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ETERNAL BREATH  君のための鎮魂歌  作者: 小野宮 夢遊
第三話「sea‐through communication」
19/26

―――プラ・ブロードウェイ、到着



―――大阪・プラ・ブロードウェイ周辺

 「もうすぐきっと見えてくるはずですよ、この辺なはず……」

 万華が分厚い書物を見つめながら呟く。

 「あ!なんだかほら、音がしてきた!」

 麻美が耳に手を当てて騒ぎ出した。

 「ほんとだわ!人の声かしら、なんだかたくさん……!」

 かすみが麻美の言葉を聞いて周りをきょろきょろと見渡す。

 「そこの角を曲がるとありそうだな。もう少し、もう少しだぞ」

 俺は先を見て、息を呑んだ。

 崩壊した文明建物の立ち並ぶ路地には、その建物が作り出した影が薄暗く蔓延っていた。

 割れて道に散らばる窓ガラスの断片が、時折端の方で輝いた。割れたコンクリから生える雑草が、時折足下でかさりと音立てる。 

 騒がしい音が聞こえてきた。歩みを進めるほど、その音は大きくなっていく。

 その音に惹かれるように、俺たちは歩みを早めた。

 突き当たりまで小走りになる。

 突き当たりに進路を妨げられると、俺たちは音のする方へと足を向けた。そして音へと足を進めていく。

 刹那光の集まる開けた場所へと出て、俺たちはそこで足を止めた。

 たくさんの音がした。これが喧噪というものなのだろうか。

 多くの人の声に、その人たちが生活する音……。それは、俺たちの生活する二条城周辺では感じることのないものだった。

 「ここが……」

 「プラ・ブロードウウェイ……」

 万華と麻美が交互に声を漏らした。

 「ここが、あの……」

 かすみがその光景に目を奪われながら、ぽつりと呟く。

 俺も目の前の光景に心を奪われながら、思わず声を漏らした。

 「すごいな……」

 その町を漂う風が、町の匂いを運んでやってきた。今まで体験したことの無い匂いに、遠くまで旅に来た実感を得る。

 少し強い風が吹いて、俺たちは町の匂いに包み込まれた。町のささやかな歓迎を受けたような、そんな気がした。


 俺たちが、いつも寝床にしている旧二条城を出てわざわざ大阪へ出向いてきたのは、スペースシャトルの設計を見直してくれる人を探すためだった。動かすための電力が足りない。その一点が解決できればいい。

 その途中で、かすみが源じいに入れ知恵をされて来たがっていた場所、それがプラ・ブロードウェイだった。

 曲がり角を抜けて辿り着いた、開けた場所に存在するそれは、町のような場所だった。

 他方では崩壊している文明建築物が、未だ雨風の凌げるビルとして機能している。道には簡素な布で作られた屋根が左右に軒を連ねて並び、その下には食べ物や生活用品などが並べられていた。

 そこを往来する人の数は、俺たちが生まれてこの方会った人の数より多いほどだった。四人の手足の指でも数え切れないほどの人が居る。その人たちの話す声や行き交う音が、この場の謙遜を生み、町を賑やかなものにしている。いつもは吹き抜けてくる風も、人や物に遮られて勢いを削がれ、匂いを纏いながら足下に落ちていくように流れていた。

 「うわぁ、こんなに人を一度にみたのは初めてだわ……!」

 その生まれて初めて見る賑わいに、かすみは興奮した様子でまた歩み出した。

 それに合わせて、一行も町の中へと足を進める。

 物珍しそうに万華が当たりを見渡して、麻美が楽しそうに目を輝かせた。

 俺も物珍しく思い、興味を持って町を眺めていた。しかしその時、あることに気づき表情を曇らせる。また歩みを止めた。

 「……ん?どうしたの、さとるー」

 それを見た麻美が、不思議そうに俺の事を振り返った。その言葉を聞いた万華とかすみも、足を止めて俺を振り返る。

 それを見て、俺は脇に聳え立つビルの側面を仰ぎ見た。

 「どうやら、あんまり俺たちが歓迎されるような場所じゃなさそうだぞ」

 そう言いながら俺が見ていた先には、「月面移民関係者排斥運動」「宇宙は闇」と書かれた布が垂れ下がっていた。当たりを見渡してみると、他のビルの側面や路上の屋根にも、「宇宙開発断固反対」「憎しみを忘れない」などと書かれた布が垂れ下がっていたり旗が掲げられていたりする。

 それに気づいた三人はハッと息を呑み、焦ったように俺の近くへ集まり固まった。

 「ど、どうしよう!スペースシャトル作ってるなんて言ったら、私たちどうなることか……!」

 「どうしよ!今もこんな考えの人たちが居たなんて!」

 「お兄、どうします?引き返しますか?」

 三人が俺の耳元で焦ったように囁いた。俺も口元に手を置き、考え込む。額に一筋汗が流れた。

 「そりゃ、月面を恨んどるヤツなんて仰山おるやろ」

 刹那、近くで男の声が聞こえた。

 驚いて、俺たちは思わず少し後退し、声のした方向へと顔を向ける。

 すると、避けられたことに少し驚いた様子の、眉間に皺を寄せた男がそこに立っていた。

 薄汚れたタンクトップに履き古したズボン、それに壊れかけたサンダルを履いた、小太りの男だった。年は俺より年上に見える。

 男はその時、不思議そうに首を傾げた。

 「あんたら、ここらへんじゃ見ーへん顔やな、どっからきたんや」

 その問いの後、突然現れたその男を怖がる麻美と万華が、俺の後ろに隠れた。そろりと少しだけ顔を出すと、男の顔を見てまたさっと隠れる。

 「どないした?」

 男はそれを見て、今度は反対側に首を傾ぐ。

 その時、俺の後ろに隠れている万華と麻美が、こそこそと呟いた。

 「知らない人に名乗ってはいけないと、文献に書いてあるのですよ」

 「……なんだか分からないけど、危ないからって書いてあったんだよね、万華!」

 「そうですよ、連れ去られて怖い目に遭った事例が、旧時代にはいっぱいあったんですよ!」

 「なんだか怖いな……。焼いて食われるのかも……」

 そんな二人の会話を聞いていた俺は、溜息を吐いて目の前の男を見た。

 首を傾げる男に、後ろの様子を伺いながら説明する。

 「知らない人には名乗ってはいけないと、文献で読んだってことらしい……」

 すると、それを聞いた男は少しポカンとしてから、高笑い始めた。

 それを聞いて万華と麻美が不思議そうにひょこっと顔を出す。

 男は腹を抱えて笑っていた。暫くして落ち着いてから、男が手招きした。

 「よう知っとるな、そないな旧時代の、間違うた常識。大丈夫や大丈夫や、今はそんな時代やあらへん、自分が生きるだけで精一杯な時代や、怖がらへんでええ」

 そう言って笑う男を見て、万華と麻美は顔を見合わせた後、俺の後ろから出てきた。

 それを見て、その男は少し安心したように肩を下ろす。

 「ほんで、あんたらどこからきたんや?」

 男は俺たちへと少し近づき、また尋ねた。

 「俺らは、京都から来ました。二条城跡で暮らしてまして……」

 「ほお、京都か」

 俺がその男との距離を測りかねて少し遠慮がちに話すと、男は物珍しそうに俺たちのことをじっくり見た。その視線に困り、俺たちは一歩後ずさりする。それに気づいた男が「あぁ、すまんすまん」と謝った。

 「言い忘れとったわ、じっくり見られたらそら困るわなぁ、でもそれも俺の仕事みたいなもんや、あまり気を悪くせんでくれんか?」

 そう言って男は後ろ頭を掻いた後、俺たちの方へときちんと立ち直した。

 そして胸を張りながら口を開く。

 「俺はこのプラ・ブロードウェイで若頭やっとる、戸松隆宏ゆーもんや、よろしくな」

 そう言って男は手を差し出した。俺はそれを聞いて、慌ててその手を取る。

 「怖がってすみませんでした、宜しくお願いします。俺は二雪暁です」

 「成瀬かすみです」

 「小鳥遊麻美ですー」

 「宵山万華ですよ」

 三人が俺の後に続いて頭を下げた。それを見て、戸松もよろしくなと答える。

 「ほんで」

 その時、戸松は訝しそうに顔を顰めた。

 俺はその表情に緊張を覚える。

 「あんたら京都の人間がどないして大阪に来たんや?このご時世に観光か?そんなわけあらへんのやろ?」

 その質問に、俺は答えに困り言葉を濁した。他の三人も、ばつが悪そうに戸松から目を背ける。

 それを見ていた戸松が、鼻息を吐いた。

 「スペースシャトル」

 その時、戸松が気怠げに呟いた。

 それを聞いて、俺たちははっと戸松の顔を見た。

 その反応を見た戸松が、少し嫌そうにそっぽを向く。

 「あんたら、なんや喋っとったやろ、スペースシャトルがどうとか」

 その時、俺はビルに掲げられた文字を一瞥して、戸松に向き直った。

 その行動を見て、戸松もその文字を一瞥する。

 その後、戸松は踵を返して歩き出した。

 「……ついてき」

 戸松が呟いたその言葉を聞いて、困惑しながらも俺たちは戸松の後を付いていく。

 町を歩く人々が、訝しそうに俺らのことを見ていた。



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