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萌崎カルトのインスタント帝王学

作者: 黒木レン

 毎年夏が来ると、八百万の神々は日本中から一つの絵馬を選ぶ。

 そしてその絵馬に書かれた願いを、何でも一つだけ叶えてくれるのだという。

 神々の間で『むちゃぶりドラゴンボール』とか呼ばれる、最近流行りの儀式である。


     ●    ●


 その夏の日、空から少女が降ってきた。

 その美しい少女は長い髪をひるがえして、東京の交差点へと降ってきて、

 ドゴッ! べくちゃっ!

 地面に激突。無惨に飛び散った。

「「「「「は……っ?」」」」」

 街の人々が驚いて見上げる青空から、再び少女が降ってきた。

 なんだかいっぱい振ってきた。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 すんごい風切り音を立て、流星みたいに降ってきた。

「「「「「うっそおおおおおおおおっ!!!」」」」」

 ビルへ逃げ込んだ人々は賢明だった。放たれる衝撃波。穿たれるコンクリ。崩れる家。飛び散る美少女肉。当初はめくるめく美少女の嵐に歓喜した連中も、すでに土下座ゲロを開始した。

『東京の天気。本日は朝から激しく美少女。突然の出会いに注意しましょう。死にます』

 どごーん。どかーん。いたーい。

 そこかしこで悲鳴があがり、人々は避難場所を求めて逃げまどう。

 そしてさらに始末が悪いことに、落ちてくる美少女達は無駄に個性的だったのだ。

「こんな事あろうかとオリハルコン装甲の本社ビルっ。美少女ごときじゃビクともごばあっ」

「ああっ、社長の頭にエクスカリバーがっ」

 美少女破壊力ランキング。一位・武器ッ子、二位・ロボッ子、三位・不自然巨乳。

 普通の美少女に混じるそんな『個性体』は、隕石にも匹敵する破壊力だった。降り続く美少女はインフラを遮断し、ビルを倒壊させ、都民にトラウマを与え、東京を壊滅させた。


     ●    ●


 江戸川東岸。死都となった東京を遠望し、軍服の男が溜息をついていた。

「はあ……いったいどうしろと言うのだ……」

 都民救出の総責任者、自衛隊の米安陸佐。愛称ライアン。そんな彼は力無く部下に尋ねる。

「状況はどうなのだ?」

「率直に言って最悪です。怪現象は依然原因不明。いまだ解決のめどは立っておりません」

「その上救出は遅々として進んでいない、か」

 朝からのこの異変に対して政府は有効策を打ち出せず、目下二百万人が都内に孤立していた。

「……ところで疑問なんだが、あの少女達はどこから来ているのだろうな」

「偵察機の報告によると、上空一万メートル付近にある雲から突如出現するとのことです」

「どこからか、ワープのようなもので連れてこられているのか?」

「それはあり得ません。美少女達が無から発生していることは、統計学的事実より明確です」

「分かりやすく言え」

「人類にはこんなに美少女がいませんっ!」

「分かりやすいな……」

「非情に遺憾な事実でありますっ!」

「お前の感想は要らん!」

「あと傍証として、美少女達には意識がないことも確認されています」

「……。いや、しかしそれは落下の衝撃で」

「いえ。これは翼などでゆっくり落ちる『個性体』を検査した報告です。少女達にはまるで初めから魂が入っていなかったかのようだ、だそうです」

「魂が無かったかのよう、か」

「あるいはまるで人形のよう、でしょうか……」

「人形のように……だと……」

 と、米安陸佐が何か考えようとしたときだった。

『緊急事態です、米安陸佐っ――』

 彼らの胸についていた無線機に、緊迫した通信が入った。

『第三封鎖地点、検問が突破されましたっ、無断侵入者ですっ』

「バカな。侵入者だとッ! こんな危険地帯に何のためにっ。まさかマスコミ連中か……?」

『いえ、自分にはそう思えません。侵入者は黒の大型バイクに乗った、おかしな格好の――』

 その報告が終わる前に、その侵入者は到来した。

 ブオオオオオオオオオオオォン

 黒一色の超大型バイクが、爆音とともに土手を駆け上がって来る。それは二人が見る間にも土手を踏破し、空へと大ジャンプ。そんなバイクを疾駆させるのは、

「巫女さんッだとッ!」

 白い小袖と緋色の袴。金髪のツインテール。空から降る少女達すら凌駕する、抜群の器量。

 バイクを操るのは、十二・三歳にしか見えない超かわいい巫女さんだったのだ。

 そして土手から飛び上がった黒のバイクは、放物線を描いて江戸川水面へと落下していく。

 だが着水寸前、少女は一枚のカードを天に掲げ、高らかに祝詞を捧げる。

「常識リミッター解除っ――神頼み120%装填っ――御利益、全、開っっ!」

 ずずーーーーん

 突然、崩壊音が響く。見ると上流の鉄道橋が壮大に崩れ落ちていた。

 崩れたコンクリが水をせき止め、イイ感じで露出した川底を、巫女さんバイクが走る走る。

 そして悠々と対岸にたどり着き、巫女さんはその拳を蒼天へと突き上げた。

「神の力、最強!!」

「「「「「「バカーーーーーーっ」」」」」」

 叫ぶ自衛隊連中に見向きもせず、巫女少女はガールストームの中へと走り去った。


     ●    ●


 場所は変わって地下鉄田島駅。

 そこには不吉な美少女がいた。

「ねぇねぇ、刈人くん。私、生の内臓初めて見ちゃったよぉ。ぴんくかったねぇ」

 避難した人々がタイル張りにへたり込む中、その美少女はねじれた笑みを浮かべていた。

「ところで小説によく『死体が焼ける悪臭』って表現あるでしょぉ。あれ嘘だよねえ。だって肉が焼ける臭いって、つまり焼き肉の匂いでしょ。私なんか、ぐうぐうお腹なっちゃうよお」

 落ち着いた声と物腰だけ見れば、箱入りのご息女に見えなくもない。

 背中まで伸びたくせっ毛も艶やかで、傷一つ無い白肌には月光の輝きがある。

 けど瞳が濁っていた。腐ったゾンビより腐っていた。黒くそしてドス黒い。一見ズバ抜けた美少女ではあるが、さっきの巫女さんとはまるで逆の印象。あっちがキュートで可愛い系なら、こっちはフェティッシュで蠱惑的。もっと簡単に言えばギャルゲーとエロゲー。さらには朝起きたままらしい寝間着がピンクのドクロ柄で、もう救いようないぐらい邪悪な美少女だった。

 一方、少女の話し相手は、とても幸の薄そうな少年だった。背丈こそ人並みなものの、体つきは華奢。長めの前髪が目を覆っていて、一度見てもすぐに忘れそうな地味顔だ。加えて、今は顔が蒼白。この少年もパジャマで避難中なのだが、顔色では隣の少女と比べるべくもない。

 そんな彼を揺すりながら、人相が悪い美少女は言った。

「どうしたのぉ、刈人くん。お顔真っ青だよお。げろ? おトイレついてってあげようか?」

「げ、げろって……しかも嬉しそうに言わないでよ、狂子さん」

 答える声に力がないが、この状況では仕方ない。横にいる彼女が例外なのだ。

 ちなみにこの二人は、因縁深い幼なじみ。もっとも少女の方は『刈人くぅん』と鼻に抜ける甘さがあるのに対し、少年の呼び方は堅苦しく『狂子さん』。今見ていても、

「ほぉら、刈人くん。綺麗だよぉ。これね、さっき見かけた内臓美人の写メ」

「うひいいいいいっ、なにを急に見せるのさっ」

「覚えておいて、刈人くん。女の子にはね、みぃんなこの素敵生ゴミが詰まってるんだよぉ」

「やめて狂子さんっ、これ以上っ、これ以上っ、僕を壊さないでっ」

 とか。

「ほーら一発芸だよ、刈人くん。親指が取れまーす。ぴこぴこー」

「いやあぁあああぁあああっ」

「あは。刈人くんリアクション良すぎだよぉ。本当に取れる訳ないでしょお。手品のタネは」

「いやだいやだ知りたくない見たくないぃっ」

 ご覧の通り、二人は大の仲良しである。彼女の機嫌が天井知らずな一方、刈人は衰弱。

「なんて最悪な一日だ。また怪現象は起きるし。家族とはぐれた上、避難先に狂子さんだし」

 そう彼が嘆いたときだった。ズン、という強い地響きが駅を襲う。どこかでまたビルが倒壊したのだった。頑丈な地下鉄駅とはいえ、ここもいつまで保つか分からない。ラジオによれば救助が来る見込みもない。人々の間にも、思わず悲愴な空気が漂う。

 そんな中でさらに狂子さんという強敵を抱える刈人君。もうなんか色々限界だった。

「もうだめだ……きっとみんな死んじゃうんだ……」

「おっけー。じゃあみんな死んだあと、一緒にアダムとイブになろぉ、刈人くん」

「助けてください神様……幼なじみが無駄にセカイ系です……」

 こうして彼が追いつめられていたときだ。駅の構内に、盛大なエンジン音が響いたのだった。

 その救世主は、人を轢きながら現れた。地上からの階段をバイクで突破、人々の間を縫いつつたまにハネ飛ばし、キュートな巫女さんがツインテールを翻して現れたのだった。

 そのバイクは人混みの中でギュイギュイ二回転。人々をドン引かせてスペース確保しつつ急停車。 そして巫女さんは颯爽と降り立つと、腰を抜かす人々を見下ろしてこう言ったのだ。

「この中に犯人がいるっ」

 お前だよ。

 という周囲の思いをガン無視。巫女の少女は袖の下から一枚の絵馬を取り出すと、

「犯人はっ、お前だああぁっ」

 全力で床にストライクっ。

「うごばあああああっっ」

 それと同時、どういうわけか刈人が床をのたうち回った。その様子を見た巫女さんは、

「む、お前ねっ、この絵馬を書いたのはっ」

 人混みが自然に割れた道を通り、巫女さんは刈人へと歩み寄る。

「ひ、人違いですっ。まっ赤な人違いです」

 巻き込まれそうになったら即否定。ラノベの登場人物としては正しい危機管理ではあるが、

「どこがどこがどこが、人違いなのよっ」

「みぎゃあああ~~~~~~~ぁっ」

 巫女さんがギチギチ絵馬を捻り上げると、刈人がねじり揚げパンみたいなポーズで絶叫した。

「ど~~~見ても、あんたと同調してるじゃないのっ。これあんたの絵馬でしょっ」

「ち、違っ、今のはただの決めポーズっ、決めポーズですっ。燃え上がるぞハートっ、背骨折れるぞアートっ、あ痛痛痛痛たぁ、すみませんごめんなさい調子乗りましたぁんっ」

 日々の鍛錬を感じさせる、一切の無駄を省いた土下座。これが詫びか。手のつき方といい、額のすり方といい、申し分ない。ところがそのやり取りを見て、狂子さんが目を輝かせていた。

「すごおおおい、すごいすごい。面白そうっ。私にもその絵馬貸してぇ」

「ふふん。しょうがないわね。ちょっとだけよ」

「貸さないでください、人死にが出ますっ! それより突然あなたは誰なんですかっ」

 すると巫女さんは、待ってました、とばかり満面の笑み。控えめな胸に手を当てると、

「よくぞ聞いてくれたわね。私は日本神道第六課所属・宗教戦争&破壊工作専門エージェント。人呼んで《迫害の巫女》幼波・アリスロリータとは私の事よっ!」

「ハクガイのミコって、その通り名どっかで聞いたような……」

「迫害アミュレットっ!」

「痛っだあってなに必殺技っぽい声出しなんですかっ、絵馬ぶん投げただけじゃないですか」

「うるさいわよ。目上の私には口を慎みなさいっ。それよりもクエスチョン、わん」

 巫女さんはさえぎって尋ねた。

「今年初詣がてら鷲巣神社に行った」

「い、行きましたけど」

「そこで絵馬を書いた。○か×か」

「ま、マル……」

「その時やたら達者な絵に書き添えたのは『ある日空から降ってきた美少女をキャッチ。その少女と恋仲になる片手間で、世界の滅亡とか阻止したい』である。○か×か」

「あ、書きましたね。そう言えばその絵馬にも見覚えが」

「完全にお前だわっ! 死ねっ!!」

 巫女さんの強烈な回し蹴りを受け、刈人は床に沈んだ。


     ●   ●


 毎年夏が来ると、八百万の神々は日本中から一つの(アホな)絵馬を選ぶ。

 そしてその絵馬に書かれた願いを、無理やり叶えてくれるのだという。

 神々の間で『むちゃぶりドラゴンボール』とか呼ばれる、神聖なる夏の公式行事である。

「絶対遊んでるでしょ、神々っ。暇を持て余してるでしょっ」

「まあ遊びね。海外交流戦では大洪水を起こして、キリストんとこ泣き入れさせたりするし」

「え……それノアの方舟じゃ」

「友達いない唯一神ごとき、八百万人で囲めばフルボッコよ」

「素敵っ、日本の神々が素敵すぎるよおっ!」

「自分の国の神様がそんなゲスで良いの、狂子さん……?」

「ま、そんなわけで八百万の神々は、ぶっちぎり宇宙最強へっちゃらちゃらなのよ」

 という説明だった。場所は同じく地下鉄駅の切符売り場前。刈人、狂子さん、巫女さんの三人は車座になって打ち合わせ中。ちなみに周囲の人は、関わりたくないので見て見ぬふり。

「すみません……その、冗談のつもりで書いたんですが……こんなことになるなんて」

ともかく現状が自分のせいと知り、刈人としても罪悪感で押しつぶされる寸前。

「僕のせいで世界が滅亡しそうなんて……どうしましょう……」

「あのぉ、その世界の滅亡なんだけど」

 と口を挟むのはあいかわらず余裕な狂子さん。

「世界滅亡って、この少女嵐が原因なの?」

「ん、さすが狂子。良い疑問ね」

 快く答えるロリス(愛称)。変人同士波長が合うのか、先ほどからやけに仲が良い。

「正直、うちの神々が『世界の危機』なんて面白い話を、この程度で済ますわけがないわ」

「八百万の神々って良い趣味してるんだねえ」

「それにコレを見て」

 そう言って見せるのは例の絵馬。はしたないメイドの横に、問題の願い事が書かれている。

「この願い事は分解すると三つの段階に分かれるの」

「ええっとぉ。①美少女をキャッチ ②美少女と恋仲 ③世界の滅亡を阻止 かなぁ」

「そう。だから現状は第一段階。滅亡の危機は、萌崎がキャッチした後に来るはずだわ」

「あ、そう言えば、落ちてくる美少女には意識が無いって噂も」

「そうね。萌崎が受け止めた子にだけ、魂を入れるつもりじゃないかしら」

 と話している横で、際限なく鬱になる刈人。曲がりなりにも可愛い女の子二人に痛絵馬を分析される拷問。縞パンツ見えてるイラストに話題を振らないのは、彼女達の最後の情けである。

「(もう滅んで良いよ、世界……)」

「ん、何か言った?」

「あ、いえ……」

「まあいいわ。で、お前は反省してるの?」

「それはもう黒歴史というか……死んでお詫びも辞さない覚悟です……」

「ならオッケーね。んじゃ、さっさとこの『奇跡』を解決しに行くわよ」

「えっ解決できるんですか?」「えぇっ解決できちゃうのぉ?」

 嬉しそうな声と残念そうな声が被る。残念そうな方は言うまでもなく狂子さん。

「私としては、もっと刈人くんに困って欲しいんだけどぉ」

「…………萌崎のことずいぶんお気に入りなのね」

「だぁい好きなの♪」

「ぐっ……胸部にキリキリとした切迫痛が……」

「後学のため聞くけど、この痛ダメオタクのどこが良いの?」

「いやいやロリスちゃん。この刈人くん、やるときは意外にやる子なんだよぉ」

「そうかしら……とてもそうは見えないけど……」

 胡散臭げな目のアリスロリータ。確かに説得力は無い。

「ま、どうでもいいわ。それよりこの奇跡を解除するには、萌崎が鷲巣神社で願いを取り下げればいいの。本心から願わないとダメなんだけど、この様子なら大丈夫ね。じゃ、行くわよ」

そう言ってバイクを指さすアリスロリータ。だが言われて焦ったのは刈人である。

「ちょ、ちょっと待って。行くって、このガールストームの中をバイクでっ?」

 この災害の恐ろしさは身に染みている。あの中をバイクで抜けようとは、正気じゃない。

「無理。絶対無理だって。神社に行く前に死んじゃうよっ」

「始める前から諦めてどうするのっ、まったく情けない奴ねっ。一応対策はあるわよっ」

 そう言って、アリスロリータは懐から一枚のカードを取り出す。

「はい、これはお前のよ」

 そうして渡されたのは、一枚のプラスチックカードだった。裏面には萌崎刈人の文字。表はリライト加工されており、白い文字で156MPとプリントされている。

「このポイントカードみたいの何ですか?」

「ポイントカードよ」

 見たまんまだった。

「全国共通日本神道ポイントカード。そのカードにはお賽銭および神社グッズ購入額の1%が『御利益可能ポイント』として自動で加算されるわ」

「御利益ってそういうシステムなんだ……」

「そのカードによると、お前は今まで神社で一五六〇〇円も無駄遣いしたのね」

「……。ところで『御利益可能ポイント』の頭文字はMPじゃなくてGPじゃないですか」

 という刈人の素朴な疑問に、巫女の少女は、ふっ、とやるせない笑みを浮かべた。

「やあねえ、カマトトぶっちゃって。金のマネーパワーの略に決まってるでしょ」

 これよこれ、と指で○を作ってみせる本職の巫女。知りたくないもトリビアだった。

「で、話を戻すと、このカードは意図的に『偶然』を起こせるの」

「偶然を起こす……ですか」

「そ。受験だろうが何だろうが、起こり得る偶然を必然に変える力。それが御利益なのよ」

「へえ。凄いんですね」

 感心した様子の刈人に、ロリスは自慢げに髪をかき上げる。

「まあ、その『偶然』の範疇は、使う人の認識に左右されるんだけどね。ジャンルによって得意不得意はあるし、頭固いとダメなのよ。逆に私なんかは、こんな事もできるのよ」

そう言ってロリスは自分のカードを取り出すと、少し離れた人混みを指さす。

「ほら、あそこに腕を折った女の子がいるでしょう」

 示した先には、青い顔をして左腕を抱えた眼鏡っ子がいた。結構かわいい。

「よく見てなさいよ」

 アリスロリータはカードを指に挟み念を込める。すると息も絶え絶えだった少女は、

『こふぁッ』

 血を吐いた。

「怪我人程度ならトドメが刺せるわ」

「治してよっ、今のは治すシーンでしょっ。トドメ刺さないでよっ」

「大丈夫。ちゃんと寸止めたわ※」

「※このシーンの撮影には、衝撃に強い形状記憶メガネっ子を使用しております」

「狂子さんはなに適当なフォロー入れてるのっ! それで済ませないでよっ」

「治すのはヒラ巫女の仕事。エリート戦闘巫女な私の特技は『破壊』なのよ。ま、それはともかく。だいたい使い方は分かったわよね。お前もできる限りそのカードで身を守りなさい」

「は、はあ……まあ、これで美少女を『偶然』避ければいいんですね」

 と、一安心の刈人少年。だがアリスロリータはさりげなく、

「ただ今回の『奇跡』はお前を中心に起きてるから、御利益で防いでも効率悪いのよね」

「え……じゃあ156ポイントって、どれぐらい避けられるんですか?」

「ボム3回分ぐらいじゃない? 『奇跡』と『御利益』なら奇跡の方が断然格上だし」

「いやあああっ、死にますっ、鷲巣神社どころか、道中で死にますっ」

 悪夢の美少女弾幕ゲーだった。逃げ腰になる刈人少年。だがアリスロリータは容赦しない。

「じゃあどうするのよ。このままここに隠れてるの。ここもいつまでも安全じゃないのよっ」

そう言われ、少年は周囲を見回す。そこにいたのは疲れ果て、追いつめられた人々だった。

「そうか……」

 彼はようやく理解する。確かに今人々が怯えているのは、暇を持て余した神々の悪戯のせい。

 だが彼らがこの先助からないとしたら、それは戦いから逃げ出した刈人のせいなのだ。

 少年の顔つきが変化したのを見て、アリスロリータは珍しく優しい笑みを浮かべた。

「後ろに乗りなさい。世界を救ってみたいんでしょ? その願いだけ一緒に叶えてあげるわ」

「うん……ありがとう」

 刈人も今度ばかりは素直に頭を下げた。ポケットに絵馬を入れ、刈人は後ろの座席へ。

「私にしっかり掴まって。ぶっちぎるわよ」

 そして刈人は素直にアリスロリータの腰に手を回そうとし――その時歴史は動いたのだった。


 ふにゅんっ。


「「へ?」」

 それは不幸な事故だった。

 べつに背は低くない刈人と、通好みな体格の幼波アリスロリータ嬢。刈人が後ろから腕を回せばそれはやや腹より上になり、しかも彼女の胸は一見自己主張が少ないタイプだったのだ。

 だが控えめは控えめなりに、彼が揉みしだいた胸は『ふにゅんっ』と女の子をしていた。

「い、いやああああっ」「ぐべっ」

 反射的にロリスが放った裏拳がヒット。刈人はひとたまりもなくバイクから転げ落ちる。

「あ、ごめっ……ん……?」

 慌てて振り返ったロリス。だが彼女がそこで見たのは、あまりに不可解な光景だった。

 床に倒れたまま、己の手を見つめる刈人少年。

「未来は僕らの手の中……これが……運否天賦ではない、おっぱい……」

 だいぶ訳の分からない事をつぶやいている。

「あ、あれ……萌崎? どうしたの。バイクから転んで落ちたとき、頭でもぶつけて……」

軽く責任転嫁をカマしながら、ロリスが恐る恐る尋ねる。だが彼の独り言は猛烈に加速する。

「いったい僕は何考えてたんだ。美人巫女さんの言葉に流されて、偽りの決心まで固めてっ」

「萌崎……?」

「そのどこに僕の意思があったんだっ! 目を覚ませっ。美少女が、僕の願いが、億に一つの奇跡が、今頭上に降ってるんだっ! 僕は美少女とらぶらぶしたいんじゃなかったのかっ!」

 彼は凄い勢いで跳ね起き、脱兎のごとく走り始める。しかもなぜか地上階段へ向かって。

「待って刈人くん!」

 だがつき合いの長い狂子さん。刈人の腰に抱きつくと、珍しく必死で止めにかかった。

「お願いお願い。待って刈人くん。揉んでいいからっ。私のを揉んで良いからぁっ」

「放して狂子さんっ、僕は目が覚めたんだ。僕は、僕は――」

「刈人くんっ! ほら、ほらぁっ」

「え、凄ぉっ柔らかっ。ええっなにこれっ、じゃなくてっ、ここで懐柔されてたまるかっ」

 ゾクンと背骨に抜ける誘惑を断ち、取りすがる狂子さんの腕を抜け、刈人は猛然と走り去る。

「あ……ああ……刈人くん……」

 取り残され、力無く手を伸ばす少女。

「え……今のどういうこと……?」

 そして状況について行けない巫女さん一名。そんな彼女に、幼なじみの少女が答える。

「お願いロリスちゃん、刈人くんを止めてっ。彼は美少女を受け止めるつもりなのっ。そしたら刈人くんが幸せになっちゃう、じゃなくて、世界の危機が始まっちゃうのっ!」

「は、はああっ!?」

「彼は己の真の欲望に目覚めたのっ。例え世界を敵に回しても、美少女の胸を揉むって!」

「じょ、冗談でしょ、で、できるわけ無いわっ。だって世界の運命がかかってるのよっ!」

「信じて。彼はやる時は『本当にやってしまう』男なの」

 それを聞いて怒りで拳を握ると、幼波アリスロリータはカードをかざして振り返る。そして、

「止ぉまぁれええッ」

 本職による『御利益』の一撃。階段を登っていた刈人は、『偶然』足を踏み外し転げ落ちる。

「くっ。今のは御利益攻撃かっ」

 だが刈人は即座に状況を把握。ほぼノータイムで自らもカードをかざす。この状況下にして、驚異的な判断力だ。そして目標は走り来るロリスの足下、同じく転倒による妨害を試みる。

 だが巫女さんの足下では、僅かな火花が散るのみ。しかも彼のカードからポイントが減る。

「甘いわよド素人がっ。『偶然』の内容が予測できれば、御利益は相殺できるのよっ」

 転倒。上から蛍光灯。わらじのヒモが切れる。

 バチッ、バチッ、バチッ。

 何度やっても火花が散るのみ。御利益は全て相殺されて、ポイントだけ減っていく。

「うっ、やっぱり付け焼き刃じゃダメだ。ここは素直に逃げ――」

「逃がさないわよっ」

 慌てて階段を登ろうとした刈人に、アリスロリータの御利益追撃が入る。

 刈人は、転ぶ、靴、落下物などを想定して刈人は相殺を狙うが、

 バコッ。

 壁の長い手すりが取れ、刈人に向けて落ちて来た。さすがは迫害の巫女、発想に遠慮がない。

「がはーーーっっ」

 手すりで脇腹を痛打した刈人。だが脇腹を押さえながらも、彼は不敵に笑っていた。

「発想で上を行かれた……けど……面白いな……御利益攻撃は、こうやって使うのか」

 彼女の攻撃を受け、早くも『御利益』の持つ可能性を理解したのだ。

 真の欲望に目覚めた萌崎刈人。彼は本日まさに絶好調だった。

「なに笑ってるのよ。さあ、さっさと神社に行って、願いを取り下げて貰うわよ」

 振り返ると、階段下ではロリスが睨んでいる。けれど刈人は眉一つ動かさなかった。

「お断りだよ。だって君が教えてくれたんだよ、あの柔らかさを。あの感動の前では、世界の危機すら霞む。だから僕は最高に可愛い美少女を探して、とってもエロいことするんだっ!」

「萌崎……最低……」

「まあね。だが止めようとしても無駄さっ。僕はこの手で全てを揉み尽くすっ!」

 言い放つその風格は、まるで悪の帝王がごとし。

「く……このアホくさい威圧感は……」

 意味不明なやる気に押され、アリスロリータはじりりと踏み下がる。

「あと君の御利益はすでに見切ったよ。悪いけど、もう君には僕を止められないっ」

「はっ、面白いこと言うじゃないの、よっ!」

 怒ったロリスが放つ御利益の連撃。だが、

「――相殺っ!」

 今度は刈人の周りで、相殺の紅い火花が飛ぶ。見切ったというその言葉に嘘はない。

「御利益バトルは一見なんでも有りに見えて、そうじゃない。いかにして相手の思いつかないことをするか。発想力の殴り合いなんだ。だけど君の御利益指向は、すでにバレている」

「く……確かに手の内を見せすぎたわ。でもね、ポイントを見てみなさい」

 言われて見ると、すでに刈人のカードは90ポイントを切っている。

「えっと……幼波さんの残りポイントは?」

「53万ポイントよ」

「絶望的大差だっ!」

「どうするつもり? 防戦一方じゃお前の負けよ」

 カードを片手に睨み合ったまま、文字通り火花を散らし合う二人。

「く……仕方ない。ならこちらは勝負手を出そう」

「へえ、面白い。来なさいよ、叩きつぶしてあげるわ」

「なら知るが良いよ。すでに君は僕に負けていたんだ――とびきりの美少女な時点でねっ!」

「は、はぁっ? お前こんなときに何をっ」

 とロリスが顔を赤らめる一方、萌崎が高速詠唱を(気分を出すために)開始する。

「Bust to Bust――Ash to Ash――(尻は尻に――胸は胸に――)」

「な、なによ、その不吉な呪文はっ」

 不気味な自信に気押されたロリスは、思わず汗を浮かべ身を固くする。その瞬間、


 しゅるっ、パサッ。


「え……?」

 ふわりと舞い落ちる紅の布。『偶然』帯が緩み、ロリスの袴が脱げ落ちたのだった。

 上衣の裾で下着こそ見えないもののまっさらに白い太ももが露わになる。圧倒的御利益空間。

「あ、あ、ああり得ないでしょっ! こ、こんな偶然っ!」

「美少女には良くあること」

「な、無いわよっ」

 と、慌てて袴をはき直そうとしたのが致命的だった。

「はい、アウト」

 彼女のかわいらしい額を、ちょい、と刈人がつつく。

「うわ、うわっ」

 怯えてのけぞった少女は転倒。転げ落ちた先で起こる『偶然』は、

「いてて……て、うわっ、ちょっ」

 惜しげなく下着を見せる姿のまま、全身に帯紐が絡んだロリスさんだった。

「えっ、嘘。っていうか動けないっ。完全に絡まってるっ。うそ、こんな偶然」

「美少女なら」

「無いわよっ! っていうか、み、見ないで、お願いだから見ないでよっ」

 『偶然』帯に緊縛されて行動不能。しかも自分のカードは少し離れたとこに落ちてしまっている。《迫害の巫女》アリスロリータ、完全敗北の瞬間である。

「美しい……桃色の布地が太ももの白さを引き立て、魅惑の光景を生み出している……」

「なにを寸評してるのよっ。見ないでって言ってるでしょう!」

「悪いが僕は……ドドドドド……美少女を愛でずにはいられないサガを背負っている……ドドドドド……ゆえに発動したこの御利益を……『美少女には良くある事故(ト・ラブル・ランブル)』と名付けよう……」

「スタンドっぽく言うなっ。自分でドドドドって言うなっ」

 しかしロリスの御利益特性が『破壊』にあるなら、刈人の特性は『対美少女特化型』。容姿端麗なロリスを封殺する圧倒的御利益だ。しかしそれ以上に恐ろしいのは、彼の恥も外聞もない発想力。己の変態性を最大に利用する天才的戦闘センスだった。ロリスも呆然として呟く。

「ただの一般人が……初の御利益バトルで、これ程の応用力を見せるなんて……」

「ふっ。だがやれやれ、もし幼波さんが今ほどキュートじゃなかったら、負けていたのは僕だったな。本当に危なかったよ。だが残念ながら君は、最高に魅力的な美少女だ」

「あ、み、魅力的って、あ、あほっ、死ね、死ねっ、今すぐひざまずいてくたばりなさいっ」

 恥ずかしい姿のまま顔をまっ赤にし、アリスロリータは罵詈雑言を連呼する。

 どこか心地よいその声を後目に、刈人は地上へと向かった。崩れかけの階段を登りきれば、そこはもう肉片転がる滅びかけのビル街だ。美少女降りしきる空を見上げ、彼は目を閉じる。

「分かる……分かるよ」

 これを自らの奇跡だと自覚した刈人は、無数の美少女達を第六感により知覚していた。

「ツインテール、眼鏡っ子、金髪、青髪、ロリヴァンパイア、ポニテ、日本刀……」

 耳を澄ませるようにして、周囲数百mの美少女の性質(タグ)を把握する。けれど次の瞬間だった。

「な、何だこれっ」

 異変を察知して緊急回避。その直後、彼のいた空間を黄金色の残影が貫いていた。

「あ、危なかった……『属性変化』に気付かなかったら、完璧にやられてた……」

 地下から超高速で駆け上がってきたその影は、そのまま通り過ぎて向かいのビルへ着地。コンクリートの壁を半壊させる。恐るべき破壊力。その様子を見て、刈人は冷や汗を垂らす。

「変だと思ったんだよ……突然地下に『狐耳』の美少女が現れるなんて」

 彼の言葉通り、そこにいたのは狐耳を生やしたアリスロリータだった。

「あんな恥までかかせてっ、もう手加減しないわよっ」

 と涙目なアリスロリータの口には、『妖狐級』と書かれた護符がくわえられていた。

「突然はえた狐耳は、その護符の力かな?」

「そうよっ。これは妖怪退治に使う霊力憑依符。念のため持ってきた三枚のうち一枚。今の私は霊獣最高峰の『九尾妖狐』に匹敵するわ」

「なるほど。御利益合戦では敵わないと見て、力押しか」

 納得する刈人。確かに今のロリスは、素人目にも爆発的な霊力を纏っていた。踏みしめる足、握られる拳、その一挙一動に力がみなぎっている。

「でも無理だよ。その程度の力じゃ、もう僕に勝てない」

 その化け物を前にして、刈人もまた負けていなかった。圧倒的な存在感。満ちあふれる自信。間違いなく人として英雄豪傑の域に達している。カードを斜に構え、刈人は悠然と手招きした。

「おいで子狐ちゃん、優しく撫でてあげるよ……主に胸を」

「ほざくなぁあっ! 食らえ、九陰鉄骨爪っ!」

 少女は壁を蹴り、稲妻のように襲いかかる。十メートルの間合いを詰めるのは一瞬。御利益攻撃なら一回分の猶予しかない。一方、迎え撃つ刈人の攻撃は、

「ずり下ろせっ、美少女には良くある事故(ト・ラブル・ランブル)っ!」

 彼の言葉を聞き、アリスロリータは勝利を確信する。帯はしっかり締め直した。そして次に刈人が仕掛けてくる御利益について、すでに狂子さんからアドバイスを受けているのだ。

 だから無駄よ、とロリスはほくそ笑む。なぜならば――、

「私は今、履いていない!」

「……知ってるよ」

 刈人の憐れむような目つきが印象的だった、と後のアリスロリータは語っている。

 狂子さん&ロリスにとって唯一計算外だったのは『ぱんつはいてない』が一つのキャラ特性として感知可能なことだった。当然、美少女には良くある事故(ト・ラブル・ランブル)はブラフ。ぱんつ脱ぎ損である。

「脱ぎ損ってなによっ。うわああああんっもう死ねぇっ」

 ぱんつがないから怖くないもん、な巫女が涙目で殴りかかる。投げやりながらも十二分の霊力が乗り、その拳は強力無比。一般人の刈人などひとたまりもない…………はずだった。

 キンッ、キンッ、キンッ

 けれどアリスロリータの打撃は、妙な金属音と共にはじき返されていた。

「えっ……な……っ!?」

「目には目を、歯には歯を、胸には手を……そして、力押しには力押しを」

 そう呟く刈人が手にするのは、刀身まっ黒でこれ以上ないぐらい露骨な『魔剣』だった。

「ここは『ありとあらゆる美少女が落ちてくる』フィールドなんだよ、幼波さん」

 彼が起こしたのは『武器っ子の超強力な魔剣が、手元に落ちてくる』という御利益。

 それは文句付けようも無く、この空間で起こり得る偶然。さすがは刈人と言える狡猾な一手。

「んじゃあ悪いけどっ、しっかり袴押さえてねっ!」

 その言葉とともに、刈人は猛烈な勢いで剣を振り下ろす。直接の斬撃が目的ではない。その魔剣が纏う巨大な魔力を、爆風として打ち出したのだ。

「し、しまった」

 風をもろに受けた少女は、一気に十数メートル上空まで吹き飛ばされる。

「そのまま場外リタイアして貰おうかなっ」

 彼方へ運び去るべく、刈人はだめ押しの三連剣風。避けようにも足場のない空中。なすすべも喰らい、ロリスは遙か西の空へと吹き飛ばされる。

「あ、ちょっと、萌崎っ、こっこらああああっっ」

 きらーん、とアリスロリータは旅立つのだった。


   ●第二部 千年帝国の豚篇● 


「うわぁ。短編のくせに二部とか始まっちゃったよぉ」

「何の話よ、狂子……ってそれより、くそっ、最初から『天狗級』を選んでいたらっ」

 バンバン、とアリスロリータが悔しげに床を蹴る。

 場所は再び地下鉄駅。先ほどの勝負から二時間が経っている。あの後ロリスは『天狗級』護符で飛び戻ったのだが、刈人は既に逃走済み。周囲を探索したが足取りは掴めなかった。

「まあまあ、これでも飲んで元気出して、はき直したロリスちゃん」

「なんで狂子まで言うのかしらっ! 言っておくけど、半分は狂子のせいなんだからねっ!」

 アリスロリータはぐいっと一気に野菜ジュースを飲み干し、悔しそうに歯ぎしりをした。

 完全な敗北だった。ただの一般人である少年に、御利益バトルでは良いようにあしらわれた。プライドを捨てての総力戦では、それ以上の力で捻り潰された。生き恥までかかされた。今すぐにも萌崎を見つけ、連行しなきゃいけないのは分かっている。分かってはいるのだが、次で勝てるイメージが浮かばないのだ。ロリスの巫女歴の中でも、これ程の強敵は初めてだった。

「あの萌崎……本当にただの一般人なの……?」

「だからぁ、私の自慢の幼なじみなんだってばぁ」

 一方で狂子さんからは、とびきりの笑顔がこぼれていた。頬なんかもう、ゆっるゆるである。

「うっわあ、首締めたくなるぐらいご満悦の顔だわ」

「えへへ、ごめんごめん。でも刈人くんの活躍を見ると、私どおしても嬉しくなっちゃって」

 ほっぺに両手を当てて、くにゅんくにゅんと身悶える狂子さん。とっても幸せそう。

「狂子あんたねえ……のろけるのは良いけど、この状況のヤバさ分かってるの……」

「そうは言ってもさ、これでロリスちゃんも少し納得でしょお、刈人くんが凄いってこと」

 うふふ、と邪悪な笑みをこぼしながら脇腹をつつく狂子さん。

「あー、はいはい。凄い凄い狂子のお気に入り」

 処置無しね、と投げやりに言うアリスロリータ。だがやがて首を傾げると、

「あのさ、気になってたんだけど、狂子達ってつき合ってるの?」

「 ! 」

 ビコン。狂子さんがフリーズした。

「え……今の致命的なエラーなの……というか、むしろ狂子、実は萌崎に嫌われてるんじゃ」

「か、刈人くんは私のこと大好きだもんっ。前にぷっちんプリンしたとき言ってたもぉんっ」

「はあ? なんでプリン食べながらそんな話してるのよ」

「あ、違う違う。『ねじ切りぷっちんプリン』は私の新開発した拷問で、刈人くんで実験を」

「そりゃ愛を叫ぶでしょうよっ、拷問中ぐらいはねっ! その前になんで拷問してんのよっ」

「いやあ、私こう見えて、学校ではけいもん部に入ってるんだぁ」

「けいもん部って何よ。軽い……文学でライトノベ」

「軽い拷問で軽問部。K-mon!とか書くと苦悶とも読めて素敵だよねぇ。G-mon!でも良いけど」

「誰か助けてっ! この子ちょっと頭おかしいわっ!」

「私、最初けいもん部って聞いて、かる~い拷問のことかと思ってたんだぁ。でも別にそんなことなくて……例えば刈人くんが逃げたときは、SOS部ってところを相手にするんだけど」

「助け求めてるっ! 明らかに助けを求めてるわよねっ、その団体っ!」

「うん……たん……うん……たん……」

「いやあっ、もうダメっ、肉を殴打する音にしか聞こえないっ。でも言っておくわっ。萌崎が暴力に屈しようと、強要された自白は法律上ツンデレとして認められないんだからねっ」

「でも私のこと大好きって言ったもん……百回ぐらい叫んでたもん……」

「一回目で止めなさいよっ、このラブ拷問魔っ……あ、違うの。今のは褒め言葉よ」

 ブラックホールみたいな目をした少女を、見てみぬ振りをする情けがロリスにも存在した

 などと冗談を言っていたとき、ふとロリスは周囲の人々が活気づいていることに気付いた。

「あれ、なんかさっきと比べて人数増えてない?」

「うん? ああ、それなんだけどねぇ」

 アリスロリータが外で捜索中だった時の出来事を、狂子さんは説明した。

「帰ってきた!? 避難の最中に死んだ人達がっ!?」

「噂だけどねぇ。でも実際結構な人数が帰って来たんだよぉ。しかもみんな妙な夢を見て」

「妙な夢って?」

「死んでいたのを、白い豚に甦らせて貰ったとか何とか」

「白い豚ってなによ……? どこかの宗教のからのヘルプ?」

 けれどロリスは、すぐにその考えを却下。白豚が神の使いの宗教なんて聞いたことがない。

「刈人と言い、白い豚と言い……いったい何が起きてるのよ……」

 ロリスが力無くそう呟いた時だった。砂嵐だった駅の大画面モニターに光が戻り始めた。

「あれぇ、放送が再開したのぉ?」

「そんなはずは……外はまだ美少女が降ってて……」

 静まりかえった人々が注目する中、そのモニターに映し出されたもの。

 それは謁見室らしき場所に据えられた玉座と、その周囲にはべる数千人の美少女だった。

 そしてその玉座で悠然と足を組み、カメラを見下ろすパジャマの人物こそ、


『我は“全てを揉み尽くす者”帝王カルトであるっ!』


「ざけんなーーっ!!!」

「ロリスちゃん、落ち着いてぇ」

 モニターに蹴り入れようとする巫女さんを、狂子さんが羽交い締めする。

「それにしても刈人くん、これ短編だってちゃんと覚えてるかなぁ」

「何の話よっ! ていうかっ、どう転んだらたった数時間でこんな展開になるのよっ!」

「そこはほら。彼やる時はやる男だから」

「限度があるわよっ!」

 そしてロリスが盛大にテンパり、人々がざわめく中、刈人は大げさな身振りで演説を始める。

『今こそ話そうっ。この世界の、人類の真実をっ』 

『始まりは二千年前。一人の美女が世に現れた』

『その美女は「唯一の原点」として君臨し、無数の天才絵師と同人小説を生み出したっ』

『人類史上もっとも多く二次創作されたその美女こそ――――聖母マリアっ!!』

 ドーーーーンッ。そのあまりな問題発言に場が凍りつく。そんな中で狂子さんは、

「でも確かに。子供生んでる処女って、現代でも通用するぐらいマニアックな設定だよねぇ」

 そして刈人の不謹慎演説は続く。

『だがその「究極概念」の発明には、もう一つの要素が必要だった』

『その要素こそ極東の一族っ。古代は女王卑弥呼に喜んで支配され、幼女王イヨを崇めた宇宙最強の妄想民族っ。その民族は平安の時代に至り、歴史上類のない恋愛概念を発達させたっ』

『五・七・五・七・七、僅か三十一文字のやり取りで想像をふくらませ、顔も見たこと無い相手に恋するその強靱無比な妄想力。その妄想力の極みこそ平安貴族の「雅」の精神っ!』

『そして奇跡は起きたっ!』

『シルクロードを通って和の国へ伝わった「マリア様への敬愛」と「平安貴族の雅」が融合っ、「美少女萌え」という最強概念を生み出したのだッ!!』

 その言葉を聞き、狂子さんは珍しく愕然とする。

「そうだったんだ……一人の『象徴』に妄想膨らませた欧州文化と、複数の『実在』に悶々とした日本文化。その二つが合わさった果てにこそ……『萌え』が……」

「あの、狂子……さっきからやたら的確に挟んでくる解説は何?」

 そして刈人の煽動演説は続く。

『「美少女」概念が生まれ幾星霜、今こそ約束の時が来たっ。見よ、この無数の美少女達をっ』

その言葉に合わせ、美少女達が決めポーズ。どういうわけか美少女達が生きて動いていた。

『神の国は下りてきたっ。これぞ史上最高の美少女主義文明っ』

『帝政ワクテカの建国をここに宣言するっ! 参加を望む者は我が旗の下に集うが良いっ!』

 そこで大旗がどアップ。そこに描かれた白き豚の紋章を見て、人々は驚愕する。

「白き豚」「白き豚だっ」「夢に出たのと同じ」「ついに救世の白き豚が現れたんだっ」

 救世の豚の再来に人々が動揺する中、一人の気弱そうな少女が立ち上がる。

「私、行く……白き豚に……救って貰う……」

 少女は疲れ果てた体で、懸命に地上へと向かう。するとその感動的な姿に心動かされたのか、一人また一人。やがては全員が立ち上がり、避難続きで抑圧されていた感情を爆発させる。

『『『『『行くぞおおおおおおっ!』』』』』

 我先にと階段へ殺到。結局あとに残ったのは、事情を知る二人の少女のみだった。

「あはは。みんなノリが良いねぇ」

「ってぇぇええ、冗談じゃないわよっ!」

 アリスロリータは頭を抱えて叫んだ。

「あ、あ、あのバカどこまで暴走する気よっ」

「なんというか刈人くん、もう完全にラスボスのノリだねぇ」

「それにあの美少女達はなんなのっ? どうしてあんなに沢山美少女が動いてるのよッ!」

「それなんだよねぇ。刈人くんがキャッチしたには多いし、特撮映像かとも思ったんだけど」

「思ったんだけど?」

 狂子さんはこめかみに指をあて、何か思い出すように首を傾げると、

「演説が終わって最初に立った子、ずいぶん、というか、かなり可愛かったよね?」

「え……?」

「あらかじめ刈人くんが紛れ込ませた『さくら』じゃないかなぁ。みんなを煽動するために」

 それを聞き、ぞぞぞ、とロリスに寒気が走る。この計算高さ。やはり奴はタダ者じゃない。

「ところでロリスちゃん。確認したいんだけど、あのポイントカードって人に貸せるの?」

「え、まあ持ち主に貸す意思があれば、他の人にも御利益を分けられるけど」

「じゃあだいたい謎は解けたよ。きっと刈人くん『ああいう』美少女を使ったんだねえ」

「そのああいう美少女って?」

「あのさ。魔剣使いやロボッ子が落ちてきている現在、考えるべきなんだよぉ。『不死身』や『ネクロマンサー』それに『命を司る』特殊能力を持った美少女も落ちてきてるって」

「特殊……能力……?」

「御利益の指向は、使い手の認識に左右される。だったらそういう美少女を触媒にすれば、かなりユルい認識で『死人を甦らせたり』『魂を入れたり』できるんじゃないかなぁ」

「じゃ、じゃあ避難中に死んだ人が帰って来たのも……」

「まず『生命操作系』の美少女を甦らせて、その子を使ってみんなを甦らせたんだねぇ」

「で、でも萌崎のカードにはもうポイントが」

「それはもっと簡単。超大金持ちって個性の美少女ならきっと沢山降ってるよぉ」

「何よそれっ。そしたらもう無制限に何でもありじゃないっ」

「そうなんだよぉ。あらゆる個性の美少女の力。もう誰も彼を止められないよ。だからさぁ」

「だから?」

「私達が、ちゃあんと止めてあげないとね♪」

 うふふぅ、と邪悪な笑みを浮かべ、狂子さんは『ソレ』を取り出したのだった。


     ●    ●


 その頃、刈人が何をしていたかというと、

「現在海抜三千メートルまで到達。残念ながら全て順調です、帝王カルト様」

 『天まで届く塔』を建設中だった。独裁者としてそれをやっちゃ終わりというアレだった。

「1ミリも躊躇いなく王様専用死亡フラグを立てるあたり、さすが帝王カルト様と存じます」

 傍らの青髪メイドが無表情のまま言った。塔の最上階近く、帝王カルト謁見室でのことだ。

「大丈夫。バベルの塔の記録なんか簡単に抜くさ、僕のこの『ジェンガの塔』はねっ!」

「崩れます。縁起悪い名前つけないでください」

 愛想のカケラもなくつっこむメイドさん。どうやらそういう『個性』の美少女らしい。

 だが並のツンクール美少女の嫌味など、絶好調刈人の相手ではない。

「激しい『喜び』も深い『絶望』もないっ、酒池肉林のような人生をっ」

「酒池肉林は植物の種類ではございません、カルト様」

「いや、分かってはいるんだけど、一度このセリフ言ってみたくて」

「あれほど世間様に失礼な放送をしていながら暢気ですね……いや、暢気と言うより妙に『ハイ』になっておられるのでしょうか……自信がおありなのですね。新しく身につけた能力に」

「もちろん。僕の御利益は成長したんだっ。鍛え上げた主人公補正は、世界すら支配するっ! それこそが我が能力、最終決戦用主人公補正 『アンリミテッド・ハーレムガールズ』ッ!」

「無限の寵愛……端的にアホございますね」

「だが強い。べらぼうに強いよこの能力は。正直言って、下手な厨設定よりよほど最強だよ」

 そう言い放つ刈人は、第二形態ということで髪がオールバック。今まで隠れていた鋭い瞳が、ギラギラ危ない光を宿している。あの狂子さんにして、この幼なじみありと言ったところだ。

「はあ……ですが確かに、古代神話上の大英雄達ですら今のカルト様には敵わないでしょう」

 青髪メイドも淡々と認める。

 空から墜落した美少女達は現在も次々と回収され、塔内で蘇生作業を受けている。今やハーレムは七千人を越え、しかもその中には超能力者やらヴァンパイアやらが無数に含まれているのだ。バトル物ヒロイン級の警護が、塔の内外に数百人。少年ジャンプなら攻略に百年かかる。

 しかもそれに輪をかけ、この塔には帝王カルトの治世を鉄壁にするシステムがあるのだ。

「報告が入りました。今から『七十八秒後』に、この塔へ向けミサイルが『発射された』そうです」

 それは予知能力&テレパシーのコラボによる最強のネタバレ美少女ユニット『YASU820』。

 世界の動向から来週のワンピースまで、全てを見通す叡智の少女達。彼女達の予知能力を相乗することでアカシックレコードすら閲覧する、空前絶後の未来予知システムである。

「まあ、テラバイトの情報を電話回線で閲覧するような物だから、万能ではないんだけどね」

「にしてもカルト様。何でもあり設定だからといってやりすぎです」

「いやいや。世界征服を企む悪人は、みんなこれぐらい効率的にやるべきなんだよ。しかしこの短時間でダイレクトアタックとは、日本政府も案外思い切りが良いね」

「当然です。あの放送を見たら、いいかげん私でもぶん殴ります」

「なるほど、それが世界の選択か……」

「これだけ言って反省の色が皆無なあたり、カルト様は悪い意味で大物だと存じます」

 刈人が眺めるその窓の外。その青空からは予知通りのミサイルが塔へ迫る。

 しかしその光景を見て、帝王カルトは薄笑いをするだけだ。

「それにしても、本当に彼らは思っているのかな?」

「……? 何をでしょうか」

「大統領や総理大臣ごときが、帝王に勝てるとでも?」

 彼が言った途端、ミサイルは赤い光弾に貫かれ爆散する。塔にはそよ風すら届かない。

「たとえそれが核兵器であろうと、『彼女達』の守りを破れはしない。これこそが世界を支配する『アンリミテッド・ハーレムガールズ』。もう誰も僕の邪魔はできない。そして――」

 そして帝王となった少年は天に拳を握り、傲慢にも言い放つ。

「――僕はこの手で、『女神』の胸を揉み尽くす!」


     ●    ●


 一方で再び登場、江戸川沿岸の米安陸佐とその部下A。二人はミサイルの行方を見ていた。

「やったか!?」「全然やってませんっ!」

 伝統に律儀な二人だった。

「案の定ミサイルではダメか。くっ、戦闘機もダメとなれば、これ以上どうすれば……」

「逆に考えるんですよ陸佐。ここはもう元海軍特殊部隊出身のコック長を送り込みましょう」

「この状況だと、それぐらいアバウトな方が逆に成功しそうだな……」

 疲れてきた二人は、完全に現実逃避中。そこへ通信が入る。

『こ、こちらミサイル発射地点っ、敵勢力の襲撃を受けておりますっ』

「襲撃だとっ、的の規模はっ」

『そ、それが敵は美少女一人っ、元特殊部隊のウェイトレスですっ!』

「「先にやられたしっ!」」

『疾風のように現れた美少女が灼熱のように暴れ回り、漆黒のように隊を制圧しております』

「紅蓮のようによく分かるな。いや、具体的には良く分からんが」

『ともかく構成員の大多数が昏倒。この通信も長くは、うわあああああっ――』

 ぷつりと声が途切れ、その後はノイズしか聞こえなくなる。何が起きたか推して知るべし。

「くそっ。誰かいないのか、あの帝王を倒せる奴は……さもなければこの国は……」

 米安陸佐は絶望とともに天を仰いだ。


     ●    ●


 場所は変わって地下鉄駅。ロリス&狂子さんのターン。

「ってぇええ、なんで狂子がこれを持ってるのよっ」

 狂子さんが取り出した例の『絵馬』を見て、ロリスは全力でツッコんでいた。

「刈人くんに胸を押しつけたとき、ついでにすっておいたのぉ。ね、偉いでしょ」

「全然偉くないわよっ! あるんなら私が戦ってるとき使いなさいよっ!」

「やだなぁ、ロリスちゃん。そんなことしたら、彼の活躍シーンが見れなかったでしょぉ」

ね、ね、と言いながらまた緩み始めたほっぺを、アリスロリータがギュウとつねる。

「んーなの見れなくて良いのよ、このすかぽんたんっ! 色ボケむすめっ!」

「ひたたた、ひたいよ、でもほら、これさえあればいつだって刈人くんを痛めつけて」

「そうもいかないのよっ。絵馬の呪いは書いた人の目の前じゃないと効果がないのっ」

「え……そうなのぉ?」

「呪いっていうのはねっ、本人がかけられてるって知ってこそ効果があるのっ!」

「そおなんだぁ。さすがロリスちゃん、勉強になるなぁ。じゃあ一緒に刈人くんのとこ行こ」

「そのノリでラスボスまで行けたら、苦労しないわよっ」

 むきぃ、とお怒りなロリスさん。とは言え、確かにこのままでは萌崎は強くなる一方である。

「く……でも、あれだけの取り巻きを倒して行くなんて」

 手元に残る武器は一番強力な『鬼神級』の護符に、残り五〇万ptほどの御利益カードだけ。

「護符の効果は三分。これであの萌崎のところにたどり着けるとは、とても思えないわ」

 ロリスが自信なさげに呟いた時だった。

 ちりーん、ちりりーん、と涼やかな音色が、駅に響き渡った。

「何の音……?」

 答えるように柱の影から現れたのは、十人のすらりとした美少女だった。

 少女達は灰色と黒の暗色メイド服を纏い、頭には一様にネコミミをつけている。

「「「「逆徒を喰らうが魍魎にして、王の足下に爪隠すっ

あるじが悩みを祟って治す、化け猫巣喰うは十猫寺っ!」」」」

 猫耳少女達は手にしたハンドベルをふり鳴らし、朗々とした歌を奏でる。

 そんな彼女達こそ、帝王カルト直属の特別戦闘集団。

「「「「我ら精鋭ネコミミ部隊っ」」」」

「……ネコミミって……アホ?」

 ロリ巫女属性は自分を棚に上げた。

「何がアホにゃん。アホはお前らの方にゃん。こんなところでチンタラしてる場合かにゃん」

「あの切れ者のご主人様が、敵になり得るお前達をほっとくはず無いにゃ」

 おかっぱメガネの美少女の言葉に、ロリスは表情を硬くする。

 さすが刈人と言うべきか。やることなすこと隙がない。完全に先手を打たれた形である。

「お前らを捕まえれば、ご主人様は大喜びにゃん」

 そして黒髪ストレートの少女が言い放つ。

「諦めるんだな。我ら十人はハーレム内でも、選りすぐりの『戦闘系美少女』だ」

「「「……」」」

 同僚達からジト目で見られ、黒髪ストレートはハッと何かに気付く。

「あ、諦めるんだにゃん……わ、我ら十匹、選りすぐりの戦闘系だ、にゃ……」

「あ、今言い直したよぉ。ロリスちゃん」

「何かしらねあの子、恥ずかしい」

「うるさいにゃ。カルト様の命によりお前らを捕らえるにゃ。潔くお縄につくにゃっ!」

 けれどそう凄むと同時、ぽきんっ、という硬い音が響いた。少女のハンドベルが、『偶然』折れ落ちた音だった。からからーんと軽い音を立て、ベルの頭が床に転がる。

「この私を捕まえる? 化け猫が聞いて呆れるわ、この噛ませ猫どもが」

 ネコミミ少女をふわりと指さし、挑発的な笑みを浮かべるアリスロリータさん。その指先は、『御利益』の残滓であろう赤い電撃を纏っている。

「や、やってくれたにゃっ、ご主人様から直々に下賜されたハンドベルをっ」

 ネコミミ少女達とロリスが睨み合う一方、狂子さんはというと、

「えっと私は……審判とかやるぅ?」

「巻き込まれないように少し離れてて。大丈夫。こんな猫ども、すぐに踏み殺してあげるわ」

「りょーかい。ちょっと離れてるねぇ」

 狂子さんは絵馬を手に、とことこと離れようとする。けれど、

「ふん。逃がすはずないにゃ。みんな、あれをやるにゃっ」

「「「「ええ、良くってにゃんっ」」」」

 美少女達が見事なコンビネーションで襲いかかる。しかもその全員が並の美少女ではない。

「「「「にゃああああっ、キャットストリームアタックっ!!」」」」

 だがアリスロリータにしても、『迫害の巫女』は伊達じゃない。

「霊破・一鬼当千っ!!」

「「「「にゃにぃっ!」」」」

 突如発生した爆風に吹き飛ばされ、ネコミミ少女達が無様に転がった。

 避難する狂子さんを背に、角を生やした少女が立ちふさがる。

 当代最強の巫女、幼波アリスロリータ・鬼神級バージョンであった。


     ●   ●


 どさ。

「ごっ主人さまぁっ、指名手配中の片割れを捕まえてきましたにゃんっ」

 数十分後。ピンクのリボンで拘束をされた巫女さんが、刈人の前に転がされていた。

 思いっきりふて腐れて、ぶーぶーにむくれたアリスロリータさんだった。

「「…………」」

 超気まずい沈黙の中、目を逸らす二人。青空の下、ジェンガの塔屋上は良い風が吹いていた。

 そんな中、耐えきれず先に口を開いたのは帝王カルトの方だった。

「えと…………ごめん」

「命令しといてなんで謝んのよっ! 逆になんか失礼よっ!」

「いやそれが……こうして実際に見ると、なんかすごい罪悪感が湧いてさ……」

 眼前には自分の命令で緊縛された少女が一人。最低限の倫理観さえあれば、人生で一度も無いはずの状況だ。しかも縛り方が上手いのか、彼女の胸やら太ももやらがふっくら強調されている。その姿に背徳的な魅力を感じてしまう自分に、なんだか自己嫌悪する刈人君。

「ごめん。なんか凄いやばい感じなんだ。正直言って、今までで一番権力を実感してるよ。まさか美少女数千人より、幼波さん一人縛った方が満足感あるとは、我ながら変態的な……ハァハァ」

「ちょっと、変な冗談やめなさいよっ。というか何よっ、その妙に熱っぽい目はっ」

「だ、大丈夫。まだ理性は保ってるよ。あれ、でも、なんだろう、この胸のドキドキは」

「か、勘違いしないでよっ。それは恋じゃないんだからねっ。わ、私の事なんて何とも思ってないんだからっ」

「あはは。まあそれは半分冗談にしても、実際そう床に転がられると目の毒だね」

 屋上にはお茶会用のパラソルとテーブル一式。その椅子にロリスを座らせ、刈人は一息つく。

「で、幼波さんは、紅茶に砂糖は入れる?」

「縛られたままどうやって飲めってのよ?」

「こっちの気分の問題だよ。ふーむ……実は結構な甘党でしょ?」

 三つ角砂糖を放り込み、紅茶をロリスの前へ置く。

 そうした後、褒めて下さいオーラ全開のネコミミ隊長へ向き直ると

「お疲れ様だったね、ネコミミ零号。この幼波さんを捕まえるとは、なかなかのお手柄だよ」

「お褒め良いただき光栄にゃ。逃げおおせたもう一人の方も、すぐに捕まえてきますにゃ」

「ありがとう。でも油断しちゃだめだよ。僕の野望を阻むものは、確実に排除しなきゃ」

 その言葉を聞き、アリスロリータは顔をしかめる。

「野望? 数千人の美少女はべらせて、これ以上お前はいったい何をするつもりよ」

 すると刈人は、頭上の空を指さした。

「今あそこには、何がいると思う?」

「あそこって……そりゃ、今は奇跡が起きてるんだから……って、まさか!」

「そう。今あそこには女神が居るんだ。全ての美少女の原典となる始まりの女神『イヴ』が」

「じゃあ、お前がこの塔を建てているのもっ」

「そのためだよ。僕はあの根源へと至り、そして女神の胸を揉むっ!」

「あ、あ、アホかあああああっ!」

 ロリスのもっともな意見に対し、けれど青髪メイドは説明する。

「いえ、勝算はあるのです。死海文書によればカルト様がイヴに触れし時、人類に第3の」

「第三の?」

「第三土曜日が訪れると」

「ほっといて月イチで訪れるわよっ! わざわざなんの預言よっ!」

「まあそれはともかくさ。この計画を確実に成功させるには、絵馬の確保が必須なんだよ」

という刈人君の言葉に対し、ネコミミ零号は、

「その点はご心配なく。お望みの物はちゃーんと取ってきましたにゃん」

「なにっ!」「なんですって!」

喜びと絶望の声が重なる。唯一の弱点である絵馬を手に入れたとなれば、もう刈人を止める術は無い。だからこそ零号が取り出したそれを見て、刈人は全力で――――――膝を付いた。

「森薫先生ええええーーーっ!」

「え、え、これ違うんですかにゃっ。だ、だってご主人様はメイドが好きだからっ」

漫画を片手にオロオロするネコミミ隊長。どうやら口頭の指示のため誤解があったようだ。

「ふふふ。ご愁傷様ね、萌崎。どうやら絵馬はまだ狂子がキープしているようね」

 一方で態度のでかくなるロリス嬢。青髪メイドが代わりにカップを持ち、優雅に紅茶を嗜んでいる。  空気の読める有能なメイドさんだ。が、それはともかく立ち直った刈人君は、

「それがどうしたっ。たとえ彼女が絵馬を持っていようと、僕に近づけなければ問題ない!」

「あら、あの絵馬の性質のこと良く知ってるわね」

「その情報は真っ先に調べたよ。そして狂子さんと言えど、この塔に入ることは不可能っ」

 とその時だった。刈人のポケットからプルルルという着信音。彼は携帯電話を取り出すと、

「はい、もしもし。帝王です」

 間違った応対例。しかし受信口から聞こえてきたのは、

『刈人くんの居城かい? 今から一時間後、帝王カルトをブチ殺しに行くよぉ♪』

 どこまでも不吉な声だった。

『見せてあげるよぉ。正真正銘の狂気ってやつをねぇ』 

 ガチャン。ツー……ツー……。

 どう考えても彼女だった。帝王カルトはぽろりと電話を落とす。顔真っ青。

「と、塔の守りを固めろっ! ネコミミ部隊は絶対、何としても狂子さんを捕まえるんだっ」

「む。お言葉ですがご主人様、最大・最強・最萌であるハズの我々『アンリミテッド・ハーレムガールズ』が、異能力者でもないたった一人の美少女に、何故そこまでナーバスに以下略」

「なんでここぞとばかりフラグ立てるのさっ。いいからっ、彼女だけは特別なんだよっ」

「にゃーはいはい。わかりましたにゃ。ご主人様にとって特別な人ってやつですにゃ」

「ちがうって、そう言う意味じゃなくて、狂子さんを嘗めると本当に」

 刈人の話を聞かず、ふいっ、と拗ねて出ていくネコミミ少女。残された刈人は頭を抱える。

「ああ……まずい……すごく不味いぞっ。こういうとき、昔から狂子さんは手強いんだ」

 と言うそばから、再び携帯電話に着信。恐る恐る出てみると。

『わたしキョウコさん。今タバコ屋さんの角にいるの……』

「いやあああぁぁぁぁぁっ! 来てるっ、狂子さんが来てるっ!」

「落ち着いてください、カルト様。近くにタバコ屋はございません」

 プルルルル。着信アリ。

『わたしキョウコさん。今あなたの家の前にいるの……』

「ひぃいいいいいっ、もうダメだあああ。もう『あなたの後ろ』しか残ってないっ!」

「萌崎……なんでお前、毎回毎回律儀に電話取るのよ……」

「だって出ないと出ないで怖いじゃん、想像力かき立てられてさっ!」

「ご安心下さい帝王カルト様。塔防衛隊には、既に狂子さん殿の手配書を配りました」

 有能すぎる青髪メイドの報告を聞き、刈人も自分に言い聞かせる。

「そ、そうだね。大丈夫だ。いくら狂子さんでも、ただの人間がこの塔に入れるはずが……」

 そこまで言って、刈人はある不自然な点に気がつく。

「『YASU820』はどうして狂子さんの居場所を調べないんだ……?」

 刈人のその指摘を受け、青髪メイドは言いにくそうな様子で答える。

「それがご主人様。先ほど彼女達から、狂子さん殿の現在地が検索できないとの報告が……」

「馬鹿な。アカシックレコード閲覧して、狂子さんの居場所ぐらい分からないはずが……」

 嫌な予感にさいなまれて震える刈人。その時、不意に屋上へのドアがノックされた。

「ひぃっ、だ、誰だっ?」

 刈人の怯えた声に対し、けれど帰ってきたのは弾むように陽気な声だった。

「私です、メーリャンですご主人様っ。第五十七次蘇生、無事終わりましたっ!」

 その声を聞き、途端に刈人の表情が明るくなった。屋上へと上がって来たのは、ピンク髪をした笑顔満点のチャイナ娘。塔内での蘇生作業を統括する妖術師のメーリャンだったのだ。

 現在のところ、回収・蘇生された美少女は全員が帝王にお目通りしているわけではない。中でもより抜きの側近候補生だけが、こうしてメーリャンに連れられてお披露目に来るのだ。

今度はどんな女の子が来たのか、帝王カルトとしてもお楽しみの時間である。

「お疲れ様、メーリャン。で、どうだった? 今回は可愛くて優秀な子いた?」

「お~任せ下さい、ご主人様っ。今回のミス・ハーレムは、もう歴代でも屈指ですよっ!」

 じゃじゃーんとばかりに、メーリャンは後ろの扉を振り返る。すると現れたのは彼女の言葉通り、美少女揃いのハーレムにあっても、明らかに頭一つ抜けた器量の美少女だった。その黒髪の美少女はメイド服のロングスカートをたくし上げ、とびきりの笑顔で一礼して見せると、


「わたし狂子さん、今あなたの前にいるのぉ」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」

「ええっ、何この反応っ!?」

 戸惑うメーリャンにも構わず、刈人は腰を抜かして後ずさる。

「馬鹿なっ、馬鹿な、そんな馬鹿なっ、狂子さんがこの塔に入れるはずが――」

 そこまで言ったとき、ある反則手に気付いた刈人の目が見開かれる。

「まさか狂子さん、そんなっ、いくらなんでもそんな無茶苦茶な手をっ!」

 刈人の声には絶望が滲んでいた。その大げさな反応に、周囲の少女達は首を傾げる。

「無茶苦茶な手って……メイドに化けてこの塔にもぐり込むこと?」

 だがロリスのその言葉に、帝王カルトは心から絶叫していた。

「違うっ、違う違う違う違うっ、そうじゃないっ! そんな生易しいもんじゃないっ!」

 そう。違うのだ。数千人の美少女をものともせず、平然と現れた狂子さんの奇策は。

「死んだんだよっ! 狂子さんはビルから飛び降りて、死体としてこの塔に入ったんだっ!」

 瞬間、空気が凍りついた。その場にいる誰もが、狂子さんに恐怖の視線を向けていた。

 どんな警備だろうと死体の出入りまでは警戒しない。回収班だって、自殺かどうかなど識別するすべがない。死んでいたからこそ、アカシックレコードでは「居場所」が分からなかった。

 でも、だからといって、そんな屁理屈で、人間は自ら死ぬことが出来るのだろうか。

 出来るはずがない。まともな頭の持ち主なら、まず出来るわけがない。

 だが出来るのだ、狂子さんには。『刈人くん』に勝つためなら、彼女は迷うことなくそれをやってのける。だからこそ彼女は、帝王カルトすら畏れる幼なじみなのだ。

「惜しかったねぇ、刈人くん。無限のハーレムという力を手に入れて、世界と女神に王手をかけて……。それでもまだ、私には及ばなかったねぇ」

 少女は全ての不吉を纏い、毒のようなトロけた笑顔で、最愛の幼なじみを見下ろしていた。

「私の変人狂度は一〇〇〇万Bk。刈人くんじゃ、まだまだ私には勝てないかなぁ」

「馬鹿なっ。一〇〇〇万Bkだとっ。それじゃ勝負にもならないじゃないかっ」

 それを聞いたロリスとメイドさんは、

「……変人狂度って急になんの話よ?」

「し、失敬なっ。決して後付け設定などではございませんっ。この小説での強さポテンシャルを表す尺度で、単位はBkバカー。狂子さん殿は一〇〇〇万バカー、カルト様は九八万バカー。ロリス様は約十万バカーでございます」

「えっと……たぶんこの数値は低い方が良いのよね……」

 ロリスが己の微妙な数値に悩む一方、刈人はある見逃せない疑問に気付く。

「ちょっと待ってっ! たとえ侵入できても、そう簡単にミス・ハーレムになれるはずがっ」

 だがその悪あがきも、狂子さんはにんまりとした笑みで一蹴する。

「やだなぁ、刈人くん。現実を認めようよぉ。私は世界で一番、刈人くん好みの女の子だよぉ。刈人くん基準で選考すれば、私が選ばれるに決まってるでしょぉ。とぼけちゃって」

 と口では言いつつも、ちゃんと自分が選ばれたことが嬉しくて仕方ない風の狂子さん。ふわりとロングスカートをひるがえし、最高に幸せそうな顔で決めゼリフ。

「私のこと大好きなくせに」

 勝負有り。だがここで潔く諦められるほど、帝王と悪代官はぬるい職業ではない。

「う、うるさい。メーリャンっ、メイド長っ、上様を騙るその不届き者をやってうごはあっ」

 セリフを言い切る前に、刈人は頭から床にすっ転んでいた。

「射程距離に入ったよぉ、刈人くん」

 狂子さんは、手にした例の絵馬を全力でブンまわしていた。

「ハーレムさん達も、この絵馬に余計なことをされたくなかったら、その場で伏せてね」

 その言葉にメイド達が困惑する。この少女が侮れない事は、すでに痛感しているのだ。

「やめろっ。耳を貸すなっ。僕はあの程度の痛み、耐えてみせるっ。だから君達はっ」

 刈人の叫びに、メイド達から迷いの空気が生まれ――だがそれを狂子さんが叩きつぶす。

「あれえ、今、痛みに耐えられるって言ったのぉ? 嘗めてるよねぇ、軽拷問部を。拷問って言うのはね、痛いから拷問なんじゃないよ。人の嫌がることをするから拷問なんだよぉ」

 そう言い放ったけいもん部部長が選ぶ、この夏最高の拷問スペクタクル。それは――、

 ちゅっ――

 彼女が絵馬に口づけした瞬間、萌崎刈人は腰から崩れた。

「あ、ちょっ、え、狂子さん、今何したって、そんな、あのっ、あっ、あっ、あっ」

 唇が触れるたび、床の上で痙攣をくり返す刈人君。一方で妖しく目を細めた狂子さんは、

「どうしたのぉ、ふちゅ、刈人くぅん、ちゅ、急に腰ぬかしちゃって……んちゅ、ちゅ……」

 つー、と絵馬を舌先で妖艶に愛撫し、本日一番残酷な笑み。このわざとらしい下目遣い!

「ほらほらそこのメイドさん達もぉ、余計なことする度にキスが一回増えちゃうよぉ」

 ガバッ。メイド達が一気に伏せた。

「ええええっ、ちょっと君達、なぜにこれで交渉成立しちゃうのっ!?」

「「すみませんカルト様っ、でも、なんか、なんか、凄く嫌なんですっ!」」

「なんでさああああああああっ!」

「あれあれぇ。それより自分は大丈夫なの? 本当に大丈夫なのぉ、刈人くん。このままじゃあ、もう二度と私の前に立てないぐらいの醜態を晒しちゃうんじゃないかなぁ?」

「調子に乗って、この狂子さんめっ。君だけは絶対に、許さならめえぇええぇぇっ!」

 床をやるせなく掻きむしり、刈人はひれ伏した。

「ギブ、ギブ、ギブアップっ。降参ですっ、やめてください狂子様、狂子様ああああっ」

「うっわぁ……確かにハーレム対策としては有効だけど……えげつないわね……」

 ロリスは顔を青くしてドン引き。一方で狂子さんは、興奮で頬を赤く上気させつつ、

「ところで刈人くん。私は例のカードを渡して欲しいんだけど」

「はいっ! 狂子様のことが大好きな僕は、素直に御利益カードをお譲りしますっ!」

 この阿吽の呼吸。最高に気持ち悪い二人だった。縄が解かれたロリスは、心持ち半歩離れた。

「えっとですね、狂子様。御利益カードは、ここではなく玉座の所にあるんですけど……」

「へえぇ、そうなんだぁ。ふーん」

 言い訳がましい刈人に、狂子さんが胡散臭げな目を向ける。これはどう見ても、玉座に緊急脱出スイッチが付いてるフラグ。ルパンあたりが使いそうなネタだが、刈人ならやりかねない。

「あの、よろしかったら、僕が取りに行ってこようかと……そわそわ……」

 だが狂子さんが問い詰める前に、気を利かせたメーリャンは、自信満々で言ったのだった。

「何言ってるんですか、カルト様っ。カードならほらっ、ここに私が借りたままですよおっ」

 部下に恵まれない貴方に。部下がアホの子の貴方のために。

「今出すなああああああっ!」

「「もらったぁぁっ!!」」

「ひぃっ、な、何ですかぁっ」

 三人の気迫に萎縮し、少女は思わずカードを落とす。そこに折悪く吹く、高度四千mの風。

「「「「「あああああああああっ!」」」」」

 飛んで行く御利益カード。それにいち早く追いついたのは、一番離れていた巫女さんだった。彼女は持ち前の運動神経でカードをジャンピングキャッチ――ついでに屋上から踏み外した。

「きゃっ、あっ、しまったあああああっ」

「ロリスちゃんっ」

 狂子さんが間一髪でロリスの袖を握りつつ、勢い余って転倒。そして意外なことに、最後は刈人だった。彼は必死で狂子さんの腕を掴んだものの、しかし二人を支えられるはずもない。メイド達が呆然とする眼前で、三人は連なったまま空へと投げ出されたのだった。

「「ぎゃあああああああああああっ」」

「わたしのいとしいしとぉ~~~~」

「なんでそんなネタやる余裕あるのよ、狂子はあああっ」

 ビュンビュン風切って落ちながら、モメにモメる三人。

「ツッコミは良いからっ。それより幼波さんっ、それ使って、早くなんか御利益をっ」

 御利益カードを掴むロリスに対し、必死に叫ぶ刈人。だが、

「ご、ご御利益って言われても、何すればいいのよっ、私、壊すこと以外はあんまり――」

 などと言ってる間に地表が、塔を建設中の地上がぐんぐん迫ってくる。とその時だった。

「あのさ。ロリスちゃんのカードを貸して」

 狂子さんが唐突に言ったのだった。

「な、何か思いついたのっ?」

「うん。任せてよぉ」

 そうして手早くカードを受け取ると、狂子さんは恐ろしい笑みを浮かべこう言ったのだった。

「あのさ、私の御利益特性って『対刈人くん特化型』だと思うんだよねぇ」

「――! なるほど、分かったわっ!」

 なぜか含みのある笑顔で、美少女二人が顔を見合わせる。

「えええええっ、ちょっと何なのさ、その不気味な笑顔は――」

「「問答無用っ!」」

 美少女達は完璧なユニゾンで刈人を下にすると、彼の手足をホールド。

「刈人くん、お前を信じる私を信じて――」

「――騙されなさいっ!」

「嫌あああああぁっ、放してええええ!」

 そして、狂子さんの御利益が発動する。

 そう。彼女の認識では刈人は『どんなに虐めても大丈夫な幼なじみ』であり。

 そして何より『やる時はやる男』なのである。

 刈人の胸に身を預け、二人の少女は落下する。


「「ツインヒロイン☆ドライバーっ!!」」


「ええっ、なにこのフィニッシュホールドっ!? って、うわあっ、死にたくないいいっ」

 ガガガガガガガガっ――

 下に来て塔が太くなったのを利用し、壁に足を付いて減速する刈人。

 そしてそのまま、どばああああん、と建築資材の山に突っ込んだのだった。

 もうもうと舞い上がる砂煙。やがてその中から、二人の少女が平然と立ち上がる。

「やれやれ、資材が『偶然』、『奇跡的な配置で』緩衝材になったみたいね」

「結構楽勝だったねぇ。……あれぇ、どおしたの刈人くん? お顔が真っ青だよぉ」

「か、かはっっ……こふぁっ……」

 クッションにされた刈人は、とりあえず生きていた。血とか色々吐きまくりながら、本当にギリギリで。この限界紙一重っぷりが、さすが狂子さんの御利益だった。

 そして、事件が起きたのはその時だった。

 周囲から、三人へ向けて盛大な拍手が巻き起こったのだった。

「「おめでとうございます」」「「おめでとうございます」」「おめでとうございます」

 拍手していたのは、塔の周囲にいた無数の美少女達。彼女達は口々に刈人達を祝福する。

「「お選びになったのですね、ご主人様」」「「ついについに」」「「お選びになったのですね」」

「「「「「「「三人とも末永く、どうかお幸せに」」」」」」」

 美少女達はどこか切ない笑顔のまま、だんだんと透明になっていく。まるで元から居なかったかのように、七千人という圧倒的な存在感が、滝のような拍手を残して消え失せていく。

「え、え、どういうこと? どうして急に……」

 戸惑うアリスロリータに対し、狂子さんはちょっとだけ頬を赤らめながら、

「やだな、ロリスちゃん。ほら。空から落ちた私達はね……彼に抱きとめてもらったんだよぉ。だからさ、『選ばれなかった』美少女は元いた空の上に帰ったの」

「え……えええええっ、じゃ、じゃあ、まさか私までこんなのとっ」

「こんなのとは、失礼な……がはっ」

 必死で反論する刈人を、ロリスはつま先で一蹴。彼は再びのたうち回る。

「それよりっ、刈人が、その、美少女を抱きとめたら、世界の危機が始まるじゃないのっ」

 と思わず見上げた空を、

 みょんみょんみょんみょん。

 これ見よがしに超巨大な円盤が横切っていく。この行き先は、東京都庁の方だろうか。

「どう見ても攻めてきたねぇ、宇宙人が」

「ど、どーしてくれるのよっ!」

 ロリスは刈人の胸ぐらを掴んで振り回す。

「ぎゃあぁっ、痛、痛いっ、痛いっ」

「今からでも遅くないわっ。さっさと鷲巣神社に行って取り消すわよっ」

 そう言って刈人を助け起こすロリスに対し、だが狂子さんは首をかしげた。

「無理だと思うよぉ。だってほら。キャンセルには、本心から願わなきゃいけないんでしょ」

「どうしてよっ、こんな奇跡、萌崎だって願い下げに決まってるでしょっ」

「そうかなぁ? だってさっき刈人くんは、私達を見捨てた方が得だったんだよ。たとえ死んでも甦らせることが出来たんだし。そんな彼が、どうして私達の腕を掴んじゃったと思う?」

「え……だ、だからそれは……」

 と言ったまま絶句し、ロリスは刈人を見つめる。それに対して彼は苦笑すると、

「前に言ったはずだよ、君達の魅力の前では、世界の危機すら霞むって」

「い、い、言うなバカぁっ! 知るかバカぁっ!」

 ロリスはまっ赤になって刈人を放りだし、狂子さんに押しつける。

「わ、私は絶対ならないわよっ! たとえ縁結びの神が大挙して来ようが、即返り討ちよっ」

「私は全然おっけぇだよぉ。ねー、刈人くん。ほらほら」

「ちょ、ちょっと待って狂子さん。待ってってば」

 抱きつこうとする狂子さんを振りほどき、刈人はアリスロリータに向き直ると、

「それにさ、幼波さん。次はあっという間に世界を救えば良いんでしょ? 僕たちでさ」

 彼はとても楽しそうに、アリスロリータですら羨ましくなる笑顔で言うのだった。

 萌崎刈人とは、そういう男なのだった。


 十三回も世界征服に失敗し、後の世に名を残す男。

 これはまだ、そのたった二回目の事件。


「もうっ、いつまで乳くりあってるのよっ。さっさと三人で世界を救うわよっ!」

 彼らの夏は、まだまだこれからなのだった。

電撃小説大賞2次落選作品です。


自分ではかなり斬新な小説だと思っていたのですが、評価シートを見たところ特に取り柄がない感じの当たり障りのない評価になっておりまして、途方に暮れております。 ショッキング!!


いったい僕は何を勘違いしてたのでしょうか。

次に進むにはどうしたら良いやら、路頭に待っています。

どなたかアドバイスをいただけると幸いです。

お手数ですがよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました。 自分には書けない素晴らしい作品だと思います。 ただ、アドバイスが欲しいということでしたので、僭越ながら一言書かせていただきます。 この作品に問題点があるとす…
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