―――少年少女、大阪へ
―――大阪・半森林化郊外
木々とその葉が織出す黒い影と、太陽が作り出す白い光を踏みしめながら、先に見える光に包まれた世界を目指して、背負った荷物を握る手を強める。額からするすると汗が流れる。その汗を拭うこと無く歩を進め、俺たちは光の世界へと足を踏み入れた。
「ようやく、また文明の痕跡が見え始めてきましたね……」
万華が少し眩しそうに目を細めながら呟いた。それを聞いて、一行は頷く。
「そうね……。もうすぐかしら、源じいの言ってた場所は」
小首を傾いだかすみを見て、麻美がうへっと嫌そうな顔をした。
「もうすぐ着かないとクタクタだよー……」
「もうあさみはクタクタなのですか?弱っちぃですねぇ」
その時、万華が悪戯っぽく笑った。それを見て、麻美がむっとする。
「何を!私は荷物が重いんだぞ!万華と違って!」
「万華だって、おっもーい地図の書かれた書物持ってますよーだ」
「そ、そんなの、私の荷物より軽いじゃん!むー!」
悪戯っぽく笑う万華に、麻美がむっとして言い返す。しかし万華はクスクスと笑い小走りに駆け出すと、麻美の方を振り返ってあっかんべーをした。麻美もそれを見て、「万華のばかぁ!」と叫びながら、負けじと万華の方へと駆け出す。
「……元気だなぁ、あさみと万華は」
「そうねぇ」
それを見ていた俺は呆れたように呟き、かすみはクスクスと笑う。
「万華ー、あさみー、そこら辺にしとけーー」
俺がそう叫ぶと、しかし追いかけっこを続ける万華と麻美の方から、「さとるのばかぁーー」と麻美の叫び声が聞こえてきた。何でだよと俺は突っ込む。しかしなんだか微笑ましく思って、クスッと笑った。重い荷物を背負いながら、万華と麻美が叫び合い駆けている。かすみがクスクスと笑い、俺も三人を見て微笑む。風がさらりと吹いて、湿った髪の毛をふわりと揺らした。
「はぁ、はぁ……。ま、まだなのですか、ぷ、プラ・ブロードウェイは……」
「と、遠いよ……。遠すぎるよ……。おかしいんじゃないの、迷子なんじゃないの……」
万華と麻美が息を切らし、疲れ切った様子でトボトボ歩きながらそう呟いた。
それを見て、俺は溜息を吐く。
「全く……。走り回るからそうなるんだぞ?」
「だってー、あさみがぁ……」
「だって、万華がぁ……」
「お前らなぁ……」
口々に互いのせいにする二人を見て、俺はまた溜息を吐く。
するとその時、かすみが俺のすぐ隣に近寄って、疲れた万華の代わりに俺が持っている地図を覗き込んだ。
「んー。もう少しかかるみたいねー。もう大阪には入ったみたいだけど」
かすみが手を口元に当てながら、考えるようにそう言った。
それを聞いて、俺も地図に目を落とす。確かにもう大阪には入ったようだった。
「そうだなぁ……。まぁ、今日中には着くんじゃ無いかな……」
「アバウトですねーー」
「アバウトだなぁーー」
「こうゆうときだけハモるなよ……」
俺が呆れたように突っ込み、眉を顰めた。かすみがクスッと笑う。
「まだみたいだけど、ファイトだよ!万華、あさみ!」
「「ふぁ~い……」」
元気なかすみの声に対して、気の抜けた二人の返事が聞こえてきた。
「でも、そもそも」
俺はその時、そんな三人を見ていて不服そうにまた地図に目を落とした。
そしてプラ・ブロードウェイがあると思しき場所の斜め上方を指さして軽く叩く。
それをかすみが覗きこんで首を傾げた。
「そもそも、本来の目的忘れてるだろ?俺たちは、プラ・ブロードウェイに行くためにわざわざ京都から出てきたんじゃないぞ?本来の目的は日本橋。スペースシャトルの設計を見直してくれる人を探しに来たんだからな?」
俺がそう言うと、麻美と万華がはっとして立て続けに拳で手のひらを叩いた。
「そういえばそうだった!」
「そんな話もありましたね!」
「思いっきり忘れすぎだろお前ら」
「あぁ、そうだったね!」
「かすみまで!?」
俺は驚いてかすみを見た。すると、かすみが照れたように笑った。
「えへへ、ごめんなさい。忘れてた……」
「全く、全員して……」
俺が呆れたように溜息を付くと、かすみが照れ笑いながら舌をほんの少しちろりと出した。
「ごめんなさーい。でもたまにはいいじゃないの、私だってまだ十七歳の子どもなのよーだ」
かすみはそう言うと、後ろで手のひらを組んでくるっと回った。
そして楽しそうな笑顔を浮かべながらまた前へと進んでいく。
俺はそんなかすみを見て驚きながらも、クスッと微笑んだ。
青い空に、茂る緑が少し覆い被さっている。文明の残骸は、緑の礎であるかのように緑に覆われ、今にも緑に飲み込まれてしまいそうな脆さを感じさせていた。さらりと吹いた風が緑を静かに揺らし、その風に従うように鳥が飛び立った。