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植物博士モチオののんびり遺跡フィールドワーク ~歌姫カリーナと二人の木の精霊に囲まれて、伝説の果実を育てることになりました~  作者: ゆうぎり
第2話:精霊と遺跡さんぽ

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精霊たちの朝

 萌芽の月の朝は、ミルクをこぼしたような柔らかな霧に包まれて始まります。


 南の森の外れに建つ、モチオくんの観察小屋。

 木造の簡素な造りですが、壁一面には乾燥させたハーブが吊るされ、棚には不思議な形のフラスコや古い羊皮紙がぎっしりと並んでいます。


 ここはモチオくんにとって、世界で一番――

「がんばらなくていい」安心できる場所でした。


 窓から、夜の影をそっと追い払うように、朝の柔らかな光が差し込み始めたころ。


 ベッドの中で「すーすー」と穏やかな寝息を立てていたモチオくんは、ふと顔のあたりに感じる不思議な「圧」と、甘い果実の香りで目を覚ましました。


「……ん、んん……」


 まだ夢の続きを見ているような声で、小さくつぶやきます。


「おはよう、カリンベリー。距離が近いよ。とても近い。

 ぼくの心の準備を一節も待たずに突破するのは、君くらいのものだね」


 重たいまぶたをゆっくり開くと――


 目の前には、黄金色の髪を弾ませたカリンベリーの顔がどアップで迫っていました。


 彼女はモチオくんの胸の上に「ぽよん」と乗り、鼻先が触れそうなほどの距離でじっと彼を見つめていたのです。


「だって、モチオ、ぜんぜん起きないんだもん!」


 まだ半分夢の中にいるような、とろりとした声。


 カリンベリーはそう言うと、「くすっ」と悪戯っぽく笑いました。


 背中の透明な葉の羽が「パタパタ」と動くたび、部屋の中にキラキラとした光の粉がふわりと舞い落ちます。

 まるで朝の光そのものが、小さく笑っているみたいでした。


「わわっ、カリンベリー、こら。モチオが困ってるじゃない」


 部屋の隅から、小さな足音が「とてとて」と近づいてきます。


 そこにいたのは、お盆に乗せた温かいスープを運んでくるアイベリーでした。


 落ち着いた緑色の髪を揺らしながら、少しだけ困ったように、でもどこか嬉しそうに微笑んでいます。


「おはようございます、モチオ。

 ……よく眠れましたか?」


「うん……おはよう、アイベリーちゃん」


 モチオくんは枕元から眼鏡を手繰り寄せ、くいっとかけ直しました。


 ぼやけていた視界が、ゆっくりと輪郭を取り戻していきます。


 そして――

 そこには、確かに二人の精霊がいました。


 昨日出会ったばかりの、小さな命。


 夢ではありません。


 視界の中で、二人の精霊は確かに笑っていました。


 森の深い場所で脈打つ、不思議な命。

 自分が長いあいだ追い求めてきた存在が、いま目の前で「大好き」を振りまいている。


 モチオくんの胸の奥が、温かいお茶を飲んだときのように「じわっ」と熱くなりました。


 これまでの調査生活は、静かなものでした。

 森の音を聞き、草の形を観察し、土の匂いを記録する。


 それは嫌いではありません。

 むしろ好きな時間でした。


 でも――

 少しだけ、寂しくもありました。


 けれど今日からは違います。


 朝、目を覚ました瞬間から。

 小屋の中に、誰かの笑い声があるのです。


「おはよう、アイベリーちゃん。うん、とってもよく眠れたよ」


 モチオくんは柔らかく笑いました。


「……あ、そうだ。カリーナちゃんはもう起きてるのかな?」


 するとカリンベリーが、元気いっぱいに答えました。


「カリーナなら、もう外よ!

 竪琴を『ポロンポロン』って鳴らしてるの!」


「もう?」


「うん!

『今日は昨日よりいい歌を歌うんだから!』って、お鼻フンフンさせてたもん!」


 言い終わるより早く、カリンベリーは「ぴょん」と跳び上がりました。


 そして次の瞬間――

 モチオくんの頭の上に着地。


「ここ、新しいお気に入り!」


「なるほど。頭上占拠というわけだね」


 モチオくんは苦笑しながら、のんびりと頷きました。


 彼女たちの存在は、重さというよりも――


 どちらかというと。


「温かな絆」が、そっと心に乗っているような感覚でした。


「そうか。カリーナちゃんは、やっぱり前向きだね」


 モチオくんはベッドから降り、丸っこい体を大きく伸ばしました。


「のびーっ」


 背骨が小さく鳴ります。


「よし。ぼくも、がんばりすぎない程度に今日の段取りを始めようかな」


 テーブルの上では、アイベリーが運んできたスープから優しい香りが立ち上っていました。

 萌芽の月の野草を使った、柔らかな香りです。


 精霊たちが加わった観察小屋の朝は――


 昨日までのどの朝よりも、ずっと「ポカポカ」とした光に満ちていました。


 モチオくんは日誌を開きます。


 まだ真っ白な、今日のページ。


 これから四人でお散歩に出かける遺跡には、どんな驚きが待っているのでしょう。


 彼の胸には、一グレインの不安もありません。


 あるのはただひとつ。


 純粋な――

「わくわく」。


 モチオくんはペンを持ち、今日最初の一行を書き込みました。


 四人の物語の、新しい一節が。

 静かに歩き始めようとしていました。

調査ログ:補足事項


【物理の理】


一グレイン:モチオくんの心に欠片も存在しない不安の量。あるいは、精霊の羽からこぼれ落ちる光の粒のような、微小な質量の単位。


【刻の理】


一節いっせつ:カリンベリーがモチオくんの寝顔を眺めていた、静かで賑やかな時間の単位。


萌芽の月:新しい生活が始まる、希望に満ちた季節。

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