―――デュランダル、初仕事
何処までも暗い闇が広がる世界。
光りは呑まれ、その世界を果てまで照らし出すことはない。
果てしなく続く闇はいつまでも急速に広がってゆき、今も破滅へ向けて闇を浸食させてゆく。それに己は気付いているのだろうか。気付いていても、なお闇を浸食させていくのか。そんなことは誰にも分からない。分かる余地はないのだ。
宇宙というのは、古来より人の羨望の対象であり、また畏怖の対象でもあった。その歴史を辿れば、我々が知り得る限り遙か昔紀元前の、古代インドや古代ギリシャの時代まで遡る。人々はとこ知れない闇に魅せられて、あるときは希望を、ある時は絶望を思った。
そんな宇宙に浮かぶ闇の支配者、闇に煌々と輝き続ける月に、人々が魅せられてきたのもまた遠い昔からの話である。月に怯える人もいれば、月に乞う人もあり。満月になると月が落ちてくるのではないかと恐れたのも、今は昔の話だ。
そこから歴史を辿って行くと、神をも恐れぬ力をつけた人間は、古来より思いを馳せてきた月に赴くことになる。その時代の人間はその時どんな事を個々に思ったのだろうか。それもまた、今では遠い昔の話。我々は、歴史は書物でしか知り得られないのだ。
時は西暦2440年。人類が月に移り住んでから早一世紀が過ぎた。約一世紀前の2332年に、地球では謎のウイルス「ラグナロク」が蔓延し人類のおよそ70%が死滅した。その状況から打開すべく、人類はウイルスから身を守ろうと月に移り住むことになる。
現在宇宙に進出することで生き延びた人類は、各国家の首脳陣が結集した「中央政府」のもと、コロニー「ユートピア1」を創設し、新たな生活の舞台として暮らしていた。
ただ一部、地球に取り残され、存在を忘れられた貧困層の者達を除いて……。
「ついに、この時が来た」
俺は真剣な表情でそう告げた。すると、船員達が力強く頷く。
「やっとだな、船長。待ちわびたぜ」
「……うん」
その内一人の男――エイジがそう口元に笑みを浮かべながら答えた。その後から、真剣そうな顔をして女――クレハが頷く。
俺は船員達の表情を見ると、また口を開いた。
「初仕事だ。俺たち『デュランダル』は、今この瞬間から『中央政府』を敵に回す。怖じ気づいた奴は今すぐに船を降りろ。それでもついて来てくれるなら、頼むぜ、野郎共!」
俺がそう告げると、船員達は一様に真剣そうな目つきで、しかし口元に笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ。ここに集まった奴らは最初から全員、そんぐらいの覚悟は出来てんだ」
エイジがそう言うと、クレハも同じような表情で自信を持って頷く。
「だね。問題ないよ、スバル」
するとその時、自信に満ちた表情で胸をポンと叩いて、女――イバラが口を開いた。
「あたし達は、あんたに着いて行くって決めてんのよ。死んでもやりとげるわ」
そんな三人の言葉を聞くと、他の船員達も一様に頷いて自信に満ちた表情で口を開いた。
「おう!」
「たりめーよ」
「決まってるじゃないか」
そんな船員達の声と表情を見て、俺は真剣な表情で頷く。一人も降りようとする気配は見受けられなかった。
「ありがとよ。なら、行くか!革命を起こしに!」
「「「おう!!」」」
俺がそう叫ぶと、船員達も力強い叫び声をあげた。
「エネルギー出量、92~98%で安定、前方にデブリなどの障害なし。いつでも出られるよ!」
クレハがそう告げると、俺はその言葉に力強く頷いた。
「よし、出陣だ!デュランダルフォーレスト、発進!」
「了解!」
俺がそう告げるとクレハが頷き、刹那エンジン音が響き渡った。船は果てしない闇の中を突き進み、闇の中へと紛れていく。迷いなく闇へと進むその姿は、彼らの固く一途な信念が現れているようだった。
デュランダル。それは、地球に取り残された人たちを救済するべく組織された反政府私設軍だ。
俺――琴吹スバルは、その組織のリーダーだ。
この組織は、中央政府によって見放され、忘れ去られた者たちを救済すべく、俺の父――琴吹ギンガが創設した。
だがその父は、中央政府の差し金によりこの世を去った。
それにより、組織のリーダーに選ばれたのが息子である俺だった。
また、中央政府の目をかいくぐり集まる事の出来た者は少なく、親友の九流エイジ、幼なじみの鳴神クレハ、孤児の倉敷イバラ、そして俺を中心に僅か20名ほどで構成されていた。
機械技師だったクレハの両親、整備士でシングルファザーだったエイジの父親はこの宇宙航空機「デュランダルフォーレスト」を作製したのち、中央政府によって身柄を拘束されてしまった。
難を逃れた俺、エイジ、クレハはフォーレストで何とか逃げ延び、ここを拠点として組織の活動を始め、今に至る。
「ターゲット、政府軍の輸送船内、ウイルスのワクチンです。護衛のPG隊あり。数は……5機です」
クレハが前方の様子やモニターを見ながらそう告げた。
PGとは、パワードギアの略だ。PGとは、もともとコロニーを造る為に使われた有人作業用ロボットを戦闘用に改造したものである。マフィアなどが犯罪に使用したため、政府軍も対抗し、今でも小競り合いが続いているらしい。
護衛をしているのはその為だろうか……。
「じゃあ、まずPG隊を抑える。エイジ、行ってくれ」
『了解!』
俺がそう指示を出すと、エイジが力強く返事をした。エイジはすでにPGに乗り込んでいるために、その声はスピーカーを通して聞こえてくる。
エイジはデュランダルの迎撃隊隊長だ。迎撃隊の人数は4人とあまり多くないが、しかし少数精鋭のチームプレイで敵を翻弄してくれよう。
「隙を突いて突入する。イバラ、やれるな」
俺がそうイバラに尋ねると、イバラがクスリとスピーカーの奥で笑った。そしてその後すぐ、またイバラの声が響いてくる。
『見くびらないでちょうだい。あたしは絶対に成功させるわ』
スピーカーから響いてきたイバラの声は自信に満ちたものだった。
イバラは、大人のメンバーを除けば4人目の仲間だ。両親を知らずに育ったため、大人を目の敵にしている節がある。仲間になった時も、イバラはマフィアに追われている真っ最中だった。それを保護したのが、イバラが仲間になったきっかけだ。現在では格闘の腕を買われて、戦闘員として活躍している。
戦闘が開始されてから、暫しの時が経った。激しい攻防戦の末、我が迎撃隊は優位へと登りつめていた。エイジ達は数で劣るにも関わらず、次々と敵のPGを沈黙させてゆく。その戦闘は見事なもので、思わず感嘆の言葉が洩れるほどだった。その見事な戦いに興奮している自分がいることも確かである。
『残り3機か……。DP2と3は左右、4が支援だ。俺が奥の奴を撃つ!』
エイジがそう告げると、DP――デュランダルパワードギアの面々がそれぞれ声を上げて返事をした。
「よし、イバラ。行ってくれ」
『了解』
そんなエイジたちの戦闘の様子を見ながら、時を見計らって俺はイバラに指示を出した。その指示に、イバラが返事をする。
輸送船への襲撃は小型の戦闘機で行う。イバラたちが乗り込んだ戦闘機が輸送船へと向かって発進する。戦闘員は3人しかいないが、奴らの能力なら上手く行けるだろう。
暫くすると、衝撃音がスピーカーから聞こえてきた。その音と状況をみてクレハが口を開く。
「イバラ隊の乗った戦闘機が上手く輸送船内部に進入できたようです」
「のようだな……」
俺はクレハの言葉にそう呟いて、少し心配そうに口を接ぐんだ。ここからでは内部の様子は見えない。俺には幸運を祈ることしか出来ないわけだ。しかしそれでも、イバラたちの腕を信頼しているせいか、不思議とそこまで不安に駆られることはなかった。
奴らならきっとやってくれるだろう。そう確信さえ持てる。
それから暫くして、輸送船からの通信があった。クレハが少し緊張した面持ちで応答を許可した。
『こちらイバラ。制圧完了したわ。PG隊の方はどうかしら?』
スピーカーから聞こえてきた声は、聞き慣れた女の声だった。それを聞いて、クレハが少し安心したように肩を落とした。
「よくやった、イバラ。御苦労だった。PG隊の方は……」
俺がそんなイバラの声を聞いて、内心少しほっとしながらイバラにそう声をかけた。続いて口を開くと、その時エンジからの応答があった。
『こっちも終了だぜ。こいつら、全然戦いなれてないみてーでよ。多分軍に上がりたての新米だなこりゃ』
エイジのその言葉を聞くと、俺は安堵してまた口を開いた。
「そうか。みんな無事で何よりだ。それよりイバラ、輸送船の責任者を出してくれ」
『了解。ほら、起きな!』
俺がそうイバラに頼むと、イバラが近くに居るらしいその人物を乱暴に揺さぶって起こした。イバラの声の後に、男の呻き声が聞こえてくる。
『う、うぅ……。お、お前達は、いったい……』
スピーカーから、そんな男の弱々しい声が響いてきた。俺はその声を聞くと、男の問いに答えるために口を開く。
「俺たちか?俺たちは、解放軍デュランダル。地球の人々を救うヤイバだ!」
「なぁ、スバル。あいつら解放して本当によかったんかな?」
戦闘から数時間が経ち。船員達の緊張も解けてきた頃に、エンジが少し不安そうな表情でそう呟いた。それを聞いて、俺は思い出したように答える。
「ああ、政府軍は地球にまだ人が住んでいる事実を隠蔽している。公になれば民は政府に反感を覚えるはずだ」
「でも、これ……」
俺がそう話していると、その時クレハが電子機器をスバルとエイジの前に差し出した。俺とスバルはその差し出された電子機器を覗き込む。近くにいたイバラも一緒に覗き込んだ。そして俺たちは、そこに映し出されていたとあるホームページの記事に目を奪われた。
【中央政府の輸送船、宇宙海賊に襲われる!】
その記事にはそんな見出しが大きく躍っていた。軽く目を通してみると、俺たちのデュランダルが悪を全面的に強調されて書かれており、政府の正義面が痛々しいほど前面に出ている。
「宇宙海賊ねぇ……。やっぱり事実を捻じ曲げてきたわね」
イバラが眉間に皺を寄せながら嫌そうに答えた。他の面子も、良い顔をしている者はいない。しかし俺はそんな記事に目を通してから、口元に笑みを浮かべた。
「フッ、いいさ。続ければいつかは隠し通せなくなる。それまでは俺たちが『海賊』として、精々悪を演じるさ」
そんな俺を見て、3人が珍しいものを見たように少し驚いて目を丸くした。
そして可笑しそうに笑いながら、口々に言葉を発する。
「スバルが笑うなんて、珍しいね」
「だな。いつもは変な顔でなんか考えてんのにな、アハハ」
「アハハ、変な顔は言えてるわー」
しかしそんな3人の様子を見て、俺は少しだけムッとした表情を見せた。
「変な、は余計だ。そんな事よりワクチン投下するぞ」
「はいはい……。大体一つの町を救うのがやっとってとこか?先は長いねぇ」
俺がそう告げると、エンジが返事をして、遠い未来に思いを馳せて溜息を吐いた。
「でも、必ず」
その時、クレハが真剣そうな表情でそう呟いた。それを聞いて、俺も口を開く。
「ああ、必ず。必ず救ってみせるさ。親父の、遺言だからな」
俺たちの計画第一弾が目下の青く輝く惑星に向けて放たれた。
そこでの、もう一つの物語を知らぬまま……。