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恋なんて、きっと できない

その日の飲み会は、疲れるだけだった。

もういや。帰りたい…



 珍しく紫煙の立ち上らない飲み会だった。

 今日は、これから産休を取得する先輩のお祝い会 兼 中途入社者の歓迎会 を込めた飲み会。


 目の前のグラスには、全く減っていないウーロン茶。…産休取得、だって。羨ましい。恋愛を終了しているのが、羨ましい。結婚して赤ちゃん出来たからってあっさりと産休… いいなって思う。


「ダンナ、まだ仕事中だって。」

主役の先輩が ケータイを見ながら言う。

「終わったら迎えに来るって言ってるけど、このぶんじゃ まだまだ居れそう〜 ラッキー」

先輩が、楽しそうに笑う…その笑顔が、刺さる。わたしの心に。


 きっと、素敵なダンナ様が「まだ、迎えにいけなくてごめんね」って謝りながら、仕事しているんだわ。「迎えに行くから、一緒に帰ろうね」って思っているんだわ

 その風景がわたしには刺さる。だって、わたしなんて…男の人の知り合い自体が居ないんだもん… 男の人と どう話していいのかも、分からない。こんなわたしが、恋なんて出来ない、きっと。


 聞き流すつもりはないけれど、全く耳に入らない会話の向こうから、笑い声が聞こえる。

「熊沢君さ、社員証の写真見たけど… 超いい笑顔で仕上がってたよ」

「そうすか? 嬉しいなぁ。なんかIDカードが渡されるって聞いたとき、俺、すっごくドラマみたいなデカい会社の社員になったんだ〜って憧れが叶った気分なんです」

 ここにも一人、笑顔を振りまく人がいる。


 熊沢弘毅さん。歳は知らない。でも、20代後半かな、いつもニコニコ笑ってて、穏やかなお兄ちゃんって感じの人。この人が、先日 中途入社で入ってきた社員さん。

 いきさつは、詳しく知らないけど… 秘書課の推薦で入社した人って聞いてる。秘書課の推薦ってことは、重役の誰かとの縁故入社なのかな。

 熊沢さんは、縁故入社なのに、すごく腰が低くて優しくて、色んな仕事をすぐ覚えて手伝ってくれるいい人。いつも笑ってる。そして、いつも変わらない。だから、入社して1ヶ月経ってすぐ馴染んで お局先輩にも、威張り散らすだけの課長にも、可愛がられて… もう、居なきゃ困る人になって…


 だめだ。泣きそうな事が起きたときは、人の羨ましい話が 聴きたくない話に聞こえてくる。

 こんなわたし、嫌。嫌なの、嫌。


 今にも涙がでそうなわたし、お祝いの席で泣き顔は、社会人失格だよね。これ以上、姿を見られなくなくて、でも、泣きたくて… 足は自然と トイレに向かっていった。個室を出た柱の向こうからは、楽しそうなのに楽しそうに聞こえない笑い声が、耳に残っていた。

 笑い声じゃない。嗤い声かもしれない、こんなわたしを わたしが嗤う声かもしれない…



 トイレの音姫を何度も押した。神様が味方してくれているのかな?って思った程、誰も来なかったけれど…音姫は、何度も押した。

 涙がぽたぽた 落ちている。 目をこする指、拭き取るハンカチに、涙で溶けたマスカラが散らばってる。


 こんなわたしが、恋なんて出来ない。人から好かれる社会人になんてなれない。


立派な大人だったら、きっと、「自分は、大丈夫」って言い聞かせて、立ち上がらなきゃいけないのにね。でもね、自分を言い聞かせる筈の声が、聞こえない。何を言っても、素通りしてしまう。…なぜか、わたしの心に届かないの。わたしの声がわたしの心に聞こえてこないの…


 こんなわたしが… 恋なんて 出来ない…




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