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旱天の慈雨、一睡の夢

作者: 井氷鹿
掲載日:2026/05/23

「あぶはちとらず」スピンオフ第2弾です

第2章「灰吹きから蛇が出る」2の一夜の話。

 夕食の餃子を食い終わって、食器を洗っていたら風呂から上がった亘がキッチンに入って来た。

「崇直も風呂、さっさと入っちゃえよ」

 頭を拭きながら、ってお前はーーーーーっ。

 上半身裸で、出てくるか?

「崇直のパジャマ、出しておいたから」

「おまえは、そのまま寝る気かよ」

「だって、僕の紅緒が着て帰っちゃったからさ」

 自分のも出せよ、下だけ穿いてすましやがって。

 風呂上がりだから、隣に立たれると熱が肌から直接こっちに来るんだって。

「ちょっと、ごめん」

 そう言うと洗い物をしてる俺の背中越しに腕を伸ばし、グラスを取る。

 それに水を入れ、冷蔵庫から氷を出してピッカレモンを少量入れた。

「喉乾いて死にそう」

 笑顔でそう言うと、一息に飲み干しグラスをシンクに置いた。

 オレが取って洗おうとしたら「風呂入って来いって」、と無理やり体を押しつけ俺を後ろへ追い出す。

 運動は特にしてないはずなのに、無駄に肉が付いてない。奇麗な背中に思わず見とれてしまう。

「残りはやっとくから、な」

 そう言って振り返る亘の頬が、風呂上がりのせいか赤く上気して見えた。

 オレは慌てて踵を返した。

「じゃ、風呂入ってくるわ」

 何慌ててんだ、くそ。

 


「多分僕、トイレで起きると思うから」

 とオレに壁側へ行けと掛布団をめくられる。

 マジで、こいつ一緒に寝る気だぞ。

 仕方なく覚悟を決めて、ベッドに入る。

「じゃ、お休み、崇直。灯り消すな。今夜は、ありがとう」

「ああ、お休み。亘」 

 出来るだけ壁際により、オレは目を閉じた。

 無心になれ! と祈りながら。

 

 ――――――――――眠れん。

 規則正しく刻まれる亘の寝息。

 しかもこのバカは、上半身裸だ。

 寝込み襲ってやろうかとか、色々妄想するが、これがどうにもならん。

 だいたい、やり方が分からんっっ! 

 クソがっ。

 情けねーっと、壁に向かって寝返りを打ったら、亘も寝返りをしたようでベッドが沈んだ。

「……、た……お」

 そう聞こえたかと思ったら、肩を掴まれそのまま抱き寄せられた。

 待て、こらっ!

 なにぃ、おまえ寝ぼけんな。誰と間違えてんだよ!

 首に亘が頭を押し付けてきた。

 何しやがるっ、この野郎。放しやがれって。

 しがみついてる腕を掴んだら、耳元で声がした。

「……ごめ……ん」

 うっ。首に頭をこすり付けるなって。

 無理に逃げたりしたら、亘が起きるかもしれない。

 起きたって良いんだよ。だけど。

 このままで、と思ってしまう。

 首から背中にかけて、ガッツリ亘が引っ付いてるから寝息が。

 だから、そこだけ熱いんだよ。バカやろうが。

 回された手に、静かに自分の手を重ねてみた。

 腕に、ゆっくり頭を載せてみた。

 そしたら良い位置に亘の腕が動き、何故かオレの脚が亘の脚に挟み込まれる。

 じんわりと伝わる人のぬくもり。

 分かってるよ、これはオレが期待してる事じゃないって。

 意味が違ってても、どう思われてても何をしてても。

 オレたち、いつも一緒に居たのにな。

 なのに、どうしてこんなに淋しいんだろう。

 

 不意に亘の脚が動き、回されていた腕が抜かれる。

 そのままオレは、得意の狸寝入りを決め込んだ。

 亘がトイレに立った気配がする。

 暫くして、戻って来た。

 ベッドが沈み、隣にあいつの気配がする。

 横になると、またオレを背後から抱きしめてきた。

 不思議と平常心のまま、受け入れた自分に驚くよ。

「やっぱり、崇直が一番安心する」

 なんだよ、それ。

  

 オレはお前のお守りじゃないぞ。

 ましてや、恋人なんかじゃねーだろう。

 そんな気なんか、さらさら無いくせに。

 だったら、そんなふうにしがみ付かないでくれよ。

 拒みたくても、拒み切れないんだ。

 苦しいのに、重ねた手を離せない。

 覆いかぶさるようにオレの脚に重なる亘の脚を拒めない。


 どうしようもないくらい、オレはお前が好きなんだ。

 だから、こんなふうに過ごすのは、もうこれで最後だ。

 どんなに淋しくても、おまえが辛くても、オレは一緒には寝られない。

 これで、充分だよ。

 これだけで、オレは明日から生きて行けるから。

 今夜だけ。

 そう決めて、体を捻り寝返りを打つ。

 親が子を抱くように、亘の頭を胸に抱えて抱き寄せる。

 いつの間にか、そのままオレは眠りに落ちていた。


 連打される呼び出し音で、亘が目を覚ました。

 オレはまた、狸寝入りだ。

 そろりと亘は体を離し、インターフォンを取ると賑やかな声が響いてきた。

 まだ、オレは起きねーぞ。

 亘が素っ頓狂な声を上げて、オレの背中を突いてきた。

 ぜってぇ、起きねぇから!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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