう不思議そうに首を傾げる。すると、万華と麻美がそんなかすみに向かって力強く断言するように言った。
「そんなに自分を卑下することないですよ、かすみねぇ!かすみねぇがいるから、みんな仲良く出来ていると言ってもいいんですよ?」
「そうだぞ!かすみはもっと自分に自信を持て!」
「うぅ、そこまで言わなくても……」
かすみがみんなにそう言われて困惑する。しかし、そんなかすみに俺は微笑みかけた。
「かすみ、二人ともそう言ってくれてるんだから、いいじゃないか。な?」
俺がそう言うと、その言葉にかすみが少し嬉しそうに微笑んだ。そしてコクンと頷く。
「うん。ありがとう!」
そんな二人の笑顔を見て、万華と麻美は顔を見合わせ、そして微笑み合う。
こうして、僕らのスペースシャトル作りは進んでいくのだった。