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まつり前日

一部、昔話ホラーのシーンがあります。ご注意ください。

AM9:47

 〝ちりん〟

 さわやかな風が俺を包み、吹き抜けていく。

 ここは琴峯神社。明日に硝子祭を控え、忙しない雰囲気が漂う。境内はたくさんの風鈴で彩られ、美しき音を奏でている。ふと辺りを見渡すと、広大な鎮守の森が葉を揺らし、街中心部にありながら、どこかの山の中にいるような、そんな錯覚を覚える。

 俺こと二階堂にかいどう修也しゅうやの立つ一ノ鳥居から社殿正面の三ノ鳥居まで、花崗岩の参道がまっすぐ一直線に走る。両端には出店の準備が行われ、参道の縁を飾るように、ロープに風鈴が2体ひと組、赤と青で飾られている。

 俺は歩みを進め、二ノ鳥居の下に立つ。ここは祭のメイン広場も兼ねていて、大きな舞台が組まれていた。大の男たちが長い鉄パイプやベニヤ板を持って、忙しそうだ。そんな中、1人、巫女装束の華奢な体を見つけた。男たちにあれこれ指示をしている。

 「沙羅(さら)……?」

 俺がつぶやくと、沙羅は振り向き、微笑んだ。

 「しゅう君、早かったわね。見て、立派でしょ」

 そういって建設中の舞台を眺める。舞台の高さは地面から1メートルくらいだろうか、奥行きも結構ありそうだ。

 「今年は古宮高校のサークルも演奏するのよ」

 「サークル? 高校生が?」

 「うん。西村君の妹さんが結成したっていう……何て名前だったかしら……。あっそうそう、古典音楽研究会」

 「古典音楽研究会……? 何だか変わったサークルだな」

 「うん。何でも西村君の喫茶店で活動してて、結構話題になっているのよ。クラシックを変わった楽器で弾くとかいう……」

 「お嬢さん、看板はこの辺りでいいですかー」

 大男たちが巨大なベニヤ板を立て掛けながら訊く。

 「はい。お願いします」

 沙羅は遠くにいる大男たちに聞こえるよう、少し大きめの声を出した。

 「あっ修君。肝試しの準備だけどね、今ちょっとお父さんが出ちゃってて私、しばらく動けそうにないの。だから先にお寺の方、お願いできるかしら。これ、倉庫の鍵」

 そう言って古びた鍵を渡す。全体的にくすんだ銀色になっている。

 「わかった。先に行ってる」

 「うん。私も終わったらすぐ行くわ」


AM10:13

 倉庫から掃除用具一式を取り出した俺は、参道から逸れ、草が生い茂るけもの道を進む。その先に、肝試しの舞台となる廃寺がある。

 この寺は明治に神仏分離の打ち壊しで破壊され、鎮守の森に少しずつ浸食されていた。今や墓地の間から巨木が生い茂り、墓石は風雨にさらされ、ただの岩塊と化している。いつから始めたのか、琴峯は毎年、この硝子祭りで肝試しを行う。

 「修君、お待たせ」

 沙羅の声がして、俺は後ろを振り向く……が、そこに沙羅の姿はない。

 「沙羅……?」

 「修君、こっちよ」

 俺は廃寺の方を向いた。俺が知る限り、この廃寺に入るには参道につながる、廃寺正面から走るけもの道しかない……が、沙羅は廃寺の裏から出てきた。

 「沙羅……、俺より早く来たのか?」

 「ううん。今来たところよ」

 沙羅は首を傾げながら言った。

 「それで、修君は今来たばかり?」

 「ああ」

 「それじゃ、まずは草刈り、お願いね」

 そう言って沙羅は俺が持ってきた掃除用具から鎌を取り出す。いつから決まったか、俺はいつも草刈役だ。確かに俺は琴峯に草刈をやらそうとは思わないけど、廃寺に来て早々に鎌を渡されると、少し……複雑だ。

 俺が鎌で肝試しルートを中心に雑草を刈っていく間、琴峯は竹ぼうき片手に廃寺の周りや、俺が刈り取った後の道を掃いていく。いつもながら、重労働だ。


AM12:38

 草を刈る俺の頬を冷たい冷気が襲う。

 「ハぅ」

 驚きのあまり振り向くと、沙羅が冷えたラムネを押し当てていた。

 「修君、おつかれ。休憩したら? もうお昼だし……」

 そう言いラムネを俺に差し出す。俺は薄汚れた軍手を外し、ラムネを受け取る。

 「ありがとう」


AM12:41

 俺と沙羅は廃寺の踏み石に座ってラムネを開けていた。

 〝プシュ〟

 〝プシュ〟

 軽やかな音とともに、冷たい湯気がラムネの口から立ち昇る。

 「修君、おつかれー」

 「沙羅も」

 喉が渇いていた俺は、ラムネを一気に半分ほど飲みほす。沙羅はゆっくり、1口1口、味わいながら飲んでいく。

 「それで沙羅。このラムネ、どうしたんだ」

 沙羅はラムネをゴクリと飲んだ。

 「さっき西村(にしむら)君が持ってきてくれたの」

 西村か……。西村(にしむら)(あきら)というのは俺の親友で同級生。俺と同じく琴峯神社の近くに住み、父が酒屋、母が喫茶店をしている。そういえば、あいつの親父が祭りでラムネを売るような事を言っていた。だからか……。

 「それでね、修君。お願いがあるんだけど……」

 「何?」

 沙羅は素気なく言う。

 「後でね……、西村君の手伝いをしてほしいの」

 「西村? ああ、でも今疲れて……って、それじゃ、このラムネって……」

 「その通り、修也は既に買収されたというわけだ」

その声は……俺は振り向くと、背後に大きな段ボールを抱えた西村が立っていた。

 「西村……お前、汚い手を使ったな」

 「どこが汚いって? 俺はただ、琴峯にラムネを渡しただけだぜ。飲ますタイミングで文句があるんなら、琴峯に言えよ」

 「……。だから汚いって言うんだよ」

 「フフ。ところで琴峯。琴峯が頼んだ肝試しセットってこれだよな?」

 そういって慎重に大きな段ボールを地面に置く。沙羅は飲み終わったラムネ瓶を「修君、持ってて」と渡して段ボールに飛びつく。

 俺は西村に聞く。

 「それで西村、何を手伝えばいいんだ?」

 「ああ。今日、ラムネ屋の資材が届くから、それを運んで組み立てるのを手伝ってくれ」

 俺は疑問に思った。

 「そういや、お前の親父が出店をやるんだろ。なら親父と西村で充分だろ?」

 西村は不思議そうな顔をした後、口を開いた。

 「なんだお前、聞いてないのか……。実は俺の親父が急きょ法事へ行くことになったんだ。遠いし、とても日帰りできない。しかも屋台の敷地が抽選枠で規則上、前日キャンセルができないと来た。そんで、琴峯がみんなでラムネ屋の面倒を見ようということにしたんだ」

 「そうか……」

 俺は予感しながらも、一応聞いてみた。

 「それで、屋台を見る〝みんな〟って中に俺も入っているのか?」

 「ああ、もちろんだ。修也と琴峯、そして俺だ」

 俺はやれやれ仕方ない、と肩をすくめた。

 「そうか……。んで、役割は?」

 西村は腕を組みながら言う。

 「肝試しは夜からだし、午前中は琴峯も忙しい……。そうだな、午前中、修也と俺で担当しよう。午後は俺と琴峯が交代する。これでいいだろう。夜は俺の妹が応援に来る」

 「分かった。それでいこう」

 俺は段ボール箱を漁る琴峯を眺めながら言った。琴峯は立ち上がると、段ボールから取り出した12体の 風鈴を指さして言った。

 「出店の資材が届くまで時間があると思うから、その間に飾り付け、手伝ってね。もちろん、西村君も」

 琴峯は西村にニコッと笑みを降りかけた。

 「分かったわかった。だがその前に腹ごしらえだ。腹が減っては戦は出来ん」


PM2:43

 俺は西村に手伝ってもらいながら全部で6箇所、12体の風鈴を取り付けていた。この硝子祭りにとって、風鈴は祭りの主役であり、二つペアで飾る決まりだ。

 風鈴を木に括り付けてる西村が、不意に振り向き、聞いた。

 「ところで修也、お前、留学するって話、本当か?」

 「ああ」

 俺は素気なく返事をした。そう、俺は明後日、この街から出ていく。俺の長期留学で、ニューヨーク近郊へホームステイすることになっていた。無論、俺は日本の大学へ通うつもりだから、ほんの暫しのおさらばだが、それでも……やっぱり辛いものは辛い。だからこそ、俺はこの硝子祭りに、特別な想いを秘めていた。

 「修君、ここに風鈴、付けといて」

 俺は琴峯のつけた紅い風鈴の横に、碧い風鈴を括りつけた。

PM4:27

 「修也、ホント悪いなー」

 今度は西村が笑っている。沙羅はと言うと、西村の親父と何やら話をしている。出店の事務手続きのようだ。そう、俺たちは今、出店の資材を次から次へと軽トラックから降ろしていた。

 俺達が軽トラックから荷物を降ろし終わると、運転席の西村の親父が言った。

 「みんな本当にすまんな。店、頼むぞ」

 「大丈夫です。私達がいますから」

 琴峯が言う。

 「それは頼もしいね。んじゃ、後よろしく」

 そう言って西村の親父さんは行ってしまった。沙羅が西村に出店の事務書類を手渡す。

 「それじゃ、西村君が出店の責任者ね。はい、サインして」

 琴峯がペンを差し出す。西村がサインすると、琴峯が書類を見ながら今後の計画について話す。

 「えっと……まず西村君の出店の場所だけど、これは図の通り、社殿西側の抽選枠になります。出店の責任者は明日、まつり開催式前の午前8時半までに、社務室へ集合してください。また、出店の営業時間は午後9時までとなっています。売り上げの5%は琴峯神社へ納付していただきますが、この納付期限は来週の金曜日までとなっているので厳守してください。以上です」

 ここまで言うと、琴峯はペットボトルの水を1口。そして口調を変えた。

 「西村君は明日、どうやってラムネをここまで運んでくるの?」

 「家近いし、段ボールに詰め込んで手運びかな」

 「だったら神社のリアカー、貸してあげる」

 「悪いな、琴峯。出来れば今から借りたいんだが……」

 西村は目の前に広がる出店の資材の山を見つめながら言った。

 琴峯は残念そうに返事した。

 「今日はだめなの。神峯町内会に貸し出し中。ごめんね」

 そして琴峯は微笑むと俺に言った。

 「出店、組み立て終わったら呼んでね。私ちょっと、社務室で明日の予定、確認してくる」

 そして沙羅も消え、俺たちの目の前には出店資材の山が広がっていた。


PM6:16

 「西村? どうした?」

 「疲れた……」

 そう言って石垣に座り込む。目の前には立派なラムネの出店が建っていた。日暮(ひぐらし)が甲高く鳴き、夕日がやけに眩しかった。

 「修也、お前、留学するんだろ。すぐ日本に戻ってくるといっても、それまでの間、琴峯が無事だとは限らないぞ。どうするつもりだ?」

 そう、俺は迷っていた……というより覚悟を決められないでいた。だが、確かに西村の言う通りだ。俺にはやはり、この祭りにかけるしかない。でも……迷っていた。

 「修也、もし琴峯がお前の告白を受け入れるなら、琴峯はお前が世界のどこにいようとずっとお前のことを想ってくれる。想いに距離は関係ないからな。それに今はメールも電話もエアメールもある。世界のどこに居たって、琴峯と繋がっていられる。だが、まずはお前が告白しない限り、何も始まらん。修也、この祭りは、もしかするとお前の最後のチャンスになるかもしれないんだぞ。覚悟を決めろ」

 「だが西村……俺は……」

 「大丈夫だ。もっと自分に自信を持て」

 そう言って西村は俺の肩を叩く。そして俺は、拳を強く握った。


PM6:58

 日も沈みかけ、鈴虫が涼しげな音色を奏でる頃、俺たち3人は組み立てた出店横の石垣に座り、沙羅差し入れの西瓜にかぶりついていた。夕日が沈むと、不意に沙羅が微笑み、俺たちに言った。

 「それじゃ、もう日も沈んだし、みんなで肝試しようよ」

 「そうだな。一応夜のコース確認も大事だしな」

 俺は賛同の意を表し、西村もうなずく。琴峯は微笑みながら言った。

 「それじゃ、行こ」

 辺りはすっかり薄暗くなり、参道にいくつもの飾られた赤い提灯が、煌々と光を照らし始めた。

「提灯、試験中なの」

 沙羅が俺の疑問を先回りして答えた。


PM7:08

 日が暮れると、あの陽気な空気はどこへいったか、今やひんやり寂しげな悲しみが廃寺を包んでいた。俺たち3人は何も喋らず、ただ黙々と肝試しコースを辿っている。廃寺に生える大きな柳や廃井戸、そしてあの昼間につけた風鈴たちも、今は立派に恐怖を奏でている。静かであればある程、辺りに漂う様々な音に敏感になり、恐怖が増大する。歩き始めて10分ほど、折り返し地点が見えてきた。

 肝試しの折り返し地点、廃寺の踏み石に着くと、琴峯が座り、聞いた。

 「ねぇ、みんなはこの硝子祭りの由来を知ってる?」

 「急にどうしたんだ?」

 俺は聞いた。

 「だって修君。修君はもしかすると今年、最後の硝子祭りになるかもしれないでしょ」

 俺は首を横に振った。

 「そんなことはない。俺は必ず、この古宮に戻ってくる」

 琴峯は笑った。

 「修君、この世に絶対はないんだよ。それに私は、そろそろみんなに硝子祭りの本当の意味を知らせてもいい頃合いだと思うの」

 俺達2人は琴峯を注目した。琴峯は手を胸に小さく息を吐くと、口を開いた。

 「本当はね、このお祭りは琴峯神社のお祭りではなくて、このお寺、神峰寺のお祭りなの」

そして琴峯は軽く目をつぶり、俺たちを見据えた。

 「昔、江戸時代にね、一組の男女がこのお寺に駆け込んできたの。住職さん、つまり私の遠い祖先にあたる人だけど、その人たちを一晩泊めたの。そしたら朝、心中していて、二人のそばに2体の風鈴が残されていた、これが硝子祭りの由来なの」

 俺は驚いた。

 「心中……。なんでそんなものが祭りの由来になるんだ?」

 「江戸中期には愛の証として心中する、というのが流行(はや)ったこともあったの。でも心中は幕府に禁止されていたものだったし、やっぱり死というのはいいイメージじゃない、特に西洋の思想が入ってきてからはね」

 そして琴峯は廃寺の踏み石を撫でながら言う。

 「だからこのお寺は、神仏分離運動で真っ先に破壊された。でも、恋の寺に憧れる人もいて、硝子祭りは残ったの。毎年風鈴を飾ってね」

 辺りを包む、ひんやりした空気、暫しの沈黙、そして西村が口を開いた。

 「なんか……怖いな」

 俺も西村の言葉にうなずく。

 「あっ、ごめんね。でもやっぱり、みんなにはこの祭りの本当の意味を知ってほしくて」

 「なぁ琴峯」

 俺は聞いた。

 「心中の起きた寺で、俺たちがのんきに肝試しなんてして、呪われないか?」

 琴峯は小さく笑った。

 「どうして? だって心中した二人は、永遠に恋し人と一緒で幸せなのよ」

 「そう……か……」

 幸せ……死者は幸せを……感じれるのだろうか?

 〝ちりりん〟

 ひと組の風鈴は、今も風に揺られて響きあう。


本作は私の処女作のリメイク版となり、硝子祭の「前日」「当日」「後日」の三部作となる予定です。御拝読ありがとうございました。

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