一章 狭間の太陽
出会って間もない仲間を疑うのは容易で些細な事でその溝は深まりそれを修復する事も出来るのだが、事は重要だった。 確かに知らなすぎたのは事実。
…かと言って他人の過去を詮索する程子供じゃないし、彼は自分の事を詳しく話す様な性格ではなかったから一緒にいても深くは知らなかった。でも、知らないで済まされる事じゃなかったんだよ…あれ、は。
蒼琳院を日が昇らぬ内に出発し、時折激しく揺れるが、狭いながらも三人はそれぞれ揺れる馬車の中好きなように過ごしていた。昼と夕刻に食事をする意外は休まず走らせたこともあり、幾分早く次の街である蒼蓮に着く。
「あんた達、朱雀に行くならここで降りてもらう事になるよ。この辺は地形が悪いから蒼龍の管轄外の街に行くには徒歩じゃないと駄目なんだ。」
馬車の運転手の男が親切に教えてくれた。
「そうか、ご苦労様。」
「早速、宿を探さないと…街まで来てるのに野宿しなきゃならないのなんて嫌よ。」
日が暮れてかなり経つのか街は静かで明かりも少ない。サキミヤはそんな心配をしつつ馬車から荷物を降ろす。一方、タクレイアはまだ詳しくに、朱雀までの最短距離を聞いている。ノゾミは辺りを見回すが特に変わった様子がない事を確認すると一人街中へと歩き始める。
「あ、ちょっと先に行かないで !タク氏も早くしてよぅ――…。」
彼女の止める声が聞こえていないのかノゾミは街の中心部に向かっているし、タクレイアの話はもうしばらくかかりそうだし…サキミヤはなんとか宿が取り一足早く休むことにした。その後、2人も休んでいたがゆっくりもしていられない状況にある為、早朝から朱雀へ向かう三人の姿が森の中にあった。
「馬車の運転手の話によると、ここから最短で朱雀の中央である朱藍に行く為には森を抜けるのが早いらしい。」
安全ではないがな…という注意も加えつつ森に差しかかった所でタクレイアは昨晩聞いた事を二人に伝えながらも歩みは 緩めない。横に並んでいたサキミヤは確認を取るように
「ってことは、ここを抜ければ朱藍に着くのね ?」
「そういうことだな。…ただ気になる噂がある。」
後もう少しだという事に一安心するのだが、彼の表情は曇ったままだったのでその噂がよくないものだということに気付く。
「噂…って何?」
「面倒な事に宗龍に動きがあったらしい。」
宗龍というキーワードに彼女はため息混じりに悪態をつく。
「ボンクラ息子が ?」
「―――…酷い言われ様だな。」
「仲間内じゃそう言ってたもの。昔からの宗龍って形だけで実力じゃ、私達の方が上だったんだから !」
ノゾミの何げないツッコミについ力説してしまったサキミヤだが、昔はともかく近年の蒼龍の主導権を握っていたのは過激派の方だった。
「ともかく、しばらくは双方の様子を見ないと何かと都合が悪すぎる。」
「思ってた以上に状況が悪いのね。」
タクレイアの言葉にその場は沈んでいた。と言うのも、蒼龍は部族の中でも最大勢力とも言える強い部族で朱雀もそれなりに 強いのだが数が違いすぎるのだ。白虎や玄武に協力をしてもらえるなら互角に戦えるかどうか。黄龍が参加してくれるならば勝てるのだが現実的にありえないし、今まで沈黙していた宗龍が動いたとなると自分たちの状況は悪化するばかりであった。
ほとんど人か通らないせいか道と呼べる道がなかった森だが半分程進んだ所で辺りは暗くなり夜を迎えようとしていた。今夜は月が出ていない事もあり暗い森にたき火だけが辺りを照らしており、三人が休める程度の少し開けた場所で 休息と取る事となった。
「明日には着けそう ?」
その場所に腰を下ろしてから最初に口を開いたのはサキミヤだった。パチパチと音を立てて燃える火を見ながらタクレイアは 野宿の場所を探す合間に集めて来た薪が少ない事に気付き、その場を立つ。
「だといいがな。…もう少し薪を持って来た方が良いな。サキミヤは残っててくれ。」
「―――仕方ないな。」
そう言って特に何も言われなかったノゾミだが、普段のタクレイアの言動から自分にも薪を集めて来て欲しいと言う意図を読み取り彼の後をついていく。
「ん~、明日は野宿しなくてよさそう。」
二人が去った後でサキミヤは一息つき、体を伸ばしながら一人暇を持て余いていた。一方、薪になる木を探しに来た二人はそれといった会話もなく目的を済まそうとしていた。この暗がりで薪を集めるのは普通の者では正直言って探しにくいが、夜目が効くこの2人は一時間程度でその日の分の量を手に持っていた。
「ノゾミ、戻るぞ ?」
「―――…ああ、先に行ってくれ。」
タクレイアの問いかけにノゾミは了承はしたものの戻るどころか更に奥に進もうとしており、彼の行動を不審に思う。意外にも能率優先だということが普段の行動でも現れるのだからこういった用事はさっさと済ませてしまうタイプなのだが。
「…分かった。」
口ではそう言いつつも彼の行動は気になる。しかし、少し目を離した隙に慣れた森であるかの様に彼は気配すらも闇に溶けた。
「おい。」
近くにあるもたれやすそうな木に体を預けてノゾミは暗闇に向かって語りかけた。
「話があるのだろう ?」
「そう大した事じゃないわよ ?」
暗闇は以外にも返事を返して来た。もちろんそれは暗闇ではなく人であったのだが、月が出ていない鬱蒼とした森の中では誰なのか分からない。しかし、会話をする当事者の二人はそうではないようだ。
「呼び出しておいて、それはないだろう…。」
「じゃあ、重大な事ってことで。」
「……どっちだ。」
親しい会話だった。普段から人と接する態度や言動はそっけなく冷たい印象を受けるノゾミだがその言葉から感情が読み取れるのは彼らしくないと言ったら心外なのかもしれないが…会話は続く。
「そうそう、あの子元気にしてる ?」
「変わりない。…お前はそんなことを言いにわざわざ俺を呼んだわけじゃないだろうな ?」
「聞いてみただ~け。相っ変わらず可愛くない性格してるわね。よくもま~あの子も耐えれるものね…。」
「お前ほどじゃないさ。・・・用が無いならさっさと帰ったらどうだ。」
素っ気ない返し方は親しくても変わらないようで相手の女性も既に折れた様子だったが、あまりにも厄介払いされる態度に痺れを切らしたのか本題の話に変える。しかし、その声からはさほど真剣さは感じられない。
「ちゃんと用事はあるわ。でも、社交辞令くらい言えないとね ?」
「奴らとの集会でもないのにそんなものは必要ないだろう。」
「…嫌な事思い出させないで。そうね~はぐらかすほどの事じゃないし。」
「・・・で ?」
「単刀直入に、協力してもらえないかってこと。」
「それを・・・“また”聞くのか ?」
「そうなるけど、あの時は貴方の体面もあった事だし。」
「あの状況下で話せるとは思ってないからな。というか、俺の方が驚いた。」
「私が過激派にいた事 ?―――それとも永帝の私が介入した事?」
「・・・両方、だな。」
その時、彼ら以外の声が会話に参加した。
「永帝 !?」
声の主は困惑したタクレイアのものだった。あの後、どうしても気になった為ノゾミの後を追って自分の気配を悟られぬように隠れていた。そこまではよかったが会話の相手の思わぬ発言に思わず声を出していた事に気付いたが、事は遅かった。
「なに ?撒いて来たんじゃないの ?」
「・・・お前がそれを言うのか?アイツがいるのを知ってて黙ってたくせに。」
その様子から2人は気付いていたらしく先ほどと変わりない声のトーンで話していたがタクレイアは聞ける状態ではなかった。永帝であるという事はレエスという人物であるという事。
それは自分たちとは相容れぬ敵であること。その敵が今目の前にいる という状況は彼にとって混乱するに値するできごとだった。しかも仲間であるノゾミと親しく話していることがさらに彼の自慢とも呼べる思考力と冷静さをなくす程、混乱に拍車をかけていた。
「1人で来てってあれほど言ったのに・・・つけられてた貴方が絶対悪い。」
「…否定はしない。が、まさかついて来れるとは思ってなかったからな。」
自信過剰なんじゃないの ?などと言い合っている事から、ただの知り合いにしては仲が良すぎる。タクテイアはふとレエスと初めて会ったときの事を思い出していた。
確か部屋から逃げて来た時、彼はいなかった。その時は単に視界が悪いせいではぐれたと思っていたが、先の流れからして彼女と会話をしていたのかもしれない。
こんなにも近くに刺客がいたなんて気付かなかった !
「ノゾミ・・・お前は、誰だ ?・・・何者なんだ ?」
震える声でタクレイアは一番聞きたくないことをあえて言うと、ノゾミは少し渋っていたが覚悟を決めた様に答えた。
「俺、は閃帝と呼ばれる妖族・・・。現に髪は深紅だ。」
髪を結っていた紐を外してその長い髪を垂らすとそれは暗がりに映える鮮血の様な赤。まぎれもなくその存在を証明するものだったが、その髪色は彼によく似合っていた。
「・・・閃帝?・・・う、そ・・・。」
似合いすぎる赤に魅入ってしまっていたタクレイアだが、いつからいたのかも気付かなかった程に動揺していたのか・・・そこには焚き火の番をしている筈のサキミヤの声で我にかえったが、彼女の様子がいつにもなく異常だった。両肩を強く握りしめており眸は虚ろだ。
呼吸は荒く、小刻みに震えているのに加えて何か喋ってはいるのだが聞き取れたのは始めの方だけで、事象の整理が頭の中でできないでいるせいかずっと何かを呟いている。彼女も突然の事で混乱しているようで呟くのをやめたとも思えば、ヒステリックな甲高い声で叫んでいた。
「―――なんでよぉ !?ノゾミの事・・・しっ・・・じんてたのにぃぃ!!」
彼女の生い立ちを詳しく聞いていないタクレイアは何となく察したようだが、情報が処理しきれず走り去るサキミヤをすぐに追いかけられなかった。タクレイアは最悪の出来事に認めたくない・・・信じたくないのが本心だ。
しかし、もう一度ノゾミの顔を見るとその瞳は揺るぎない真実を語っていたがそれでも嘘だと言って欲しい。だからもう一度、聞く様な事をした。
「事実・・・なの、か ?」
「・・・あぁ。」
ノゾミは確認をした彼に再度、完結的に言葉を繰り返すがタクレイアの「裏切った」というのが不服そうな表情をしていた。確かに裏切りではないが、この状況で閃帝も現れたとなるとかなり辛い。サキミヤは当然ながらタクレイアも相当ショックを受けているその様子を見ていたレエスは微笑みながら自分の言葉を続ける。
「ふふ、じゃあノゾミ ?…返事はこの次に”逢えれば“頂戴ね。」
意味深な台詞を言うと姿を消すレエス。その含みのある言葉にノゾミは違和感を感じるが彼らとの関わりについて考える方を 優先し、その場を離れることにした。
今、追うべきはレエスではない事を分かっていたから。しかし、正しい行動をしても結果が良いという保証は何処にもなく後の結末を迎える事となる。




