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植物博士モチオののんびり遺跡フィールドワーク ~歌姫カリーナと二人の木の精霊に囲まれて、伝説の果実を育てることになりました~  作者: ゆうぎり
第2話:精霊と遺跡さんぽ

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帰り道

 沈黙の広場を後にした四人の背中に、萌芽の月の夕闇が静かに降りてきていました。


 森の空気は「しっとり」と湿り気を帯び、

 葉の隙間から差し込む最後の光が、石の道に細い金色の線を描いています。


 先ほどまで遺跡で荒れていた気配は、もうどこにもありません。


 代わりに聞こえてくるのは――


「ねえねえ! お腹空いたー!」


 モチオの頭の上で、カリンベリーが足を「ばたばた」と振りました。


「早くパン食べよー! はちみつパン! はちみつパン!」


「カリンベリー、落ちちゃうよ」


 モチオが苦笑します。


 けれど頭の上の精霊はまったく気にしていません。


 一方その隣では、アイベリーが静かに羽を揺らしていました。

 透明な葉の羽から、小さな光の粒が「ふわふわ」とこぼれ、夜になりかけた森の道をやさしく照らしています。


 まるで四人だけの小さな灯りのようでした。


 モチオは丸い革鞄を抱え直し、そっと横を歩くカリーナを見ました。


 カリーナは少しだけ静かでした。


 竪琴を背負い直す仕草も、どこかぎこちない。

 勝った後の誇らしさと、少しの気恥ずかしさが混ざった顔です。


 モチオは小さく息を吸いました。


「……助かったよ」


 カリーナが「ん?」と顔を向けます。


 モチオは続けました。


「ありがとう、カリーナ。

 君の歌がなかったら、ぼくの解析はただの仮説で終わっていた」


 それは研究者の言葉でした。


 感情ではなく、観測結果としての結論。


「一グレインの誤差もない。

 君の歌が、あの結晶の共鳴を変えたんだ」


 その言葉に、カリーナは「びくんっ」と肩を揺らしました。


 視線を泳がせます。


 そして顔をぷいっと逸らしました。


「そ、そう?」


 わざとらしく鼻を鳴らします。


「ま、まあ? モチオがそう言うなら別にいいけど?」


 腕を組み、得意げに言いました。


「わたしがいなかったら、今ごろモチオは蔦にぐるぐる巻きになって、お団子みたいに転がってたんだからね!」


 そこまで言って、カリーナは固まりました。


「……あ」


 自分を「わたし」と言う前に「ぼく」と言いかけたのです。


 顔がみるみる赤くなります。


 モチオは思わず笑いました。


 カリーナはいつも元気で強気だけれど、

 こういうところは少しだけ不器用でした。


 けれどモチオは知っています。


 カリーナが「モチオを助けなきゃ」と張り切る理由を。


 そして、それがどれほど嬉しいことかも。


「そうだね」


 モチオは穏やかに言いました。


「ぼくは確実にお団子になっていた」


 カリーナが「でしょ!」と胸を張ります。


 モチオは羊皮紙を取り出しました。


 そこには結晶体が残した幾何学模様が描かれています。


「でもね」


 彼は歩きながら指で図形をなぞりました。


「君の歌はすごかった」


 カリーナが少し驚いた顔になります。


「アイベリーの包み込む力。

 カリンベリーの元気な魔力。

 そして君の『届けたい』という意思」


 モチオは微笑みました。


「その三つが重なった瞬間、

 石の共鳴式が『ほわっ』と解けたんだ」


 研究者の目でした。


 発見した子供のような、まっすぐな輝き。


「結晶の鼓動がね」


 モチオは指先を見つめました。


「ぼくの指に伝わってきたんだ」


「鼓動?」


 カリーナが首をかしげます。


 モチオは頷きました。


「うん。まるで言葉みたいだった」


 少しだけ照れくさそうに言います。


「『ありがとう』って」


 カリーナは黙りました。


 そして小さく呟きます。


「……もう。大げさなんだから」


 照れ隠しに竪琴を軽く弾きました。


「ポロン」


 道端の名もない花が、音に合わせて「ふるっ」と揺れます。


 森の温度はゆっくり下がっていました。


 夜が近づいているのです。


 けれど四人の間の空気は、

 まるで薪ストーブの前のように温かく、柔らかい重みを持っていました。


 少し歩いたところで、カリーナが言いました。


「ねえ、モチオ」


 声は少しだけ真面目です。


「明日、もっと遠くに行くんでしょ?」


 モチオは頷きました。


 森の向こう、一リーグ先に沈む夕日を見つめます。


「あの結晶が見せてくれた地図」


 彼は静かに言いました。


「この遺跡の本当の中心を指していた」


 革鞄を軽く叩きます。


「そこにはきっと――」


 少し考えてから笑いました。


「ぼくたちがまだ知らない、

 もっと大きな『大好き』が眠っている」


「わーい!」


 カリンベリーが跳ねました。


「もっと大きな大好きー!」


 アイベリーもそっとモチオの裾を握ります。


 静かな手でしたが、そこには確かな力がありました。


 四人の影が夕闇の中で重なります。


 石の道に「タッタッタッ」と足音が響きました。


 その先には、小さな小屋。


 そして、窓の向こうで揺れる温かなランプの光。


 四人の帰り道は、

 まだ始まったばかりなのでした。

調査ログ:補足事項


【物理の理】


一グレイン:モチオくんが断言した、カリーナちゃんの歌の「完璧さ」を裏付ける最小の単位。


一リーグ:夕日が沈む森の向こう側。明日、四人が踏み出す「新しい散歩」の目安。


【刻の理】


影弦えいげん:夕闇が降り、一日の冒険を「記憶」へと変えていく穏やかな時間。


一節いっせつ:この帰り道そのもの。あるいは、四人が交わした言葉のひとつひとつ。

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